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エピソード1 平家と源氏の末裔

第7話 来来々世でも理解できそうもありません

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「くそう!」
 平平は唇を噛みしめて悔しそうな表情で、目の前の敵をぐっと睨みつけていた。あれほど注意されながら一撃でやられた自分が情けないと感じているのだろう。
「このぶよぶよ野郎、次はかならず返り討ちにしてやるからな」
 平平はコールマイナーをあおった。

 だが、とても威勢のいい声をあげても、地面に転がった首ひとつで叫んだところで、まったく説得力はない。ましてや落ちた首が地面に接して、まるで首が地面が生えているように見えている有り様では、とんだ間抜け面だ。
 そのすぐ横を這いつくばって自分の頭をさがしながら、地面をまさぐる平平のからだがやってくる。平平は首を切断されたうえに、身体そのものもダメージを喰らっていた。
 まず左腕がなかった。というより左腕から肩にかけての肉体が、ごっそりと根こそぎ削りとられた格好だ。
 平平のからだが、なんとか転がっている自分の頭を探り当てた、むんずと髪の毛を鷲掴わしづかみにして、荒々しくもちあげた。そして自分の顔を源子や音無姉妹のほうへむけた。

「いやぁーー。一発目でクリティカルもらうとはね」
「なにが、いやーじゃ。来るなりいきなりお荷物になってるたぁ、どういう了見ぜよ」
 平平のあっけらかんとした言い訳をまひるが叱りつけると、姉のみかげは源子のほうを心配して声をかけた。
「ミナコはん、マナの『-7500』はかなりのダメージではないどすか」
「いえ、まぁ。想定の範囲内ですわ」
「じゃが、なにより、こンで霊力3分の1削られてしもうとるき、青属性の『チョキ』が出せんようになったぜよ」
 そう言ってまひるが平平の頭上を見ると、平平の頭の横の中空に浮かんでいる霊力陣の下左3分の1が破壊されてなくなっている。まるで食べかけのホールチーズのような形。

 平平は悪びれた風もなく、切断された自分の頭を右手でぶらさげて、こちらに戻ってこようとしていた。長い髪の毛の先を掴んでいるせいで、ぶらさがった頭は地面すれすれで、今にもどこかにこすりそうになっている。遠くからみたら、どうみても、落ち武者の首をぶら下げているサムライ、の姿だ。
 平平の足取りはおぼつかない。コールマイナーから受けたダメージのせいではなく、腕からぶら下げた自分の頭がぶらぶらと揺れているせいで、視点が定まらないからのようだ。
 その様子を見ながら、みかげとまひるがため息をついた。
「ほんに、平さんは、ジャンケンが弱わいおすなぁ」
「『霊力馬鹿』ゆうても、体力のほうはふつうじゃきに……。ほんとミーナが体力を移動せんだったら一撃で死んでるぜよ」

 ふたりの会話をかたわらで聞いていた、源子が口元をおさえてクスリと笑った。
「ミーナ、なんが、おかしい?」
「ごめんなさい。ちょっと思い出し笑いを……」
「ミナコはんが?。めずらしおすな」
「平平君と最初にバディを組まされた時のこと思いだして……」


 それは高校の入学式のときのことだった。教室で待ちかまえていた万丈アミ先生に、クラス割りのために能力テストをすると言われ、いやおうなしにヴァーチャル空間へ飛込まされ、いきなり『電幽霊サイバー・ゴースト』と戦わされた。 
 そのとき、バディを組まされたのが、平平平たいら・へいべいだったのだ——。

 ヴァーチャル空間での戦い方も教えてもらえぬまま、実戦に挑むはめになり、平平と源子はあっという間に追い詰められた。
 あれはニューヨークの地下スラムを思わせる、荒廃した暗い地下空間だった。
 あたりを取り囲むビルの壁や窓は壊れ、一部の柱は崩れ落ちて横たわっている。天井に大きく穿うがたれた穴からは雨が降り注ぎ、横たわる柱の陰に身を隠すように座り込んでいる平平と、源子のからだを容赦なく打擲ちょうちゃくしていた。雲の隙間からかすかに差し込む光ですら、まるで光の雨で彼らを濡れそぼらせているかのように毒々しく見える、そんな空間だった。
 平平は詰め襟の学生服姿を着ていた。だがそのからだのラインは不自然な形に歪んでおり、遠めにも左腕から胸、腹までがえぐりとられていることがわかった。だが、そのすぐ脇に力なくへたりこんでいるセーラー服姿の源子は、すでに右腕と腹から下、脚がなくなっていた。到底立てる状態ではない。
 それほど一方的にしてやられていた——。

「たいら君。ごめんなさい……。あなたを勝たせられる方法も、守れるすべもなくなってしまいました……」
 平平が源子のほうへ顔を向けて言った。
「だから、次の一手は一か八かの勝負っていうわけなんだろ?」
「えぇ。もうそれしか……。でももし失敗したら……」
 平平が壁にからだを預けながら、ゆっくりと、そして慎重にたちあがった。
 残ったほうの右手を前につきだし、なにかを手に持っているしぐさをすると、突然、短歌を吟じはじめた。

「あらざらむ 胸薄きおなごに 命賭し  てづから進み、花と散りゆく……」

 源子は、いきなり平平が短歌を詠んだことに驚いた。その歌の意味を心のなかで意訳してみる。
『私は死ぬだろう 胸のない女のために命をかけて、みずから進んで、花のように散っていくのだ……』
 意味がわかって、思わず源子がおおきな声をあげた。
「——って、な、なんですか、この歌!。だいたい、胸なきおなごとか、失礼千万ですわ。撤回願います」
 平平は、そのことばを無視するかのように、源子に背をむけて歩き出して言った。
「もし次しくじったら、オレ、死ぬかもしンねーんだろ……」
 平平が首だけを源子のほうにむけた。その口元には満面の笑みが浮かんでいた。
「でも、もう思い残すことはねぇ。辞世の句は読んだ……」

「さあ、ひとおもいに、命令しろや!」

 そのとき逆光で照らし出された彼の背中が、源子には大きくみえた。
 乾坤一擲けんこんいってきの勝負に命を懸ける『武士もののふ』らしい決意すら感じられた。どんなことばもかけられないほどの覚悟——。
 源子はその姿をただただ見つめるだけしかできなかった。


「そのうしろ姿がね、たいへん男っぷりがよかったのです。でもヴァーチャル世界で死んでも、現実世界で命を落とすわけじゃないでしょう」
 源子が呆れ返ったような表情を、話を聞いているまひるとみかげにむけた。
「正真正銘のバカですよね。会ったばかりでパートナーを組まされた相手、しかも仇敵きゅうてきの血筋の女のために、本気で命を賭けて守るつもりだったんですよ……」
 源子はほんのり恥じらいを見せながら、でもすこしだけ嬉しそうに言った。

「来来々世でも理解できそうもありませんわ……」
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