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第9話 追放勇者、ケジメをつける【その5】
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アリンショアは、言うなれば『ゾンビ』であった。死体に彼女の意識を繋ぎ止め、この世に縛り付けられている状態だ。
「生きてます、訂正しなさい」
ボッサが強く否定した。確かにゾンビにしては、遺体は綺麗だった。致命傷を受け亡くなったと聞き及んでいるが、その傷跡も解らなかった。
「なるほど。傷はボッサの癒しの力で治したな。いや、蘇生術か。だが……アリンショアは目を覚まさなかった」
「……」
「だから、 エルダーリッチの力に頼ったな。奴の力をもってすれば、こんな芸当も可能だろう」
「……」
ボッサは押し黙った。眉間による皺はさらに深くなった。
するとボッサは、アリンショアを横から抱き締めた。身長差があり、親子のようにも見えた。しかしアリンショアは無反応──まるで、人形だ。
「アリンショアからは、昔から相談を受けてました。『何故、犯罪に手を染めた自分が勇者に選抜されたのか』と、彼女はずっと葛藤していました」
ボッサは、淡々と話を続けた。
「長いこと相談を受け、話しているうちに、私たちは惹かれあったんです。聖職者として、仲間内として、あるまじき事と理解しながら」
(マジか)
サックが頭を抱えた。これは全くの想定外だったのだ。
(つまり、七勇者で俺だけカップル不成立だった、ってことぉっ?!)
ユーナリスとネアの同性カップルも含めるとそうなる。
全く意図しないボッサの攻撃に、サックの心は深く傷ついた。
そんな傷心なサックに気づいていないボッサは、さらに自分語りを続けた。
「魔王城の第3層で、彼女は私を庇って致命傷を負いました。勇者の力をもってすれば、傷を塞ぐのは容易だった。けれど……!」
ボッサは、アリンショアをさらに力強く抱き締めた。しかしアリンショアは微動だにしない。
アリンショアの魂は、戻ってこなかったのだ。
「そこに、あの死せる大魔道士、イチホ=イーガスが関係してくるというわけか」
サックは奥歯を噛み締めた。イチホの名前を出すだけで、腹の奥から嫌なものが込み上げてくる。
「私はアリンショアを連れて、世界の治癒を目指しました。様々な人を癒し、治し、救っていったのですが」
ボッサは、アリンショアから離れ顔を上げた。涙を流していたらしく、頬が濡れていた。
「ですが、無理でした。何をしても、『私の心の傷』が癒えないのです。そんな折り、ミクドラムで彼女──イチホに出会いました。既に死んでいましたがね」
「勇者の力の限界に挑んだな?」
はい、と、ボッサは頷いた。
「私は死者の声は聞けません。ですが彼女から、死してなお呟く『復讐』の声が聴こえた。初めての事です。癒しの術を使うと、塞がらないはずの傷は癒え、彼女は蘇りました。ただ、エルダーリッチとして、ですが」
ボッサは、今でも信じられないといった様子で、頭を横に振った。
「元々、彼女にはそういう素質があったのでしょう。死術と黒魔術の心得もあったようです。イチホは、貴方への『復讐』を糧に蘇った。私は、強いて言えば、彼女に復活のきっかけを与えただけ」
「お前、アリンショアを蘇らせる可能性を探っていたな」
サックはボッサに問いかけた。するとボッサは、サックの顔を真っすぐ見据えた。目じりは釣りあがり、細い目をさらに細く見せた。先ほどまで上がっていた口角は、いつの間にか下がっていた。
「私は、イチホ=イーガスの生きる力を後押ししただけ。それは、私が行うことに必要だった。それでも、貴方は私を恨んでますか? 憎いですか?」
さも、自分には悪気はない。と言いたげなボッサの態度は、サックの神経を逆撫でした。
「ああ……だから、てめぇを、本気で、ぶん殴りに来た」
ギリギリ、と、歯を食いしばる音が広場に響いた。
しかし、そんなサックの姿を見たボッサは、なぜ彼がそこまで怒っているのか理解できないといった態度をとった。
「アイサック。今、あなたの目的と私の願いは同じはずなのですがね」
ボッサは、残念です、と小さな声を漏らした。
「私は、私のやり方で世界を変えてみせましょう」
彼は手に掲げた槍を包んでいた布を外した。黒光りする刀身が露わになった。
「ボッサ、それ何て言うか知ってるか? 『独りよがりの正義』って言うんだよ」
一方、サックも左手を背に回し、腰に携えていた小剣を取り出した。短い刃の切先をボッサに向け、言い放った。
「何が、世界を変える、だ! 仲間一人救えねぇくせによ!」
「……言って良いこと悪いことの、区別すらできませんか。それにその言葉。そっくりお返しできますよね」
「ああ。そうだな。オレにそんなこと言える資格はない。けどなボッサ。お前は正義を貫くため、アリンショアを縛り続けている。『お人形ごっこ遊びにしては、質が悪いぜ』」
サックは、今しがた、ボッサの地雷を踏み抜いた。一気にボッサの顔が険しくなる。
「アリンショアは生きているっ! 訂正しろおっ!!!」
今までサックも聞いたことのない大声で、ボッサが叫んだ。
彼は、手に持った黒い刃の槍を大きく振った。
(まったく、物騒な『エモノ』を持ち帰ってきたなっ!)
勇者時代には、ほぼすべてのアイテムを管理していたサックである。彼が持ち出した槍のことはよく理解している。
勇者専用装備『嵐を運ぶもの』
一度掲げば雷雲を呼び、
二度返す切先は嵐を巻き起こし、
三度突けば、大地を抉り貫く。
正に文字通り、嵐を自在に操る槍だ。
水平に薙いだ刀身は嵐を生み出し、雷と風の刃がサックを襲う。
「くっ!!」
「きゃあっ!!」
ギリギリのところで、サックは伏せ、クリエは後方に飛び。斬撃を避けた。
「っくそ。武器の強さは健在か……」
サックの後ろの地面は、綺麗に扇状に抉れていた。強烈な電撃を浴びたレンガが焼け焦げ、真空の刃で切り刻まれていた。
「! サックっ!! 危ない!」
「……!!」
クリエの声が届くより前に、サックの目の前に光が走った。正しくは、日の光に反射した、アリンショア愛用の勇者装備『幻竜の小太刀』によるものだった。
「……『七輝』……」
一瞬のうちに、サックの後ろにアリンショアが回り込んでいた。ぼそりと、アリンショアが呟いた技名は、遅れて「七回の斬撃」が襲いかかることを意味していた。
アリンショアが得意とした、早業スキルだ。通りすがりに高速で斬撃を繰り出す業。小太刀の切れ味も加わり、並大抵の固さでないと一瞬で細切れになる。
「終わりましたね」
「サック!」
ボッサが放った、嵐を運ぶものによる初撃は、目くらましだった。アリンショアの攻撃を本命として、サックに彼女が『未だ現役』であることを伝えたかった意図もある。
もっとも、五体がばらばらになってしまっては、それも理解してもらえないが。
「これでわかったでしょう? アリンショアはまだ、生きて……」
てっきり、サックの体は8個くらいに分割しているものと思っていたボッサは、目の前の光景に目を見開いた。
サックは、神業アリンショアの攻撃を、全て受け流していた。
左手に持った、短い剣。鍔の部分が非常に特徴的で、球体を半分に割ったカップ状を呈していた。
その湾曲した鍔の部分で、勇者が放った全ての斬撃を『受け流し』ていた。
「ばかな!! そんな適当な武器で防げるはず……」
「馬鹿はどっちだ」
全てを受け流し切ったサックは、一息ついたのち、改めて剣の切先をボッサに向けた。
「伝説の武器の強さは、オレが一番わかっているよ。だからこそ、それの対処方法も熟知している」
剣はうっすらと、青光りしていた。これはサックが、この武器──『マインゴーシュ』に潜在解放を施していることを示していた。
「元々、マインゴーシュって武器は、物理的な攻撃を弾くよう設計されている。だからオレは、ここに全力で【回避能力】を上乗せさせたのさ」
ひゅん! と、サックは剣を振るって見せた。自分はまだ余裕があるという、彼なりの挑発だった。
「ボッサ、暫く会わないうちに忘れちまったのか? 俺を誰だと思ってやがる……俺は勇者、道具師だぜ?」
「生きてます、訂正しなさい」
ボッサが強く否定した。確かにゾンビにしては、遺体は綺麗だった。致命傷を受け亡くなったと聞き及んでいるが、その傷跡も解らなかった。
「なるほど。傷はボッサの癒しの力で治したな。いや、蘇生術か。だが……アリンショアは目を覚まさなかった」
「……」
「だから、 エルダーリッチの力に頼ったな。奴の力をもってすれば、こんな芸当も可能だろう」
「……」
ボッサは押し黙った。眉間による皺はさらに深くなった。
するとボッサは、アリンショアを横から抱き締めた。身長差があり、親子のようにも見えた。しかしアリンショアは無反応──まるで、人形だ。
「アリンショアからは、昔から相談を受けてました。『何故、犯罪に手を染めた自分が勇者に選抜されたのか』と、彼女はずっと葛藤していました」
ボッサは、淡々と話を続けた。
「長いこと相談を受け、話しているうちに、私たちは惹かれあったんです。聖職者として、仲間内として、あるまじき事と理解しながら」
(マジか)
サックが頭を抱えた。これは全くの想定外だったのだ。
(つまり、七勇者で俺だけカップル不成立だった、ってことぉっ?!)
ユーナリスとネアの同性カップルも含めるとそうなる。
全く意図しないボッサの攻撃に、サックの心は深く傷ついた。
そんな傷心なサックに気づいていないボッサは、さらに自分語りを続けた。
「魔王城の第3層で、彼女は私を庇って致命傷を負いました。勇者の力をもってすれば、傷を塞ぐのは容易だった。けれど……!」
ボッサは、アリンショアをさらに力強く抱き締めた。しかしアリンショアは微動だにしない。
アリンショアの魂は、戻ってこなかったのだ。
「そこに、あの死せる大魔道士、イチホ=イーガスが関係してくるというわけか」
サックは奥歯を噛み締めた。イチホの名前を出すだけで、腹の奥から嫌なものが込み上げてくる。
「私はアリンショアを連れて、世界の治癒を目指しました。様々な人を癒し、治し、救っていったのですが」
ボッサは、アリンショアから離れ顔を上げた。涙を流していたらしく、頬が濡れていた。
「ですが、無理でした。何をしても、『私の心の傷』が癒えないのです。そんな折り、ミクドラムで彼女──イチホに出会いました。既に死んでいましたがね」
「勇者の力の限界に挑んだな?」
はい、と、ボッサは頷いた。
「私は死者の声は聞けません。ですが彼女から、死してなお呟く『復讐』の声が聴こえた。初めての事です。癒しの術を使うと、塞がらないはずの傷は癒え、彼女は蘇りました。ただ、エルダーリッチとして、ですが」
ボッサは、今でも信じられないといった様子で、頭を横に振った。
「元々、彼女にはそういう素質があったのでしょう。死術と黒魔術の心得もあったようです。イチホは、貴方への『復讐』を糧に蘇った。私は、強いて言えば、彼女に復活のきっかけを与えただけ」
「お前、アリンショアを蘇らせる可能性を探っていたな」
サックはボッサに問いかけた。するとボッサは、サックの顔を真っすぐ見据えた。目じりは釣りあがり、細い目をさらに細く見せた。先ほどまで上がっていた口角は、いつの間にか下がっていた。
「私は、イチホ=イーガスの生きる力を後押ししただけ。それは、私が行うことに必要だった。それでも、貴方は私を恨んでますか? 憎いですか?」
さも、自分には悪気はない。と言いたげなボッサの態度は、サックの神経を逆撫でした。
「ああ……だから、てめぇを、本気で、ぶん殴りに来た」
ギリギリ、と、歯を食いしばる音が広場に響いた。
しかし、そんなサックの姿を見たボッサは、なぜ彼がそこまで怒っているのか理解できないといった態度をとった。
「アイサック。今、あなたの目的と私の願いは同じはずなのですがね」
ボッサは、残念です、と小さな声を漏らした。
「私は、私のやり方で世界を変えてみせましょう」
彼は手に掲げた槍を包んでいた布を外した。黒光りする刀身が露わになった。
「ボッサ、それ何て言うか知ってるか? 『独りよがりの正義』って言うんだよ」
一方、サックも左手を背に回し、腰に携えていた小剣を取り出した。短い刃の切先をボッサに向け、言い放った。
「何が、世界を変える、だ! 仲間一人救えねぇくせによ!」
「……言って良いこと悪いことの、区別すらできませんか。それにその言葉。そっくりお返しできますよね」
「ああ。そうだな。オレにそんなこと言える資格はない。けどなボッサ。お前は正義を貫くため、アリンショアを縛り続けている。『お人形ごっこ遊びにしては、質が悪いぜ』」
サックは、今しがた、ボッサの地雷を踏み抜いた。一気にボッサの顔が険しくなる。
「アリンショアは生きているっ! 訂正しろおっ!!!」
今までサックも聞いたことのない大声で、ボッサが叫んだ。
彼は、手に持った黒い刃の槍を大きく振った。
(まったく、物騒な『エモノ』を持ち帰ってきたなっ!)
勇者時代には、ほぼすべてのアイテムを管理していたサックである。彼が持ち出した槍のことはよく理解している。
勇者専用装備『嵐を運ぶもの』
一度掲げば雷雲を呼び、
二度返す切先は嵐を巻き起こし、
三度突けば、大地を抉り貫く。
正に文字通り、嵐を自在に操る槍だ。
水平に薙いだ刀身は嵐を生み出し、雷と風の刃がサックを襲う。
「くっ!!」
「きゃあっ!!」
ギリギリのところで、サックは伏せ、クリエは後方に飛び。斬撃を避けた。
「っくそ。武器の強さは健在か……」
サックの後ろの地面は、綺麗に扇状に抉れていた。強烈な電撃を浴びたレンガが焼け焦げ、真空の刃で切り刻まれていた。
「! サックっ!! 危ない!」
「……!!」
クリエの声が届くより前に、サックの目の前に光が走った。正しくは、日の光に反射した、アリンショア愛用の勇者装備『幻竜の小太刀』によるものだった。
「……『七輝』……」
一瞬のうちに、サックの後ろにアリンショアが回り込んでいた。ぼそりと、アリンショアが呟いた技名は、遅れて「七回の斬撃」が襲いかかることを意味していた。
アリンショアが得意とした、早業スキルだ。通りすがりに高速で斬撃を繰り出す業。小太刀の切れ味も加わり、並大抵の固さでないと一瞬で細切れになる。
「終わりましたね」
「サック!」
ボッサが放った、嵐を運ぶものによる初撃は、目くらましだった。アリンショアの攻撃を本命として、サックに彼女が『未だ現役』であることを伝えたかった意図もある。
もっとも、五体がばらばらになってしまっては、それも理解してもらえないが。
「これでわかったでしょう? アリンショアはまだ、生きて……」
てっきり、サックの体は8個くらいに分割しているものと思っていたボッサは、目の前の光景に目を見開いた。
サックは、神業アリンショアの攻撃を、全て受け流していた。
左手に持った、短い剣。鍔の部分が非常に特徴的で、球体を半分に割ったカップ状を呈していた。
その湾曲した鍔の部分で、勇者が放った全ての斬撃を『受け流し』ていた。
「ばかな!! そんな適当な武器で防げるはず……」
「馬鹿はどっちだ」
全てを受け流し切ったサックは、一息ついたのち、改めて剣の切先をボッサに向けた。
「伝説の武器の強さは、オレが一番わかっているよ。だからこそ、それの対処方法も熟知している」
剣はうっすらと、青光りしていた。これはサックが、この武器──『マインゴーシュ』に潜在解放を施していることを示していた。
「元々、マインゴーシュって武器は、物理的な攻撃を弾くよう設計されている。だからオレは、ここに全力で【回避能力】を上乗せさせたのさ」
ひゅん! と、サックは剣を振るって見せた。自分はまだ余裕があるという、彼なりの挑発だった。
「ボッサ、暫く会わないうちに忘れちまったのか? 俺を誰だと思ってやがる……俺は勇者、道具師だぜ?」
応援ありがとうございます!
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