佐々木小次郎と名乗った男は四度死んだふりをした

迷熊井 泥(Make my day)

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佐々木小次郎と小野忠明

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 ほんのわずかの間だったが、朝一の小次郎の道場破りの仕事は終わった。
 忠明が宿の土間の框で茶を飲んでいると、小幡が起きてきた。

 「先生、おはようございます」

 小幡は忠明の小次郎に挨拶すると丁稚に汁飯と漬物を注文した。

 「今日は今から動くところでござるか?」

 「いや、先ほどすでに道場破りをしてきた」

 「道場破り?すでに?」

 小幡は夜の阿国が扮する小次郎の遊郭遊びに付き合ったので起きれなかった。

 「先生、起こしてもらえればご一緒しておりました」

 「かまわん。道場破りと言ってもただの眠気覚ましよ」

 小幡の飯を運んできた丁稚に聞こえるように小次郎が言った。
 丁稚は色めいた目を小次郎に向けないように深々と頭を下げながら恭しく下がった。
 忠明は佐々木小次郎という剣豪を見事に演じまた周囲にもよく印象づけている。
 丁稚の様子を見て小幡はふっと笑って飯をかっこんだ。

 翌日にはまた忠明の小次郎が示現流を相手に野次馬の前で喧嘩をした。
 そして夜になると今度は阿国の小次郎が遊楽で女遊びをする。
 しばらくは、それを繰り返した。
 昼は道場破り、夜は女遊び、佐々木小次郎はいったいいつ寝てるのか街中で噂になった。

 忠明がいつものように喧嘩を終え、小幡と宿へ戻ろうとしているときだ。

 「そういえば明からの船は結局どうなったのだ?もう
 島津に着くころではないのか?」

 「今日あたり到着するはずでござるが…」

 子供たちが忠明達を走りぬいて行った。

 「じゃっど、船の宝はオイがもらう」

 「せがらし!オイじゃ!」

 まさかと顔を見合わせた忠明と、小幡、すぐに子供たちの後を追った。
 海辺に行くと、噂を聞いた街の者達が浜辺に荷物を漁っている。
 葵の御紋が入った箱の破片が、忠明と小幡の目の前に流れてきた。

 「これは…葵の御紋。やはり徳川家の荷を積んだ明の
 船にござる!」

 忠明は、徳川の荷を漁る者達に目をやった。
 その者達を止めるわけにもいかない。
 小幡は葵の御紋の破片を手に取り、御紋に小さく頭を下げると懐に入れた。
 それを伊集院の手下である物乞いの男が見ていた。
 物乞いの男は額と顎に傷のある男に手紙を渡した。
 傷の男は、伊集院の屋敷に出向き、その手紙を渡した。
 手紙を広げた伊集院は目を見張った。

 「葵の御紋に頭を下げて懐に入れただと?…やはり公
 儀隠密…」

 そして伊集院は腕を組んでじっくりと思考を巡らせた。

 「佐々木小次郎だと?…いや待て。小野忠明の仮名けみょうはなんだ?」

 「確か、次郎右衛門と申したと覚えがあります」

 「小野次郎右衛門忠明…小野…次郎…小次郎!佐々木小
 次郎は小野忠明ではないのか?」

 「佐々木と小野忠明が同一人物ということでございま
 すか?」

 「小野忠明が佐々木小次郎に扮しているに違いあるま
 い!小野忠明とばれぬよう長剣をぶらさげて、佐々木
 小次郎に扮しているのだ」
 
 「ならば、目的はやはり明の船を調べに来たというこ
 とでござりますか?」 

 「それしかあるまい!」

 「義弘公の手の者が小野忠明と剣を交えて酒を交わし
 ております。義弘公の者に確認させてみては?」

 「では、道場へ佐々木小次郎を呼び出し、しかと確認
 させよ」

 「して、もし小野忠明だとしたら?」

 「道場で討ち取ればよい」

 「小野忠明は、義弘公の抜刀隊を、たった一人で打ち
 倒したと聞いておりますが」

 「案ずるでない。わが薬丸示現流は通常の示現流とは
 違う。たとえ小野忠明といえどはじめの一撃で打倒せ
 るであろう。示現流に慣れれば慣れるほど薬丸示現流
 の初太刀をかわすのは不可能になる。聞くところによ
 ると、佐々木小次郎は燕返しという技を使うそうだ
 な」

 「はっ。初太刀を斬り下ろして抑え、または打ち落と
 してから真下から斬り上げる技だそうです」

 伊集院は勝ち誇ったように言い放った。

 「じゃっど。上から斬り下ろして斬り上げる。ならば
 薬丸示現流の勝ちじゃ!わかるであろう。剣はまず上 
 から振るものと思い込んでおる。そこが間違いなのじ
 ゃ!わが薬丸示現流の足元にもおよぶまい」

 伊集院は白い歯をむき出しにしてにんやりとして傷の男に言った。

 「ちぇすといけ!」

 「はっ!」

 翌日、城下町では、さっそく薬丸道場の者達による佐々木小次郎の捜索が始まった。
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