時ノ糸~絆~

汐野悠翔

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第一幕 板東編

祝いの宴②

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「よぉ~姫さん、せっかくの宴、楽しんでるか~? ヒック」


――前言撤回。
単なる酔っ払いの絡み酒のようだ。
四郎は千紗の杯に酒を注いで差し出すと、彼女にそれを飲むよう促した。

だが四郎が差し出した杯は、横から伸びてきた秋成の手によって奪われ、秋成の胃の中へと一瞬にして消されてしまう。


「あ~お前、俺がせっかく姫さんの為に注いだ酒を、な~に横取りしてんだよ!」

「煩い、この酔っ払い。お前みたいになられては困るから俺が代わりに飲んだんだ。いいかお前、姫様には絶対に酒を飲ませるな!」

「はぁ~?何で?」

「何でもだ! その詳しい理由についてはお前は知らなくても良い。いや、知らない方が身のためだ。この方の酒癖はな、最強にして最悪なんだよ。一滴でも呑んだら最後、悪夢にうなされるぞ」

「お~お~上等じゃないか! ほ~ら姫さん飲め飲め~」


秋成の忠告もお構いなしに、四郎は秋成から杯を奪って再び酒を注ぐと、それを千紗に手渡した。

秋成は、全く聞く耳を持たない四郎をキッと睨みつけながら、千紗に渡された杯を再び奪ってグッと一気に飲み干す。

四郎と秋成が、千紗の酒を巡ってそんなくだらない攻防戦を繰り広げる中、ぼんやりと浮かない表情をしていた千紗。

そんな彼女が不意に呟いた一言が、秋成と四郎の喧嘩をパタリと止めさせた。


「……何だか、小次郎が遠いのう」


千紗の呟きに秋成と四郎は、互いに顔を見合わせた後、心配そうに千紗を呼ぶ。


「姫さん?」

「千紗姫様……」

「のう四郎よ、小次郎は多くの民達に好かれておるようじゃな」

「あぁ、まぁな。でもこの村の人々は特に兄貴を慕ってるんだ」

「それは、どうしてだ?」

「この村はな、俺たちの親父の代に開拓して広げた領土なんだが、いかんせん土壌が悪くて作物の育ちが悪いんだ。作物が育たない事でここに住まう者達には貧しい生活を強いられた。そんな貧しかったこの村を助ける為に、兄貴まずこの村に課す税を下げた。そして下げる代わりにと兄貴はこの村に農業以外の別の仕事を与えたんだ」

「別の仕事?」


「あぁ、鍛冶職人としての仕事をな。結果村は潤った。だから皆兄貴に感謝してるんだよ」

「ほう、そんな経緯が」

「あとはあれだな、兄貴の性格が皆を引きつけるんだろうな。兄貴は百姓だろうが俘囚ふしゅうだろうが、皆に分け隔てなく接するから。一門を背負って立つ者としては少し威厳にかけるが、でもそれも兄貴らしいと俺は思っているよ」

「そうか。皆に分け隔て無く。確かに小次郎らしい。小次郎らしい………が私には、今のあやつは酷く遠い存在に感じられて……少し寂しい。寂しいのう」


寂しいと呟く千紗の表情は切なげで、でもその憂い顔がどこか美しいと秋成は思った。

小次郎だからこそ引き出せる千紗の表情に、秋成の胸の中にもまた、千紗と同様の寂しいと思う気持ちが沸き上がっていた。

ふとその時、千紗の隣に座っていた朱雀帝が、"コテン"と千紗の肩へともたれ掛かってくる。

突然の肩にのし掛かる重みに、千紗は小次郎から朱雀帝へと視線を写した。

するとそこには、すやすやと気持ち良さそうに寝息をたてる朱雀帝の姿が。


「ん? こやつ、いつの間にやら眠ってしまっていたか」

「そのようですね」

「四郎、すまぬがこやつに眠る場所を用意してやってくれはぬか。長旅で疲れたのだろう。久しぶりにゆっくりと寝かせてやりたい」

「あぁ、わかった。それならこっちだ」


そう言って立ち上がった四郎の後について、千紗は歩き出した。

その後ろを、朱雀帝を抱えながら秋成が続く。


「所でずっと気になってたんだが、そのちびっ子は、誰だ?」

「ん? ん~と、こやつは~……そう、私の従兄弟だ」

「ふ~ん、従兄弟ねぇ。って事は、このチビちゃんも一応は貴族のお仲間ってことか? どうして貴族様が揃いも揃ってわざわざこんな板東なんて田舎に? 姫様の従兄弟と言うだけあってこいつも変わり者なのか?」


いつの間にか三人横並びになっていた体制の中、四郎は彼の隣を歩く千紗にではなくわざわざ千紗を挟んだ位置に立つ秋成に向かって訪ねた。

四郎からの問いかけに、秋成は面倒臭げに答える。


「こいつ、姫様にやたらと懐いているんだ。だから自分も一緒に来ると聞かなかった」

「ふ~ん。あんたも相変わらず大変そうだな。ま、頑張れよ」


何を思ったのか、四郎は千紗と、そして秋成の腕の中寝息を立てる朱雀帝の顔を交互に見た後、秋成へと哀れみの視線を向けながら、秋成の肩をポンポンと叩き励ましの言葉を贈った。


「お前も相変わらず腹の立つ奴だな」


明らかにどこか面白がっている様子の四郎をキツく睨む秋成。

そんな彼を四郎は構わずケラケラと笑いとばした。
そして千紗もまた、クスクスと笑いを零しながら二人のやりとりの間に挟まれていた。




「将門様?ぼーっとなされて、どうされたですか?」


千紗達三人が宴から抜ける姿に気付き、遠くから彼女達の後ろ姿をぼんやりと見つめていた小次郎の元に、隣に座っていた村の長から声を掛けられた。

小次郎は遠くに見えていた三人の背中から手元の杯に視線を落とすと


「いや、何でもない」


どこか寂しげな声で、そう小さく言葉を返した。

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