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悪夢の成れの果て

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 空すらも凍て付く寒さと深々と降り積もり続ける雪、天からの水は氷となり目の前を覆い隠す吹雪となりて表れる。そんな中宛先も無く歩き続ければ指先は愚か、手も足も感覚は喪われて行く。段々と歩き続ける事も儘ならなくなり振り返っても来た道は影も無く絶望と共に空は黒く染まり溜息を吐く気力すらない。徐々にえも言われぬ恐怖と切迫感に当てられ呼吸は短く早く、凍った空気は肺をも冷やし今や命を脅かす。恐れに急かされ背負っていたバックから刃物を取り出せば首元を掻き切る──

「─ッは!……ぁ…はァ…また、この夢か」

 この所毎日この夢を見る。寒空の下何故か首を切り死ぬ夢。部屋の中が冬だから冷えきっているのかと暖房の温度をあげたりしっかり毛布を被って寝るようにしてみたが未だに効果は無く寝覚めは最悪で起きた時の安堵によって何度心を救われたか。今日も今日とて時刻は午前四時、本来起きるべき時刻より既に2時間前で睡眠不足に悩まされる事となる。しかしこれ以上眠れる訳もなく、眠るとまた同じ夢を見そうで怖い。たかが夢に怯えている等と同僚に知られたら笑われそうで未だに誰にも相談を出来ずに困っている。諦めてシャワーを浴びればのんびりと朝の支度を始め、少し豪華に朝ご飯を作り自らの心を支える。悪夢は嫌だと思いながらもこんな朝は悪くないと心の中で呟けばトーストを口に放り込んだ。

「──ッ、は…あ……クソッ……」

 昨日、初めて病院に行った。睡眠導入剤と精神安定剤というのを貰い、休職届を出して家でゆっくりと過ごしてみた。精神的なものでは無いか、と医者は言うが別に俺に何か重大な困り事があるわけでも人間関係に悩んでいる訳でもなく毎晩あの夢を見る心当たりは何も無かったがとりあえず休んでみようと思って少しばかり休みを貰った。医者に貰った薬も何方も飲んで快方に向かえば良いな…と期待に満ちて昨日の夜寝たが一向に変わりはない。どうやったら治るのかとイラ付きと焦燥感で布団を叩けば暗い部屋の中、舌打ちを零しもう一度目を閉じる…が、眠りに入る勇気が無くて途中で目を開ける、しかし布団から出る気も沸かず目を閉じ、また眠りに入る寸前で目を開ける…その繰り返しをしていれば無意味に、あっという間に一日は過ぎた。

「……朝か」

 薬を飲み続けて暫くが経つと、1つの変化が訪れた。それは夢の中でこれは夢だと理解する事ができるようになった、お陰で俺の心に対する精神的負担は同じ映画を見させられているだけの様になり大分軽くなって来た。朝目覚める時も恐怖に侵されている訳でなく安心して起きれる。少し前進したな、と心の中で呟けば布団から出てカーテンを開き朝日を浴びる。もう一度寝る勇気もやる気こそも出ないものの、精神的負担が減り、また前の様に何も無かった日々に戻れるのでは無いかと少しだけ期待し、少しだけ心が弾んだ。

「…朝日が眩しいな」

 また少しして、症状は変わらないものの、少しずつ夢に対する慣れも含まれ始めたのか精神状態は良くなりもう直ぐで復職を果たす事も出来そうだ。折角なら復職する前に日頃であれば出来ないことをしておきたい。どうせなら日帰りで旅にでも出るか、と荷物を纏める。夢のお陰で早起きが身につき今から準備しても始発には十分間に合う。始発で出れば日帰りだとて遊べる時間は沢山あるだろう。ポジティブに考える事も昔と違って出来るようになり、悪夢のお陰で成長したなと思えば家を出て、電車に乗る。北の方へ向かえば一日何をしようか、と電車のリズムに合わせ揺られ乍考えていた。

「──ッ、は…あ…寝ちまってたのか……」
 
 目が覚めれば見知らぬ土地、見知らぬ人、見知らぬ車掌が肩を揺すり起こしてきた。相変わらずあの夢で起きた時に慣れない顔があったから驚いたのも含めまだ心臓がうるさい程に鳴っているが目の前の人間に迷惑をかける訳にも行かず電車を降りる。

「…どこだ、ここは…まぁいいか、行先も決めて無かったし、一人旅だし…ここら辺を見て回るか」

 キョロキョロと当たりを見回し田舎である事を理解すれば改札を出て、ぶらりと近くの商店街に寄ったり、カフェに飛び込んでみたり…急に来た割には楽しい時間が過ごせて、あっという間に時は過ぎて行った。

 最後にあの山に登って帰るか。(小さな山、山登りの洋服では無いが別に問題は無いだろうと判断して登山道を聞き、登り始める。もう既に夕方だが、終電までに帰れば問題は無い。着実に慣れない道を1歩1歩進む。山頂では夕日が見えるのでは無いかと期待に胸を躍らせ上へと進んだ。

「─困った、迷った。」

 いつの間にか道を踏み外し獣道を進んでいるのか塗装されて居らず足元には草が生い茂り段々と日も沈み始めている。早く抜け出さなければと思い足を進めれば進めるほど正しい場所に抜け出せる気がしない。振り返ってみるも自分が何処から来たか分からず困り果てていた。頬に何か当たった感じがありふと空を見ると白い粒が。

「…雪か。参ったな」

 頬を刺す程の寒さ、今迄動いていたから差程気にならなかった物の一度足を止めてしまえば寒さに貫かれ一つ溜息を零す。早く抜け出さなければと焦燥感を抱え足早に進むが雪は酷くなりどんどんと積もり始める。段々と吹雪になり、空もオレンジから青黒へと変化して行った。

「ッ、クソッ……」

 空すらも凍て付く寒さ、どんどんと気温が下がって来ている様で頬は愚か手足の感覚が喪われて来ている。深々と降り積もり続ける雪は一面を雪景色へと変え、吹雪は視界を遮り白い世界と成っていく──あの、夢と同じ光景だ。嫌な気持ちが溢れ慌てて辺りを見回すも何も変わりはなくにえも言われぬ恐怖と切迫感に当てられ呼吸は短く早く、凍った空気は肺をも冷やしていった。段々と雪が深くなりただの靴では歩き続ける事も儘ならなくなり振り返っても来た道は影も無く絶望と共に空は黒く染まり溜息を吐く気力すらない。

「夢と同じ…いや、違う…これは夢だ、これは夢だ…これは夢だ」
 
 最近漸く知覚出来るようになった事を思い出し、今の状態が夢である事を理解すれば背負っていたバックからナイフを取り出し首に当てる─この夢の終わりはいつも同じ、自分が死ぬ事。だからあとは首を掻っ切ればまた変わらぬベットの上だと信じてナイフを引く。

「ぐ、ぁああああああ」

 痛い。痛い痛い痛い痛い。首元から鮮血が迸り雪を汚して行く。地面に倒れこめば段々と意識は暗転して漸く目覚める、と心の中で安堵すれば瞼を閉じる─だが、彼が目を覚ます事は無かった。其れは悪夢が見せた結果なのか、定められた運命だったのか、今となっては分からない。
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