時ノ糸~絆~

汐野悠翔

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第一幕 板東編

冷たい態度

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「だがな、私は嬉しかったんだ。この、あやつの優しさの籠もった贈り物がな。だからこそこれは私の宝物。たとえ奇妙と周りに笑われようと、身に付けてやらねばな」

「…………」

「で、どうじゃ? 似合っておるじゃろ?」

「…………」

「何じゃ何じゃ、先程から黙り込んで。お主も何も言ってくれぬのか? 秋成にも似合っておるかと訪ねたら、話を反らしてうやむやにしおった。未だ誰も褒めてくれぬぞ」

「…………だな……」

「ん、何じゃ? 今、何と申した?」

「千紗は、秋成の話ばかりだな」

「?」

「俺なんていなくても、もう……」


やっと口を開いたかと思えば、声が小さ過ぎて、千紗には上手く聞き取れない。

今一度、小次郎の言葉を聞き返そうと、千紗が口を開いた時―― 


「帰るんだ。千紗、お前は秋成と一緒に京へ帰るんだ」


小次郎は強い口調で千紗を突き放すような言葉を投げた。


「何故じゃ? 何故そのような事を言う? せっかく再会できたと言うのに、何故そんな冷たい事を言うのじゃ」

「ここは、お前が来るような所じゃない。一日も早く京へ帰るんだ」


ゾクリと背中に悪寒を覚えるような、小次郎の低く冷たい声。

初めて見る小次郎の姿に、千紗は一瞬怯みながらも必死に抵抗を示した。


「小次郎は……喜んではくれぬのか?こうして私や秋成と再会出来た事を。会いたかったのは私だけか?」

「悪いが俺はもう、昔の俺とは違う。京にいた頃のようにお前達と馴れ合うつもりはない」


千紗の必死の訴えに、ぴしゃりと言い放つ小次郎。
彼の冷たい眼差しが千紗に突き刺さる。

人が変わってしまったかのような小次郎の態度に、千紗は言葉を失った。


「……っ」

「分かったな。お前達がこの地に長く留まる事は許さない。京へ帰るんだ」


小次郎からの三度目の忠告。

怯えと戸惑いに震えていた千紗の瞳が、なけなしの虚勢で小次郎を睨みつける。

と、震える声で必死に叫んだ。


「嫌じゃ、私は帰らない!私はお主と、お主の伯父上達との争いを止める為にここまで来た。その戦を止めるまでは絶対に帰らない!!」

「お前に出来る事など何もない。お前は単なる足手まといにしかならない。いいから帰るんだ!」

「嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃ!!」


千紗と小次郎との平行線な言い争い。
小次郎は小さくため息を吐くと、一度千紗から視線を外し、少し離れた位置にある茂みへ向けて声を掛けた。


「秋成、お前はいつまで隠れているつもりだ?出て来い」


呆れと怒りを含んだ小次郎の呼びかけに、茂みから秋成が姿を表す。


「秋成?!お主、いつからそこに?」


秋成の存在に、全く気付いていなかった様子の千紗は、驚きの声を上げる。


「……申し訳ございません。兄上、千紗姫様」

「謝罪など今はどうでも良い。それより秋成、今の話、聞こえていただろう?千紗を連れて、お前も京へ帰れ」


聞き分けのない千紗に代わって、秋成の説得を試みる小次郎。

小次郎の考えを察して、千紗は必死に秋成に訴えた。
 

「嫌じゃ、秋成!私はまだ帰らぬ!絶対に帰らぬからな!!」

「秋成、頼む。この我が儘娘を、京へ連れ帰ってくれ!」

「私は帰らぬぞ!絶対帰らぬからな、秋成!!」


千紗と小次郎、二人の視線が秋成に突き刺さる。


「…………」


その視線に耐えきれず暫くの間、無言で俯いていた秋成だった。

――が、不意に顔を持ち上げて、真っ直ぐに二人からの視線を受け止めた。

秋成の顔に、もう迷いはない。


「申し訳ありませんが……」

「私は帰らぬぞ!絶対に帰らぬからな!!」


秋成の口から、今まさに紡がれようとする言葉に身構え、必死に訴える千紗。

秋成は、自分ではなく、きっと小次郎の言う事を聞くのだろうと思っていたから。

今までも千紗の命令は、単なる千紗の我が儘だと、冷たくあしらわれて来たから。

だが、秋成から出された答えは、千紗の予想に反するものだった。


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