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…よくやった…

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いつの間にか亜香里の両サイドには香織と真紀理が味方のように立っていた。

「さあさあ。答えられよ沙織殿!」

「う~む」

沙織は腕を組んで考え込んでしまった。
香織は一瞬夢の中の前世の亜香里を思い出した。

…この子あの頃からぜんっぜん変わってないな。

生まれ変わっても無外流ってよほどやりたかったのね。

業を煮やした真紀理が切り出した。

「沙織ネェさんの家に行きたい人ぉ~」

「ハーイ!」

香織と亜香里が手を挙げた。
しかし沙織は考え込んだまま黙っている。
亜香里がさらにたたみかける。

「ええい!われらを家に上げればよいだけのこと!なにを考えることがある!」

沙織は亜香里の仰々しい空気をあっさりと躱すようにあっけらかんに言った。

「いいよ。明日なら」

「いいんだ」

「やったあ!」

真紀理は飛び上がって狂喜している。
香織は沙織のさらっとした言い回しに気が抜けた。

「今までまったく家に入れなかったのに…」

「まあ明日ならべつにいいよ」

亜香里は鋭くツッコんだ。

「なぜ明日なのだ?今日でいいではないか」

「散らかってるからそうじしとく」

ごくふつうの返事なのだが亜香里は目を細めて勘ぐった。

「死体でも隠しておるのか?」

「だれが死体隠すか!」

沙織がたまらず声を上げた。

「あんたはとっととその技とやらを見せればいいの!さ!見せな!」

アネゴ肌全開で今度は沙織が詰め寄った。

「ふっ。ならばとくとその目に焼きつければよい!」

亜香里は沙織の正面から距離を取ると、左足を半歩踏み出した無外流の構えから突然左に寄って抜き上げ、その勢いのまま右へ捌いて斬り上げた剣を右手で返して左手を添えると腰の高さを斜めに斬り降ろした。
それを観た沙織はなにか暖かいものに包まれた気がした。
というよりは普段意識しない己の命が開放され己自身を包んだのだ。
亜香里が血振りをし納刀する姿がなぜか武士姿の自分の姿に映った。

「えっ…」

それはかつて前世の人斬り地井頭であった沙織が使っていた技だった。
そしてそれは香織にも見えていた。
香織は沙織も見えてる気がした。
亜香里は人斬り地井頭の技を誰からも教わることなく自らたどり着いた。
前世の想いがここに開花したのだ。

「亜香里…よくやった…」

すべての意味がわかった香織はそうつぶやいた。
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