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第7話 追放勇者、後手後手に回る【その1】

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「……痛ってぇ……なんだこれ」
 ソファーで朝を迎えたサック。どうやらうっかり寝てしまったようだ。柔らかいクッションを枕にしてはいたが、体制が悪かったのだろうか。
 サックはしばらく、慣れない頭痛に苛まれることになった。

「やべ、寝ちまったか」
 いなくなった新聞屋──クリエの後を追うべく、サックは昨夜から、彼女が何かしらの痕跡を残していないかを探し回っていた。すると、教団に関わる資料が何枚か抜き取られていた事に気付いた。
 藁にもすがる思いで、盗られた資料を精査したが、しかし結局、これといった共通点は無かった。

「単純に時間稼ぎに使われたな……くソッ」
 悪態をつくサック。クリエの足取りは何も得られなかったのだ。

「……」
 サックは気持ちを切り替えんと、ソファから立ち上がり伸びをした。そして総隊長室の部屋を出ようと扉に向かうと、ちょうど、ジャクレイが部屋に入って来るところと鉢合わせた。

「お、起きたか」
「悪い、ジャクレイ。またベッドに使ってしまった」
「気にすんな、本来なら宿を紹介すべきだったんだがな……ほれ、約束の品物だ」

 ジャクレイは手に持っていた小包をサックに手渡した。両の手に十分収まるほどのそれは、白い布で包まれていた。

「ん? 薬草か」
 サックは手に取った瞬間、その包みの中身を『鑑定』していた。自然と身についてしまった『いつでも鑑定』が発動したのだ。

「おう、昨日言われた薬草だ。部下に買いに行かせてた」
「ありがとう、これでもっと深い治療ができる」
「どういたしまし……治療……ん?」
 すると、ジャクレイが急に首を傾げた。そして、サックに渡した薬草の包みを呆然と見つめた。

「……なあ、サック。なんで俺、『この薬草を準備した』んだ?」
(え……?)
 急に、変なことを口走ったジャクレイに、サックは驚きの声すら出せなかった。

「何って、ジャクレイ、サザンカとヒマワリの件だろ?」
 とうとうボケてしまったのか。既に年齢は50を超えているが、呆けるには少し早い。もしかして、サックを揶揄からかったのだろうか。

「ああ! そうだそうだ、忍者姉妹のことだ。なんだろう、急に忘れてしまっていたぞ」
 ははは、と、照れ隠しともとれる笑い声をあげたジャクレイであった。

「勘弁してくれ、そんな大事なこと忘れるなんて……」
 ギャグとしては全く笑えないボケに対して、サックは若干たじろいたが、ジャクレイはいつもの陽気なおじさんの表情を見せてきた。

 すると彼は、持ち前の明るい笑顔を崩すこと無く、腰に巻いていた革ベルトに据え付けてある短刀を抜いた。

 兵士に支給されるそれは、憲兵なら誰もがもっているナイフである。それを彼は、

「ははは……ほんと、どうしちまったんだろうな」

 などと笑いながら、短刀を逆手に強く握り、勢いよく自分の首に突き立てんとした。

 真っ直ぐ、迷い無く。
 抜き身の刃はジャクレイの右首に向かっていき、そして赤い鮮血を散らした。



「──!!  っぶねぇっ!!!」

 刃は、ジャクレイの首の寸前のところで止まっていた。彼の首には突き刺さらず、差し出したサックの手の甲を貫き止まっていた。

「……は?」
「痛ってえっ! ……やられたっ!」

 サックは突き刺さった短刀をそのままに、ジャクレイの腕を捻り上げそのまま投げ飛ばし地面に叩きつけた。
 もちろんジャクレイには武術の心得はあるが、自身が意図しない中で、自分の首を短刀で貫こうとしたことに理解が追い付かず、サックの行動に全く対応できなかった。なんとか受け身を取るのが、彼の出来る精一杯だった。

「ぐはっ!!」
 すると、ジャクレイの手から短刀が外れた。今の今まで短刀は強くジャクレイの手に握られていたのだ。

「お、俺はいったい……」
 何故、自分の考えには程遠いこと──自殺未遂を行ってしまったのか。サックがいなければ確実に自分は死んでいた。

「ジャクレイ! 大丈夫かっ!」
「あ、ああ……なんだ……これは」
 天井を仰いだまま、ジャクレイは返答した。自分自身の行動を未だに信じられないようで、口をポカンと空け呆けていた。
 しかし事の重大さは理解できていて、そのため、多量の脂汗が身体中から吹き出ていた。

 そして、自殺を食い止めたサックの右手には、突き刺さったままの短刀があった。
 サックは激痛に耐えながら短刀を抜き、地面に投げ捨てた。カラン、と金属特有の乾いた音が響き渡る。
 と同時に、血を留めていたものが無くなった手の甲からは、先程以上に勢いよく血が溢れ出た。流れ出た血は、薬草を包んでいた白い布を真っ赤に染めた。

潜在解放ウェイクアップ──薬草に【止血】を付与」

 ジャクレイが持ってきた薬草の束から適当に見繕い、右手に無造作に擦り付けた。
潜在解放ウェイクアップ』による淡い光と共に、薬草は隠された能力を引き出され、サックの右手に空いた穴を治し始めた。

 しかし、止血は出来ても痛みは消えなかった。鎮痛剤の調合や、それこそ、薬草への潜在解放で痛み止め作用を引き出す事も可能ではあったが、

(強過ぎる鎮痛薬は、精神を麻痺させる。いまの俺に、細かい調整ができる気がしねぇ)

 現状考えうる『最悪の事態』に備え、サックは鎮痛効果を付与することを控えた。

 薬草による止血はあっという間に終え、傷こそ残るものの、サックの右手の穴は完全に塞がった。

「サック……」
「暗示だ」

 皆まで言うな、と言わんばかりに、サックはジャクレイの言葉を制した。

「昨日の夜中に仕込まれていた。俺も朝方、異様な頭痛に苛まれたが……くそっ! 暗示を避けた副次的な頭痛だっ!」

 サックには暗示が効かなかったのだ。元々、道具師は薬師の上位職であるため、薬師のもつ多くの状態異常耐性を引き継いでいる。

 サックの感じた朝の頭痛は、単なる寝違えではない。強力な暗示に対抗する事で生じたものだった。

「……寝ている……間……!!」
 そしてサックの頭の中に、考えうる最悪なシナリオが出来上がる。
 詰所では多くの憲兵が24時間働いている。無論、深夜にも不足の事態に備えて、起きているものもいれば、仮眠を取るものもいる。

 ジャクレイも、昨今稀に見る異常事態も重なり、詰所で寝泊まりをしていた。つまり、ジャクレイも就寝中に暗示を掛けられたのだ。

(……この建物全員に、同じ暗示が掛けられたとしたら……)

「……くそマズイ!」
 するとサックは総隊長室を飛び出し、建物のエントランスに向かった。
 朝のこの時間なら、人が一番集まる場所だろうとの考えからだ。

 暗示による行動──自殺行為を行う──には、引き金トリガーとなるものが必要だ。
 それは、人の仕草であったり、特定のワードであったり、時限式なものでもあったりする。

(まだ、引き金トリガーが自明じゃないけど……!!)
 黙って居座るわけにはいかない。
 こうしている間に、知らず知らずのうちに、『自死による大量殺人』が行われかねない。

 サックは奥歯を強く噛んだ。ギリっ! と乾いた刷れる音がサックの頭に響く。

(ここの人たち全員を人質に仕立てたな……ボッサ!)

 焦るサックではあるが、彼の思いは、誰も殺させない。たった一点だった。

「こんな下らない理由で、人が死んでたまるかっ!」

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