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ダイブ4 古代オリンピックの巻 〜 ソクラテス・プラトン 編 〜
第20話 脱水症状で死なないようにしてください
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「おい、プラトン、なにをやっている」
「飲みすぎましてね」
プラトンが手の甲をさすって、ゆっくり立ちあがりながら言った。
「飲み過ぎたって……、ソクラテスさんはどこに?」
「ソクラテス様は、アルキビアデス様のところにお世話になっております。おそらくどこかの豪華なテントにある寝所かと……」
「アルキビアデス?。あの男が来ているのですか?」
スピロが驚いた表情を浮かべた。セイはスピロのその驚きようが引っかかった。
「アルキビアデス?。それは誰なのかな?」
「アルキビアデスはアテナイの衆愚政治を代表する煽動的民衆指導者で、先の戦争、ペロポネソス戦争ではスパルタに寝返って、祖国アテナイを敗戦に導いた卑怯な男です」
「あぁ、たしかにその通りなんです。彼は類いまれなる美貌の持ち主で、金もあり、家柄もいい。だが、傲慢で横暴な男なのは確かです」
スピロの批判的な見解に、プラトンが全面的に賛同してきた。
「で、なんでソクラテスはそんなヤツの元に行っている?」
「そ、それは……」
マリアが至極自然な疑問を口にしたが、プラトンの返事は歯切れがわるかった。
「アルキビアデスがソクラテス様の愛人だからですよね」
「えっ?」
スピロのことばに、声をあげてしまうほど、つよく反応したのはエヴァだった。
「スピロさん、それはどういうことなのですか?」
「申し上げたままです。アルキビアデスは男も女も魅了するほどの美男子ですから、愛人は絶えなかったのですが、自分より才能がある人間には異常なほどの尊敬と情熱を捧げたといいいます。彼はソクラテスの優れた才能を愛し、師事すると同時に、身も心もささげたのですよ」
「困ったことに、あの男は、ソクラテス様が他者を見ただけで、嫉妬心を覚えるほど心酔しており、おかげで弟子であるわたしは追い出され、こんなところで酔いつぶれているというわけです」
「アルキビアデスってぇのは、ソクラテスを追いかけて、ここまで来たってぇわけですかい?」
ゾーイの問いに、プラトンは首を横にふって否定した。
「いいえ、『戦車競走』への参加です。どうせ、今回もまた優勝をかっさらうつもりなんでしょうね」
「なるほど……」
スピロはプラトンのぼやきを聞いて、合点したようだった
「何回か前のオリンピックでアルキビアデスは、28頭の馬と、7台の戦車を用意して、一位、二位、そして四位を独占したことがあるんです。ほかの競技とちがい『戦車競走』は御者ではなく、戦車の所有者が優勝して称賛を浴びるのです。アルキビアデスはその栄光をふたたび味わおうとしているのでしょう」
「えぇ。たぶんそんなところだと……」
スピロの意見に同意をしめしたところで、プラトンが嘔吐いた。かなり気分がわるそうで、こころなしか顔色も悪いようだった。
「プラトン、そこいらで吐くなよ。それでもなくこのオリュンピアは臭いんだからな」
「えぇ。わかっています。水を飲んで酔いを醒ますことにします」
「そうしてください。プラトンさん。水飲み場までご一緒しましょう」
エヴァがプラトンにやさしく声をかけた。だが、セイが見る限り、エヴァはプラトンを介抱するなり、肩を貸すなりするような素振りは一切みせなかった。
たぶん、ただでは、肩も貸さない、のだろう。
おざなりに声をかけたエヴァの代わりにセイがその役を買って出てもいいところなのだが、なにせ相手は『少年愛者』のプラトンなので、迂闊にしゃしゃりでることはできなかった。
「そうですね。これから暑くなりますから、水分をとっていないと命にかかわります。お酒を飲まれたのなら、利尿作用もありますから特にご注意を。わたくしたちもこのオリンピックで命を落としかけた人々を、すでに何度か見かけましたしね」
スピロが警鐘を口にしたが、マリアは半分小馬鹿にしたような口調で反論した。
「それはこの時代のヤツらが、脱水症状とか熱中症の知識が足りねぇからだよな」
「マリアさん、知識があってもですよ」
マリアの軽口をプラトンが諭した。
「その昔、高名な哲学者、ミレトス学派のタレスは、ここオリンピュアでオリンピック観戦中に脱水で亡くなったのです。彼は『万物のアルケーは水である』とか『世界は水からなり水に帰る』と、水の重要さを説いていた人物だったのですが、皮肉にも……」
「哲学者タレス?。もしかして『タレスの定理』の?」
その名前を耳にしてセイが思わず呟くと、すぐさまスピロが言った。
「えぇ、セイ様。その通りです。『タレスの定理』で知られる、あのタレスですよ。数学で習いましたでしょう?」
「マジかぁ。中学でどれほど、そいつに苦しめられたか……」
マリアが苦々しい顔を見せると、エヴァはあきれたように嘆息した。
「はぁ、まさか、それほどの賢者がオリンピック観戦中に亡くなっているなんて……」
「なんだろ。教科書で習った歴史の真実を知れば知るほど、がっかり感が半端ないんだけど」
セイが肩をすくめると、マリアがえらそうにプラトンにむかって言った。
「だとよ。プラトン!」
「飲みすぎましてね」
プラトンが手の甲をさすって、ゆっくり立ちあがりながら言った。
「飲み過ぎたって……、ソクラテスさんはどこに?」
「ソクラテス様は、アルキビアデス様のところにお世話になっております。おそらくどこかの豪華なテントにある寝所かと……」
「アルキビアデス?。あの男が来ているのですか?」
スピロが驚いた表情を浮かべた。セイはスピロのその驚きようが引っかかった。
「アルキビアデス?。それは誰なのかな?」
「アルキビアデスはアテナイの衆愚政治を代表する煽動的民衆指導者で、先の戦争、ペロポネソス戦争ではスパルタに寝返って、祖国アテナイを敗戦に導いた卑怯な男です」
「あぁ、たしかにその通りなんです。彼は類いまれなる美貌の持ち主で、金もあり、家柄もいい。だが、傲慢で横暴な男なのは確かです」
スピロの批判的な見解に、プラトンが全面的に賛同してきた。
「で、なんでソクラテスはそんなヤツの元に行っている?」
「そ、それは……」
マリアが至極自然な疑問を口にしたが、プラトンの返事は歯切れがわるかった。
「アルキビアデスがソクラテス様の愛人だからですよね」
「えっ?」
スピロのことばに、声をあげてしまうほど、つよく反応したのはエヴァだった。
「スピロさん、それはどういうことなのですか?」
「申し上げたままです。アルキビアデスは男も女も魅了するほどの美男子ですから、愛人は絶えなかったのですが、自分より才能がある人間には異常なほどの尊敬と情熱を捧げたといいいます。彼はソクラテスの優れた才能を愛し、師事すると同時に、身も心もささげたのですよ」
「困ったことに、あの男は、ソクラテス様が他者を見ただけで、嫉妬心を覚えるほど心酔しており、おかげで弟子であるわたしは追い出され、こんなところで酔いつぶれているというわけです」
「アルキビアデスってぇのは、ソクラテスを追いかけて、ここまで来たってぇわけですかい?」
ゾーイの問いに、プラトンは首を横にふって否定した。
「いいえ、『戦車競走』への参加です。どうせ、今回もまた優勝をかっさらうつもりなんでしょうね」
「なるほど……」
スピロはプラトンのぼやきを聞いて、合点したようだった
「何回か前のオリンピックでアルキビアデスは、28頭の馬と、7台の戦車を用意して、一位、二位、そして四位を独占したことがあるんです。ほかの競技とちがい『戦車競走』は御者ではなく、戦車の所有者が優勝して称賛を浴びるのです。アルキビアデスはその栄光をふたたび味わおうとしているのでしょう」
「えぇ。たぶんそんなところだと……」
スピロの意見に同意をしめしたところで、プラトンが嘔吐いた。かなり気分がわるそうで、こころなしか顔色も悪いようだった。
「プラトン、そこいらで吐くなよ。それでもなくこのオリュンピアは臭いんだからな」
「えぇ。わかっています。水を飲んで酔いを醒ますことにします」
「そうしてください。プラトンさん。水飲み場までご一緒しましょう」
エヴァがプラトンにやさしく声をかけた。だが、セイが見る限り、エヴァはプラトンを介抱するなり、肩を貸すなりするような素振りは一切みせなかった。
たぶん、ただでは、肩も貸さない、のだろう。
おざなりに声をかけたエヴァの代わりにセイがその役を買って出てもいいところなのだが、なにせ相手は『少年愛者』のプラトンなので、迂闊にしゃしゃりでることはできなかった。
「そうですね。これから暑くなりますから、水分をとっていないと命にかかわります。お酒を飲まれたのなら、利尿作用もありますから特にご注意を。わたくしたちもこのオリンピックで命を落としかけた人々を、すでに何度か見かけましたしね」
スピロが警鐘を口にしたが、マリアは半分小馬鹿にしたような口調で反論した。
「それはこの時代のヤツらが、脱水症状とか熱中症の知識が足りねぇからだよな」
「マリアさん、知識があってもですよ」
マリアの軽口をプラトンが諭した。
「その昔、高名な哲学者、ミレトス学派のタレスは、ここオリンピュアでオリンピック観戦中に脱水で亡くなったのです。彼は『万物のアルケーは水である』とか『世界は水からなり水に帰る』と、水の重要さを説いていた人物だったのですが、皮肉にも……」
「哲学者タレス?。もしかして『タレスの定理』の?」
その名前を耳にしてセイが思わず呟くと、すぐさまスピロが言った。
「えぇ、セイ様。その通りです。『タレスの定理』で知られる、あのタレスですよ。数学で習いましたでしょう?」
「マジかぁ。中学でどれほど、そいつに苦しめられたか……」
マリアが苦々しい顔を見せると、エヴァはあきれたように嘆息した。
「はぁ、まさか、それほどの賢者がオリンピック観戦中に亡くなっているなんて……」
「なんだろ。教科書で習った歴史の真実を知れば知るほど、がっかり感が半端ないんだけど」
セイが肩をすくめると、マリアがえらそうにプラトンにむかって言った。
「だとよ。プラトン!」
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