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ダイブ4 古代オリンピックの巻 〜 ソクラテス・プラトン 編 〜

第91話 セイ、おまえ、貞操の危機だぞ

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 興奮した観客たちに囲まれて、セイは困惑していた。
 人々はオリンピックの勝者の恩生を少しでもあけてもらおうと、セイの元に一斉におはせてきたが、何んかの手にはタイニアが握られていて、タルディスの時、同様、勝者の証しを結びつけようとしているようだった。
 だが、人々の目がちがった。
 まるでなにかに見いられているように、熱に浮かされたような視線を感じずにはいられない。それもひとつやふたつではないい。全方向からおびただしい数の、そして熱量の視線が自分一人に注がれている。
 どこかで見たことがある——。
 みな、悪魔に乗っ取られたのか——。

 セイはファイティングポーズをとって身構えた。
 その時すこしむこうのほうから声があがった。

「セイ、オレたちはタルディスの様子を見にいくから先に行ってるぞ」
 マリアだった。プラトンに担がれて、頭一つ抜けでているマリアがスタディオンから去ろうとしているのが見えた。セイはあわてて、マリアに声をかけようとしたが、それよりも先にマリアが顔だけをこちらにむけて言った。

「セイ、おまえ、貞操の危機だぞ。気をつけろ」


 その顔は意地悪げにゆがみ、声色は危険を伝える内容とは、裏腹に陽気に弾んで聞こえた。
 セイはゾクリと背すじに震えが走るのを感じた。そしてふいに思い出した。観衆たちから向けられる視線を、どこかで見たのか……。
 あの目は、今、セイに注がれている熱い眼差まなざしは、ギムナシオンで練習に明け暮れていた少年選手たちにむけられていたものと同じだ——。
 
 ギリシアではバイデラステイア少年寵愛が盛んで、成人男性が若い青年を恋人にすることは常識——。
 セイはスピ口とプラトンが語っていたことを思い出した。そのとたん、身の危険を感じた。自分がこれだけ多くの男たちの性の対象になっていることに身の毛がよだつ。

「これはエキジビションだ。ぼくは優勝者じゃない。ぼくに触っても神からの祝福など一欠片ひとかけらも受けられやしない!」
 セイは大声で宣言した。そこに言及すれば我に返る者が少なからずいるはずだと言う思いがあった。だが返ってきた答えはちがった。
「おまえはチャンピオンのエウクレスを倒したんだから優勝でいいのさ」
「優勝した者には『キュドス』が宿っているんだよ」
「ぼくはそもそもエントリーしてない。これは無効試合だ。優勝はそこにいるエウクレスのものだ」
 セイはエウクレスの方を指さした。だがエウクレスはまだ地面に転がったままだった。
「まだお寝んね中だぜ」
 誰かがからかうと、どっと笑いが広がった。

「近づかないでくれ。ぼくはタルディスさんのところに行かなくちゃあいけない」
「その前にみんなの祝福を受けてくれよ。ニッポンのセイ」
「オレは祝福なんていらない。ぜひ一晩一緒に寝て欲しいな」
「テオゲニスの詩にもある『幸せな恋人たちはギムナシオンで汗を流したあと、家に帰って若く美しい男性と一日ぐっすり眠る』だよ」

 その時、とても重々しくもよく通る声が背後から人々をいさめた。

「オリュンピアの人々よ。品のない真似はやめたまえ」
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