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ダイブ3 クォ=ヴァディスの巻 〜 暴君ネロ 編 〜
第62話 エヴァ、スポルスと一緒に、ネロを討ってくれ
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「余興は楽しんでもらえたかな?」
セイはゆっくりと立ちあがりながら、ウェルキエルを見つめた。
「楽しめるわけ……ない。やっぱりおまえは悪魔だ」
「そう呼んでもらって光栄の至りだ。だが、そろそろそれも終わりだ」
セイがいまだ憤怒にとらわれたままでいることに満足した表情を浮かべて言った。
「セイ。簡単に死ねると思わんことだ……」
そう言うなり、ウェルキエルは自分の左手を手刀にして、いきなり右腕を切り落とした。
再生させたばかりの前腕部が、ぼとりと床に転がり落ちる。ウェルキエルの腕の切断面にはなにかがのたくっていた。ニョロニョロと蠢いている無数の白いワームのようなもの。
その白いものは見る間にぬるぬると伸びてきて、下にだらりと垂れ下った。白い糸が滝のように床へと落ちていく。床まで伸び切ると、今度は鎌首をもちあげるように上へと伸び始め、やがてその先っちょが刀身へと変化していきはじめた。
ウェルキエルが耳に障るカサついた声で笑った。
「ふふふふ……。これだけの数の剣では、おまえが太刀をどれだけ出しても、やがて避けきれなくなるはずだ」
セイはみるみるうちに数を増やし、変化していくウェルキエルの新しい指を見ながら、うしろをふりむいてエヴァに向かって叫んだ。
「エヴァ……」
だが、声が擦れてでてこなかった。
当然の話だ。
いますぐにも泣き喚きそうになるのを必死でこらえようと、くちびるを噛みしめたまま叫ぼうとしてるのだ。声が届くはずがない。
「エヴァぁぁぁあ。いますぐ……、いますぐ、スポルスを連れてこの広間から逃げてくれ」
セイは渾身の力をこめて声を張った。だが、声帯がひらくと、たちまち嗚咽が漏れそうになる。
あいつの、あの悪魔の思うがままにされるわけにいかない。
「エヴァ。スポルスと一緒に、ネロを……、ネロを討ってくれ」
ただ喚き散らしたような声になったが、エヴァは大役を任されたとすぐに飲み込んでくれたようだった。すこし蒼ざめた表情で無言のままこくりと頷くと、機銃の銃床を自分の肩口にあて、スポルスの手をぎゅっと握った。
エヴァたちとウェルキエルを結ぶ直線上の真ん中付近に、セイは進み出た。鞘から刀を引き抜き正面で構えると、マリアもセイの横でこわばった表情をして大剣を構える。
「今だ。走れ」
エヴァが銃をウェルキエルのほうへむけ一気に引き鉄を引き絞った。すぐさま凄まじい銃声が広間に反響した。ウェルキエルは即座に空いているほうの左腕をもちあげた。左指の七本の指を硬化させ、からだの前で盾にしてそれを防御してきた。
奥の間にむかって走りながらも、エヴァは銃撃の手を緩めない。手を握られたスポルスも必死でそれについていく。
硝煙が空間を白濁しはじめた。
セイは銃撃の軸線上で剣を構えたまま、エヴァたちの盾になる位置に移動していっていた。ウェルキエルはみずから動こうとしなかった。ネロに近づけないようにするか、スポルスを殺そうとしてくると思っていただけに、セイには意外だった。
「セイさん。抜けました」
白煙のむこうからエヴァの声が聞こえてきた。奥の間につながるドアにたどり着いたことが、みなくてもわかった。セイはウェルキエルの動きをじっと見つめたまま言った。
「エヴァ。スポルスを頼む」
「了解しました」
セイはひときわ大きな声でエヴァに忠告をした。
「エヴァ、気をつけてくれ。ネロの部屋にはなにかがいるはずだ。絶対に」
ウェルキエルの口元がすこし緩んだように見えた。セイは確信していた。この悪魔はなんの手だても講じずに、ネロを放っておくような真似をするわけがない。
じぶんのこころをかき乱すためだけに、妹の冴の魂を時空を超えさせて、目の前に提示してみせたヤツなのだ。
エヴァはひとりでもやれるだろうか……。
ふいにセイは不安に襲われそうになったが、悔しいことに、気持ちを折られかかった自分には、そこまで按じている余裕はなかった。
ふと、すぐ脇にマリアが立っていることに気づいた。マリアはいままでに見たことないような不安げな表情で、自分を見つめていた。
セイははっとした。
自分はいま、そんなにも不安定な状況におちいっているのだろうか……。
それほどまでに頼りなげにみえているのだろうか……。
悪魔の奸計にはまって、心を揺さぶられてしまったことで、自分はマリアの、そしてエヴァの信頼までもうしなってしまいそうになっている。
そうはいかない——。
悪魔の思うままになんかには、絶対にならない——。
セイはマリアの背中にそっと手をあてて言った。
「マリア、君もエヴァと一緒に行ってくれないか」
だがマリアはその手を背中で押し返して、あからさまな抵抗をしめした。
「マリア、頼む」
セイがもう一度促すと、マリアは真剣な目つきで訴えかけてきた。
「セイ。今のおまえを置いてはいけねぇだろうがぁ」
「マリア。もう大丈夫だ。もう惑わされないし、もう躊躇しない……」
セイは刀を構えながら力強く宣言した。
「ぼくが、あいつを……、ウェルキエルを絶対に殺す!」
セイはゆっくりと立ちあがりながら、ウェルキエルを見つめた。
「楽しめるわけ……ない。やっぱりおまえは悪魔だ」
「そう呼んでもらって光栄の至りだ。だが、そろそろそれも終わりだ」
セイがいまだ憤怒にとらわれたままでいることに満足した表情を浮かべて言った。
「セイ。簡単に死ねると思わんことだ……」
そう言うなり、ウェルキエルは自分の左手を手刀にして、いきなり右腕を切り落とした。
再生させたばかりの前腕部が、ぼとりと床に転がり落ちる。ウェルキエルの腕の切断面にはなにかがのたくっていた。ニョロニョロと蠢いている無数の白いワームのようなもの。
その白いものは見る間にぬるぬると伸びてきて、下にだらりと垂れ下った。白い糸が滝のように床へと落ちていく。床まで伸び切ると、今度は鎌首をもちあげるように上へと伸び始め、やがてその先っちょが刀身へと変化していきはじめた。
ウェルキエルが耳に障るカサついた声で笑った。
「ふふふふ……。これだけの数の剣では、おまえが太刀をどれだけ出しても、やがて避けきれなくなるはずだ」
セイはみるみるうちに数を増やし、変化していくウェルキエルの新しい指を見ながら、うしろをふりむいてエヴァに向かって叫んだ。
「エヴァ……」
だが、声が擦れてでてこなかった。
当然の話だ。
いますぐにも泣き喚きそうになるのを必死でこらえようと、くちびるを噛みしめたまま叫ぼうとしてるのだ。声が届くはずがない。
「エヴァぁぁぁあ。いますぐ……、いますぐ、スポルスを連れてこの広間から逃げてくれ」
セイは渾身の力をこめて声を張った。だが、声帯がひらくと、たちまち嗚咽が漏れそうになる。
あいつの、あの悪魔の思うがままにされるわけにいかない。
「エヴァ。スポルスと一緒に、ネロを……、ネロを討ってくれ」
ただ喚き散らしたような声になったが、エヴァは大役を任されたとすぐに飲み込んでくれたようだった。すこし蒼ざめた表情で無言のままこくりと頷くと、機銃の銃床を自分の肩口にあて、スポルスの手をぎゅっと握った。
エヴァたちとウェルキエルを結ぶ直線上の真ん中付近に、セイは進み出た。鞘から刀を引き抜き正面で構えると、マリアもセイの横でこわばった表情をして大剣を構える。
「今だ。走れ」
エヴァが銃をウェルキエルのほうへむけ一気に引き鉄を引き絞った。すぐさま凄まじい銃声が広間に反響した。ウェルキエルは即座に空いているほうの左腕をもちあげた。左指の七本の指を硬化させ、からだの前で盾にしてそれを防御してきた。
奥の間にむかって走りながらも、エヴァは銃撃の手を緩めない。手を握られたスポルスも必死でそれについていく。
硝煙が空間を白濁しはじめた。
セイは銃撃の軸線上で剣を構えたまま、エヴァたちの盾になる位置に移動していっていた。ウェルキエルはみずから動こうとしなかった。ネロに近づけないようにするか、スポルスを殺そうとしてくると思っていただけに、セイには意外だった。
「セイさん。抜けました」
白煙のむこうからエヴァの声が聞こえてきた。奥の間につながるドアにたどり着いたことが、みなくてもわかった。セイはウェルキエルの動きをじっと見つめたまま言った。
「エヴァ。スポルスを頼む」
「了解しました」
セイはひときわ大きな声でエヴァに忠告をした。
「エヴァ、気をつけてくれ。ネロの部屋にはなにかがいるはずだ。絶対に」
ウェルキエルの口元がすこし緩んだように見えた。セイは確信していた。この悪魔はなんの手だても講じずに、ネロを放っておくような真似をするわけがない。
じぶんのこころをかき乱すためだけに、妹の冴の魂を時空を超えさせて、目の前に提示してみせたヤツなのだ。
エヴァはひとりでもやれるだろうか……。
ふいにセイは不安に襲われそうになったが、悔しいことに、気持ちを折られかかった自分には、そこまで按じている余裕はなかった。
ふと、すぐ脇にマリアが立っていることに気づいた。マリアはいままでに見たことないような不安げな表情で、自分を見つめていた。
セイははっとした。
自分はいま、そんなにも不安定な状況におちいっているのだろうか……。
それほどまでに頼りなげにみえているのだろうか……。
悪魔の奸計にはまって、心を揺さぶられてしまったことで、自分はマリアの、そしてエヴァの信頼までもうしなってしまいそうになっている。
そうはいかない——。
悪魔の思うままになんかには、絶対にならない——。
セイはマリアの背中にそっと手をあてて言った。
「マリア、君もエヴァと一緒に行ってくれないか」
だがマリアはその手を背中で押し返して、あからさまな抵抗をしめした。
「マリア、頼む」
セイがもう一度促すと、マリアは真剣な目つきで訴えかけてきた。
「セイ。今のおまえを置いてはいけねぇだろうがぁ」
「マリア。もう大丈夫だ。もう惑わされないし、もう躊躇しない……」
セイは刀を構えながら力強く宣言した。
「ぼくが、あいつを……、ウェルキエルを絶対に殺す!」
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