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現世の香織

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その後、村木幸之介は地井頭沙織を連れ旅に出た。
そして甲斐の国に落ち着き道場を建てたとのことだった。
戸的真紀理も女であることを公表し纏持ちを引退した。
愛洲香織は山本治三郎を婿にもらい愛洲家を存続。
香織は亜香里や真紀理の縁談をまとめ、婿を取らせてそれぞれの家を存続させた。
すべては未来来世でみな会うためだ。

「これですべきことはすべてやった…」

ある日の夕日を見上げて香織はつぶやいた。
夕日を見てる自分から幽体離脱するように意識が離れ浮いていくのがわかった。

「あれ?なにこれ…わたしが離れてく…」

夕日を見ている自分の頭が勢いよく遠のいてゆく。 
その瞬間、香織はベッドの上で目が覚めた。

「え?夢落ち?」

上体をスッと起こしてしばし部屋の中を見つめた。

「今のわたしは普通の女子高生…だな。よしよし」

目覚まし時計を見て目を剥いた。

「よくない!なんで鳴らないのこれ!」

香織はベッドから飛び降りて支度を始めた。

「なんで起こしてくれないの!」

「だってあんた起きないから」

母親はいつものこととのんきに朝食をテーブルに並べた。
すでにバターが塗られたトーストを掴み取り口に咥え香織はダッシュした。

「行ってきます」

「急いでるからって暴走族はダメだぞ。安全運転心がけて」

「わかってるし、暴走族じゃないし!」

香織はトーストをバクバクと口に入れながら急いで玄関に向かう。

「暴走族に入って特攻隊長になりたいと言ってもお父さんは認めないからな!」

ダダダダダと香織が戻ってきて顔だけ出して言った。

「誰が特攻隊長だ!もう!この不毛なやりとりで遅刻するじゃない」

「その不毛なやりとりのためにわざわざ戻ってこなくてもいいでしょ。いってらっしゃい」

母親と新聞を読みながらの父親が娘を送り出した。

キックペダルを勢いよく踏みつけアクセルを絞るとリトルカブのエンジンが唸った。

「いくよ!」

シフトをペダルで入れるとリトルカブが馬のように軽くウィリーして走り出した。
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