練習なのに、とろけてしまいました

あさぎ

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4.夢じゃない、これは現実だ

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「ねぇ……スミレって主任と苗字違うよね?」

 プライベートな事なので遠慮がちに聞いてみると、スミレはあっけらかんと答えてくれる。

「あー、それは小さいころに両親が離婚して、私はお母さん、お兄ちゃんはお父さんについていったからだよ」

 なるほど、そういうことだったのか。

「お兄ちゃんがいること、瞳子に話したことなかったから混乱させちゃったよね。ごめんごめん。お兄ちゃんとは両親が離婚してからもずっと仲良くしてるの。たまたまこの漫画動画の話したら、かわいい妹のためにぜひ協力させほしいって言ってくれたんだよ~。お兄ちゃんにお願いすればタダだしね♪ ほーんといいお兄ちゃんで助かっちゃう♡」

 嬉しそうに話すスミレとは反対に、主任の顔は曇っていた。

「なにがかわいい妹のためだ。『予算ないから助けて』『兄ならただで協力するのが当たり前だろ』『協力しないなら、お兄ちゃんの恥ずかしい○○や××を漫画にして動画で流してやる』って脅してきたのはどこのどいつだ?」

 主任の反論に、スミレは知らん顔。

(あはは……スミレなら言いそう)
 
 仲が良いんだか悪いんだか、ちょっとわからない兄妹である。
 
(でも、本当に嫌だったら主任も引き受けないだろうし、なんだかんだで妹思いのいいお兄ちゃんなんだろうな)

「スミレ、説明が終わったならそろそろはじめるぞ」
「うん、そうだね」
「えっ、ちょっと待ってください。わたしまだ台本見てないです」
「お前なぁ……」
「まあまあ。瞳子は初めてなんだし、今日の収録は瞳子のペースで進めていこうよ。ね、お兄ちゃん」
「……はぁ、わかったよ」

 スミレの意見に、主任も渋々同意してくれた。
 わたしは急いで台本に目を通す。
 のだが……
 
(……あれ、これって)

「慌てなくていいよ瞳子。ゆっくり読んで」
「う……うん、ありがとう」

 その心遣いはとても有り難い。
 有り難いけれど……
 
(いや……これはよくない)

 よくないとは、ペースのことを言ってるんじゃない。
 台本のことだ。
 特に後半部分。
 わたしはそこを、何度も何度も読み返してしまう。

(これは、もしかして……)

「あのさ、スミレ……ちょっと聞いてもいい?」

 わたしは壊れかけのロボットのような、ぎこちない動きで顔を上げ問いかけた。

「うん、なんでも聞いて」

 小野田主任も、クールな眼差しでわたしを見てくる。

(ちょっと、そのクールさは何? なんでこれを見てそんな平然としていられるのっ?)

 あなたはプロの声優ですか!? というくらい落ち着いている。
 焦ってるわたしが滑稽に思えるくらいだ。
 渡された台本に漫画は載っていない。
 文字だけのものである。
 もしかしたら、わたしの思い過ごしかもしれない。
 だから、ちゃんと創作者に確認したい。
 勘違いだったら大恥かいちゃうことだから。

「今回の漫画っていつもの王道ラブストーリー……とは違うよね?」

 スミレはにこっと笑った。

「うん。実は今回からえっちなTLに挑戦することにしたの♪」

 新規のジャンル開拓に、とても気合いが入ってるようだ。
 やる気がみなぎってて、笑顔がすごくまぶしい。

(やっぱりそうなのねーー!!)

 カーテンを閉めて、雰囲気づくりしていた理由がこれでわかった。
 台本にちらばっている『あぁん♡』とか『やぁん♡♡』という文字は、間違いなく喘ぎ声を表しているものだった。
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