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第7話 追放勇者、後手後手に回る【その4】
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「ふむ、かなり堪えているようですね」
そう呟くと、その男は静かに口に紅茶を運んだ。既に冷めてしまっていたが、乾いた喉を潤すには、これくらいの温度のほうが最適だ。
「しゃべりすぎましたね」
まるで旧知の戦友との会話に花が咲いたような言い草だが、そんな明るい話ではなかった。彼の独白は、誰に語り掛けるわけでもなく、アイサックとの会話の感想を漏らし続けていた。
彼がお茶を嗜む喫茶店では、今朝方爆発した憲兵詰所の話題で持ちきりだった。
「ガス爆発らしいよ」
「テロじゃないのか?」
「憲兵は何も発表してない」
「友達が勤めてるんだ……心配だよ」
「罰金刑の支払い滞ってたから助かったぜ」
「死んだ人はいないらしいぞ」
「……ふむ」
死者は、出ていない。それを聞いた彼──ボッサは、納得がいかなかったようだ。
「2、3人は『祝福』できると思っていたのですが。流石、アイサックですね」
彼は残った紅茶を一気に飲み込んだ。空になったカップをテーブルに置き、椅子の背もたれに畳んで掛けてあった若草色のマントを持ち、席を立った。
伝票には、紅茶の代金に併せてチップ料金を併記してあった。ボッサは懐からくしゃくしゃになった紙幣を取り出し、伝票と一緒に給仕に渡した。
「余りはチップで」
「ありがとうございまーす」
若い女性の給仕であった。顔立ちも悪くなく、同年代の男性にはウケがよさそうだ。
……だからだろうか、チップを多めに貰うことに慣れていたためか、ボッサが渡したチップには、感謝の言葉こそ返したものの、そこには『気持ち』が込められてなかった。
「……」
そんな心の声を、ボッサは聞いていた。いや、否応なく、声が聞こえてしまうのだ。
「君」
「? はい? ええと、あ、あれ」
ボッサは給仕に声掛けした。すると、給仕は手に持っていたナイフ(ケーキを切り分ける用だろうか)を、自身の喉に突き立てた。
が、それは彼女の喉元ギリギリで止まった。
「え……?」
本人も自覚しない、思いがけない行動に唖然とし、ナイフは彼女の手から滑り落ちた。
金属と石畳がぶつかる派手な音が、店内に反響した。
「あ……し、失礼しました!」
我に返った彼女は、慌ててナイフを拾い上げた。自らの首を突こうとしたナイフであるが、そのことを、今の彼女は忘れていた。
既に、ボッサはその場にいなかった。
「参りましたね、一般人は『巻き込まない』ルールは、私の心願成就の妨げになる」
ポリポリと、右頬を人差し指で搔きながら、ボッサはマントを翻し喫茶店をあとにした。爆発のあった詰所とは真逆の方角。彼は、ある女性と待ち合わせをしていた。
「楽しみです。彼女の『生きる』という思いは、私の力を凌駕した」
生への執着と、復讐心。その二つだけで、あの女は命を繋いでいる。
彼女が、これから何を仕出かすのか。人の信念が、どれほどのものなのか。
「決して諦めないという信念に、賭けてみましょう」
+++++++++++++++
「目撃証言があったぞ! 近くの喫茶店で、茶をシバいていた!」
「……やっぱり、近くに居たかっ!」
崩壊寸前まで至った詰所で比較的原型をとどめていた地下牢に、ジャクレイとサックの声が反響した。
急誂えであるが、ここ地下牢に『対勇者対策本部』が作られていた。大ダメージを負った建屋の修復もさることながら、今は、勇者ボッサ=シークレの居場所を明らかにすることが先決であるとの、ジャクレイの判断からである。
暗示による集団自殺。
未遂には終わったが、詰所に勤める人間数十人を一度に亡きものにする一歩手前までいったのだ。憲兵として、そんな重大事件を起こそうとした犯罪者を野放しにする理由など微塵もない。それが元勇者だとしても。
「表上はまだボッサ様……いや、ボッサは七勇者として魔王討伐中だ」
七勇者脱走の事実は、まだ新聞に載っていない。そんなこと公になってしまったら、勇者の信頼が大きく揺らぐ。おそらく勇者イザムが箝口令を敷くだろう。この事実は、クリエの好奇心によってやっとサックの耳に入ったレベルだ。
「ボッサの顔を知る人も少ない。けど、あのマントは目立つ」
明るい若草色を呈した、勇者装備『福音奏者のマント』。雨風を凌ぎ野営時の暖をとるためのマントを、こんな派手な色に染める人は少ない。
「マントは、広範囲に念話を飛ばすのに必須だ。そして確実に暗示に賭けるのに、出来るだけ近づく必要がある」
「すると自ずと、ボッサが近辺に居たということのになる、か」
ああ、と、サックは頷いた。
「勇者現役時代に付与した俺の力。追加能力が薄れたんだ」
マントの念話能力は、勇者アイサックが潜在解放させたものだった。今まで特に意識していなかったが、追加させた能力は、どうも時間と共に弱く薄れていくらしい。
(勇者時代は、日々の魔王軍との戦闘で、能力を付与しない日など無かったからな……)
当時を仄かに懐かしむも、離れて分かった自身の能力の欠点に、今回は救われる事となった。
「念話を飛ばせる距離が短くなっている可能性に掛けて正解だった。奴は、夜から朝方、そして、ついさっきまで近場にいた」
「だが……そこからの足取りはわからねぇ。目撃者は口をそろえて、ぷっつり記憶がなくなったと言っている」
「そこまで遠くに移動しているとは思えない……ジャクレイ。ハクノ地区の近くで、身を潜められそうな場所を徹底的に洗ってくれ」
時間が掛かるかもしれないが、全く手がかりがないこの状況では、こちらができる手一杯のことだった。
(俺が標的なら、サザンカたちをダシに何か仕掛けるはず。出来るなら、それより前に、こちらから攻め込みたいが……)
しかし相手の潜伏先も、まして、正確な目的すら不明であるため、サック側の対策はどうしても後手に回ってしまう。
「こちらとしても万全の体制を備えておくか……ジャクレイ、『武器庫』を使っていいか?」
「ん? 武器が欲しいのか? 自由に使ってくれ」
「ありがとう、恩に着る」
サックは武器庫へ向かった。武器庫は、牢屋とは別の地下に備えてあり、爆発から難を逃れた施設の一つだった。
(『自由に使う』許可は下りた。なら……)
一旦、地下牢から1階に上がり、別のフロアから再度地下へ潜る。先ほどまで廊下はがれきで覆われていたが、手が空いている憲兵総出で片付けが行われたことで、廊下は比較的自由に行き来できるくらいになっていた。
「あ、サック様!」
すると、サックが急に呼び止められた。サックは一旦足を止め、声の主に向かって振り向いた。
昨日から受付を受け持っていた憲兵だった。『様付け』なのは、サックの素性をなんとなく感づいたためだろうか。
「どうした?」
呼ばれた理由が思いつかないため、また、武器庫に急いでいたため、少し不愛想な返事を返してしまった。
不機嫌そうな態度に、呼びとめた憲兵は少し狼狽えた。
「い、いえ、先ほど、サック様宛に『荷物』を預かっておりまして……」
憲兵はばつの悪そうな顔で、サックに荷物を手渡した。それは細長い物体で、しっかりと厚手の布で包まれていた。
手で握った感じから、鞘に収まったショートソードのように思えたが、重さは木の枝よりも軽かった。
「……そうか、ありがとう」
サックはお礼と共に渡された長い包みを受け取り、まっすぐ武器庫へ向かった。
「……あのバカやろう!」
武器庫へ入るや否や、サックはすぐに重い扉を閉め、声を荒げた。
包みを持った瞬間、サックの鑑定眼が働き、中身を知ってしまったからだ。
サックは、大きなため息の後、無言で包みを開けた。
細長い棒は、フルーレタイプの剣だった。長さは通常より短く、しかし短剣より長い。何より異常に軽いそれは、サックのよく知るものだった。
柄と鍔に施された、鷹と疾風の彫刻。これは、新聞屋『クリエ=アイメシア』の武器だ。
(返り血……違う、これはクリエの血痕か)
柄には血液が付着していた。剣の刃によるものではない。血の付き方から、持ち主のものと推測できた。
そして、包みには一枚の手紙が添えられていた。
嫌な予感しかしない。
しかし、手がかりになればと、彼は手紙に記載されていた文面を覗いた。
『新聞屋と、忍者は預かった。一人で来い』
ご丁寧にも、その手紙には潜伏先の地図が記されていた。
サックは顔をしかめ、強く奥歯を噛んだ。食いしばった歯が軋む音が、彼の頭に大きく響いた。
「……気に食わねぇな」
サックはただただ、怒りに肩を振るわせた。
そう呟くと、その男は静かに口に紅茶を運んだ。既に冷めてしまっていたが、乾いた喉を潤すには、これくらいの温度のほうが最適だ。
「しゃべりすぎましたね」
まるで旧知の戦友との会話に花が咲いたような言い草だが、そんな明るい話ではなかった。彼の独白は、誰に語り掛けるわけでもなく、アイサックとの会話の感想を漏らし続けていた。
彼がお茶を嗜む喫茶店では、今朝方爆発した憲兵詰所の話題で持ちきりだった。
「ガス爆発らしいよ」
「テロじゃないのか?」
「憲兵は何も発表してない」
「友達が勤めてるんだ……心配だよ」
「罰金刑の支払い滞ってたから助かったぜ」
「死んだ人はいないらしいぞ」
「……ふむ」
死者は、出ていない。それを聞いた彼──ボッサは、納得がいかなかったようだ。
「2、3人は『祝福』できると思っていたのですが。流石、アイサックですね」
彼は残った紅茶を一気に飲み込んだ。空になったカップをテーブルに置き、椅子の背もたれに畳んで掛けてあった若草色のマントを持ち、席を立った。
伝票には、紅茶の代金に併せてチップ料金を併記してあった。ボッサは懐からくしゃくしゃになった紙幣を取り出し、伝票と一緒に給仕に渡した。
「余りはチップで」
「ありがとうございまーす」
若い女性の給仕であった。顔立ちも悪くなく、同年代の男性にはウケがよさそうだ。
……だからだろうか、チップを多めに貰うことに慣れていたためか、ボッサが渡したチップには、感謝の言葉こそ返したものの、そこには『気持ち』が込められてなかった。
「……」
そんな心の声を、ボッサは聞いていた。いや、否応なく、声が聞こえてしまうのだ。
「君」
「? はい? ええと、あ、あれ」
ボッサは給仕に声掛けした。すると、給仕は手に持っていたナイフ(ケーキを切り分ける用だろうか)を、自身の喉に突き立てた。
が、それは彼女の喉元ギリギリで止まった。
「え……?」
本人も自覚しない、思いがけない行動に唖然とし、ナイフは彼女の手から滑り落ちた。
金属と石畳がぶつかる派手な音が、店内に反響した。
「あ……し、失礼しました!」
我に返った彼女は、慌ててナイフを拾い上げた。自らの首を突こうとしたナイフであるが、そのことを、今の彼女は忘れていた。
既に、ボッサはその場にいなかった。
「参りましたね、一般人は『巻き込まない』ルールは、私の心願成就の妨げになる」
ポリポリと、右頬を人差し指で搔きながら、ボッサはマントを翻し喫茶店をあとにした。爆発のあった詰所とは真逆の方角。彼は、ある女性と待ち合わせをしていた。
「楽しみです。彼女の『生きる』という思いは、私の力を凌駕した」
生への執着と、復讐心。その二つだけで、あの女は命を繋いでいる。
彼女が、これから何を仕出かすのか。人の信念が、どれほどのものなのか。
「決して諦めないという信念に、賭けてみましょう」
+++++++++++++++
「目撃証言があったぞ! 近くの喫茶店で、茶をシバいていた!」
「……やっぱり、近くに居たかっ!」
崩壊寸前まで至った詰所で比較的原型をとどめていた地下牢に、ジャクレイとサックの声が反響した。
急誂えであるが、ここ地下牢に『対勇者対策本部』が作られていた。大ダメージを負った建屋の修復もさることながら、今は、勇者ボッサ=シークレの居場所を明らかにすることが先決であるとの、ジャクレイの判断からである。
暗示による集団自殺。
未遂には終わったが、詰所に勤める人間数十人を一度に亡きものにする一歩手前までいったのだ。憲兵として、そんな重大事件を起こそうとした犯罪者を野放しにする理由など微塵もない。それが元勇者だとしても。
「表上はまだボッサ様……いや、ボッサは七勇者として魔王討伐中だ」
七勇者脱走の事実は、まだ新聞に載っていない。そんなこと公になってしまったら、勇者の信頼が大きく揺らぐ。おそらく勇者イザムが箝口令を敷くだろう。この事実は、クリエの好奇心によってやっとサックの耳に入ったレベルだ。
「ボッサの顔を知る人も少ない。けど、あのマントは目立つ」
明るい若草色を呈した、勇者装備『福音奏者のマント』。雨風を凌ぎ野営時の暖をとるためのマントを、こんな派手な色に染める人は少ない。
「マントは、広範囲に念話を飛ばすのに必須だ。そして確実に暗示に賭けるのに、出来るだけ近づく必要がある」
「すると自ずと、ボッサが近辺に居たということのになる、か」
ああ、と、サックは頷いた。
「勇者現役時代に付与した俺の力。追加能力が薄れたんだ」
マントの念話能力は、勇者アイサックが潜在解放させたものだった。今まで特に意識していなかったが、追加させた能力は、どうも時間と共に弱く薄れていくらしい。
(勇者時代は、日々の魔王軍との戦闘で、能力を付与しない日など無かったからな……)
当時を仄かに懐かしむも、離れて分かった自身の能力の欠点に、今回は救われる事となった。
「念話を飛ばせる距離が短くなっている可能性に掛けて正解だった。奴は、夜から朝方、そして、ついさっきまで近場にいた」
「だが……そこからの足取りはわからねぇ。目撃者は口をそろえて、ぷっつり記憶がなくなったと言っている」
「そこまで遠くに移動しているとは思えない……ジャクレイ。ハクノ地区の近くで、身を潜められそうな場所を徹底的に洗ってくれ」
時間が掛かるかもしれないが、全く手がかりがないこの状況では、こちらができる手一杯のことだった。
(俺が標的なら、サザンカたちをダシに何か仕掛けるはず。出来るなら、それより前に、こちらから攻め込みたいが……)
しかし相手の潜伏先も、まして、正確な目的すら不明であるため、サック側の対策はどうしても後手に回ってしまう。
「こちらとしても万全の体制を備えておくか……ジャクレイ、『武器庫』を使っていいか?」
「ん? 武器が欲しいのか? 自由に使ってくれ」
「ありがとう、恩に着る」
サックは武器庫へ向かった。武器庫は、牢屋とは別の地下に備えてあり、爆発から難を逃れた施設の一つだった。
(『自由に使う』許可は下りた。なら……)
一旦、地下牢から1階に上がり、別のフロアから再度地下へ潜る。先ほどまで廊下はがれきで覆われていたが、手が空いている憲兵総出で片付けが行われたことで、廊下は比較的自由に行き来できるくらいになっていた。
「あ、サック様!」
すると、サックが急に呼び止められた。サックは一旦足を止め、声の主に向かって振り向いた。
昨日から受付を受け持っていた憲兵だった。『様付け』なのは、サックの素性をなんとなく感づいたためだろうか。
「どうした?」
呼ばれた理由が思いつかないため、また、武器庫に急いでいたため、少し不愛想な返事を返してしまった。
不機嫌そうな態度に、呼びとめた憲兵は少し狼狽えた。
「い、いえ、先ほど、サック様宛に『荷物』を預かっておりまして……」
憲兵はばつの悪そうな顔で、サックに荷物を手渡した。それは細長い物体で、しっかりと厚手の布で包まれていた。
手で握った感じから、鞘に収まったショートソードのように思えたが、重さは木の枝よりも軽かった。
「……そうか、ありがとう」
サックはお礼と共に渡された長い包みを受け取り、まっすぐ武器庫へ向かった。
「……あのバカやろう!」
武器庫へ入るや否や、サックはすぐに重い扉を閉め、声を荒げた。
包みを持った瞬間、サックの鑑定眼が働き、中身を知ってしまったからだ。
サックは、大きなため息の後、無言で包みを開けた。
細長い棒は、フルーレタイプの剣だった。長さは通常より短く、しかし短剣より長い。何より異常に軽いそれは、サックのよく知るものだった。
柄と鍔に施された、鷹と疾風の彫刻。これは、新聞屋『クリエ=アイメシア』の武器だ。
(返り血……違う、これはクリエの血痕か)
柄には血液が付着していた。剣の刃によるものではない。血の付き方から、持ち主のものと推測できた。
そして、包みには一枚の手紙が添えられていた。
嫌な予感しかしない。
しかし、手がかりになればと、彼は手紙に記載されていた文面を覗いた。
『新聞屋と、忍者は預かった。一人で来い』
ご丁寧にも、その手紙には潜伏先の地図が記されていた。
サックは顔をしかめ、強く奥歯を噛んだ。食いしばった歯が軋む音が、彼の頭に大きく響いた。
「……気に食わねぇな」
サックはただただ、怒りに肩を振るわせた。
応援ありがとうございます!
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