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初代創始者と二代目継承者
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剣を握る腕は剛の腕、数多くの敵を斬ってきたであろうその目はまさに死神。
目の前で剣を構える典膳に当然のように死を与える。
典膳には一見、そんなふうに見える相手だった。
しかしそれを横から見ている一刀斎にはまったく別の者にしか見えてなかった。
死神の剣士が先に動いた。
一刀斎にはそれがわかっていた。
その男は典膳を前にして焦りを感じていたのだ。
右から剣を振り上げたと思ったら、刹那左へ体捌きをして死神の剣士は剣を振り下ろした。
しかし典膳はまったく慌てることなく男と同じ方へと剣を向け同じように斬り下ろした。
一刀流の極意、切り落としだ。
剣と剣が正面からぶつかり、典膳の剣だけが男を腕ごと斬った。
死神の剣士は、なぜかフッと笑って倒れた。
やはり思ったとおりだ、とでも言ってるようだ。
一刀斎も想像したとおりの結果にとくに表情が動くことはなかった。
一刀流を継承した典膳は一刀斎と共に各地を回り、二代目として数々の試合をした。
典膳は、誰が相手でも冷静に倒した。
そのたびに、一刀斎は細かい実戦上必要な注意点を教えた。
邪気の強い者、卑怯な者がどんな手を使うか、どんな罠があるか。
一刀斎が最後に話すのは、決まって京都の女の話だった。
酔わされ、女に剣を奪われ敵に囲まれた失態を語った。
継承を終えた後の一刀斎は善鬼が去ったこともあり、典膳と二人で旅をすることで笑顔が増えた。
その笑顔はまるで友と話しているかのようにも見えた。
初代一刀流創始者の一刀斎と二代目一刀流継承者典膳の間には親子とも言え、友とも言える深い絆ができていった。
伊藤一刀斎。
生まれてから剣に生き、大自然を師とし、自由にその人生を生ききった男。
召し抱えの話はいくつもあったが、信長、秀吉、家康でさえ一刀斎にはとるに足らぬ存在だった。
それだけ一刀斎の剣は大きかった。
風が起これば剣の理とし、陰陽の哲理に徹し、万象の理を読みとり、これを一刀流の理合とし、極めた剣の境地は、天下人も見ることのできない天地に広がる万象の真実の姿が見えていたのだろうか…
典膳は一刀斎が、なにを見ているのか常に見ようと努力した。
今、師が何を見て何を思い、何を感じ取ったのか、
そのすべてが典膳にとって剣の道であり、生きる意味であり、すべてだったのだ。
典膳にとって一刀斎は、それほど大きな存在だった。
だが、正十九年八月七日(1591)のことだった。
一刀斎は突然、典膳が予想もしないことを口にした。
「わしは、出家する」
「出家!…でございますか…?」
天下無敵の剣豪、伊藤一刀斎が出家?
「師匠が出家されるとは、どういうことでしょうか?」
「わしは残りの命を、死者の冥福を祈るために捧げたい」
霊妙極めた剣豪一刀斎の境地なのか…?
「一刀流を背負っているのはおぬしで、わしはすべてをおぬしに伝えた。そろそろひとり立ちせんとな」
一刀斎がそういうのなら、引きとめる術などない。
それもわかっていた。
剣の極地の先に仏の道があるというのか?
一刀斎はその天下に響かせた名を捨て、典膳の前から去っていた。
それは、あまりにもあっけなかった…
「達者でな」
そう言って振り返ることなく一刀斎は典膳の元を去っていった。
一刀斎の後ろ姿が見えなくなると、典膳の前に大きな空洞が空いたように感じた。
しばらく立ち尽くした…
涙が止まるまで、典膳はその場に立ち尽くした。
そして、すべての涙が流れ落ちたとき、典膳は、一歩を踏み出した。
一刀流をひとりで背負う初めての一歩。
そして一刀斎は相手を斬った後、決して振り返らなかった。
そうだ。
決して振り返ってはならない。
気づくと典膳は笑っていた。
己の未来が急に楽しく思えてきた。
なぜなら「今、我こそが天下最強の剣士…」。
あとはそれを証明していくだけだ。
そして、典膳は江戸にやって来た。
目の前で剣を構える典膳に当然のように死を与える。
典膳には一見、そんなふうに見える相手だった。
しかしそれを横から見ている一刀斎にはまったく別の者にしか見えてなかった。
死神の剣士が先に動いた。
一刀斎にはそれがわかっていた。
その男は典膳を前にして焦りを感じていたのだ。
右から剣を振り上げたと思ったら、刹那左へ体捌きをして死神の剣士は剣を振り下ろした。
しかし典膳はまったく慌てることなく男と同じ方へと剣を向け同じように斬り下ろした。
一刀流の極意、切り落としだ。
剣と剣が正面からぶつかり、典膳の剣だけが男を腕ごと斬った。
死神の剣士は、なぜかフッと笑って倒れた。
やはり思ったとおりだ、とでも言ってるようだ。
一刀斎も想像したとおりの結果にとくに表情が動くことはなかった。
一刀流を継承した典膳は一刀斎と共に各地を回り、二代目として数々の試合をした。
典膳は、誰が相手でも冷静に倒した。
そのたびに、一刀斎は細かい実戦上必要な注意点を教えた。
邪気の強い者、卑怯な者がどんな手を使うか、どんな罠があるか。
一刀斎が最後に話すのは、決まって京都の女の話だった。
酔わされ、女に剣を奪われ敵に囲まれた失態を語った。
継承を終えた後の一刀斎は善鬼が去ったこともあり、典膳と二人で旅をすることで笑顔が増えた。
その笑顔はまるで友と話しているかのようにも見えた。
初代一刀流創始者の一刀斎と二代目一刀流継承者典膳の間には親子とも言え、友とも言える深い絆ができていった。
伊藤一刀斎。
生まれてから剣に生き、大自然を師とし、自由にその人生を生ききった男。
召し抱えの話はいくつもあったが、信長、秀吉、家康でさえ一刀斎にはとるに足らぬ存在だった。
それだけ一刀斎の剣は大きかった。
風が起これば剣の理とし、陰陽の哲理に徹し、万象の理を読みとり、これを一刀流の理合とし、極めた剣の境地は、天下人も見ることのできない天地に広がる万象の真実の姿が見えていたのだろうか…
典膳は一刀斎が、なにを見ているのか常に見ようと努力した。
今、師が何を見て何を思い、何を感じ取ったのか、
そのすべてが典膳にとって剣の道であり、生きる意味であり、すべてだったのだ。
典膳にとって一刀斎は、それほど大きな存在だった。
だが、正十九年八月七日(1591)のことだった。
一刀斎は突然、典膳が予想もしないことを口にした。
「わしは、出家する」
「出家!…でございますか…?」
天下無敵の剣豪、伊藤一刀斎が出家?
「師匠が出家されるとは、どういうことでしょうか?」
「わしは残りの命を、死者の冥福を祈るために捧げたい」
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「一刀流を背負っているのはおぬしで、わしはすべてをおぬしに伝えた。そろそろひとり立ちせんとな」
一刀斎がそういうのなら、引きとめる術などない。
それもわかっていた。
剣の極地の先に仏の道があるというのか?
一刀斎はその天下に響かせた名を捨て、典膳の前から去っていた。
それは、あまりにもあっけなかった…
「達者でな」
そう言って振り返ることなく一刀斎は典膳の元を去っていった。
一刀斎の後ろ姿が見えなくなると、典膳の前に大きな空洞が空いたように感じた。
しばらく立ち尽くした…
涙が止まるまで、典膳はその場に立ち尽くした。
そして、すべての涙が流れ落ちたとき、典膳は、一歩を踏み出した。
一刀流をひとりで背負う初めての一歩。
そして一刀斎は相手を斬った後、決して振り返らなかった。
そうだ。
決して振り返ってはならない。
気づくと典膳は笑っていた。
己の未来が急に楽しく思えてきた。
なぜなら「今、我こそが天下最強の剣士…」。
あとはそれを証明していくだけだ。
そして、典膳は江戸にやって来た。
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