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幼馴染と小吉
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「眠留、遊びにきたよ」
こちらに顔を向けず独り言のようにそう告げ、昴は食器棚から自分の湯飲み茶碗を取り出した。そしてテーブルの真向かいに座わると、急須を手に取り自分でお茶を入れ、それをゴクゴク飲み始める。気配は感じていたものの、チャイムも鳴らさずお邪魔しますの一声もなく開けっぱなしの玄関を素通りし、昴は台所に現れたのだ。
もちろん万事そつのない彼女のことなので、社務所の祖父母に挨拶はきちんと済ませてきたのだろう。いやそれどころか、昴が遊びに来たのは入学式以来だから、僕の湖校生活を二人に山ほど聞かせ一仕事終えてからここにやって来たに違いない。僕以上に僕を知る昴の口から、あれもこれもどれもそれも何から何まで語られたんだろうなと思うと文句の一つも言いたくなるが、僕の家に常備してある昴の湯飲み茶碗で美味しそうにお茶を飲む昴に、今更なにを言っても手遅れなのだろう。お茶を一気に飲み干し、
「のど渇いた~」
とほざく幼馴染の湯飲みに、僕は無言でお代わりを注ぐのだった。
「にゃ~」
「小吉~、久しぶり~」
小吉がテテテと小走りにやって来て、スカートからのぞく昴の素足にじゃれつく。それを邪魔しないよう、昴は小吉を優しく撫でる。自分の体を昴の脚にこすり付けるという小吉からの挨拶が終わると、次は昴の番だ。小吉が体のどの部分をどのように擦りつけていたかをしっかり見ていた昴は、それを忠実に再現しつつ、人の指だからこそできるアレンジを加えて小吉を撫でた。ここは天国に違いない、という表情で小吉は心地よさげに体を横たえた。昴は椅子から降り床に座り、そんな小吉へ慈母のような眼差しを向けていた。僕は胸の中で呟く。
――こいつはホント、まつ毛が長いよなあ。
幸せいっぱいに寝そべる小吉を、目を伏せ睫毛の長さを際だたせた美少女が、幸せそうにあやしている。僕も床に座り、二人から幸せを分けてもらった。
さかのぼること、八年前。
幼稚園に入園してまだ間もない、ある日のお昼休み。
昴は輝きの増した顔をこちらに向け、大きな目を更に大きく広げた。
「猫がいるの?」
「うん、いるよ。だいきち、ちゅうきち、しょうきちの、さんびきがいるんだ」
僕は耳で覚えている音をそのまま口にした。言及するまでもなく、すべて平仮名である。
「凄い、大吉中吉小吉の、三匹もいるのね。それに、素敵な名前の猫さん達だわ。私の家はペット禁止なの。私は、猫が大好きなのに」
昴は輝く顔を一転させ、悲しそうに俯いた。大好きな猫と暮らせないのは確かに残念だが、耳で聞いた音を記憶しているだけの僕と違い、言葉の意味を理解し漢字に変換できる昴は、残念がる必要などまったくない。彼女との決定的な知力の差に気づかずニコニコ笑っている僕の方こそが、悲しがるべき存在なのである。けど僕はそのとき、ただ純粋に嬉しかった。大好きでお世話になりっぱなしの女の子に何かお返しがしたいと、子供なりに常々思っていたからだ。僕は喜びに心を弾ませ昴を招待した。
「じゃあ家においでよ」
「いいの!」
「昴ちゃんと家でも遊べたらいいなって、ぼくずっと思ってたんだ。ぼくの家は神社で広いから、たくさん遊べるよ」
「ありがとう!」
そう言って、昴は僕に抱きついてきた。しっかり者で落ち着いている優しい年上のお姉さんと思っていた女の子が、このとき始めて可愛いと思えたのを、僕は今でもはっきり覚えている。
昴はその日のうちに神社へやってきた。僕らを迎えに来た双方の母親に事情を話すと、僕の母親が昴の母親を快く誘ってくれたのだ。それを機に、二人はママ友という枠を超えた友達になり、僕は今でも昴の両親から非常に良くしてもらっている。おじさんとおばさんに、いつか恩返しをする。これは僕の人生をかけた、目標の一つだ。
僕と手をつないで神社に現れた昴を、祖父母は大歓迎してくれた。特に祖母は昴を可愛がった。禰宜であり上級翔人でもある祖母は、昴に自分と通じるものがあることを一目で見抜いたそうだ。昴も祖母から、将来自分が目指すであろう何かをひしひしと感じたと言う。祖父によると祖母は口癖のように、眠留は良いお嫁さんを見つけたと言っていたらしい。だから北斗が現れた時の、祖母の落胆ぶりは凄かった。祖母も北斗を知るにつれ、こりゃ仕方ないと納得したそうだけどね。
祖母以外にも、北斗の出現に気落ちした者がいた。それは、小吉だった。幼稚園から帰ってくる僕をいつも石段の下で待ち、僕が躓かず石段を登れるよう後ろから見ていてくれる小吉は、神社に初めてやって来た昴を、大吉や中吉と共に境内で出迎えた。社務所の前で横一列に並ぶ三匹の猫に昴は驚喜するも、幼稚園児にして既に万事そつのない彼女は、躾のなっていない子供を猫が嫌うのを知っていたのだろう。三匹の前にきちんと座り、白に茶ぶちの大吉さん、艶やかな黒毛の中吉さん、三毛の優しい小吉さん、初めまして昴ですと、しっかり挨拶したのだ。大人達から手放しの賞賛を受ける昴が、僕は誇らしくて嬉しくてたまらなかった。そんな僕以上に猫達も喜んでくれて、中でも小吉の喜びようはひとしおだった。昴が遊びに来ると真っ先に出迎え、いつも一緒に遊んでくれていた。いや、小吉は心から昴が好きだったのだ。小学三年生の夏、テレパシーではなく人の言葉で話せるようになった小吉は、僕に一度だけ言った。
「昴ちゃんと、話がしたかった」
涙を流す小吉を見たのも、その一度きりだった。
それから三年経った、今日。
椅子に座る昴の膝の上で、小吉は丸くなって眠っている。昴も満ち足りた表情で、眠る小吉を見つめている。
そんな二人を背中に感じながら、僕は昴の大好きな栗羊羹を、普段より多めに切り分けたのだった。
こちらに顔を向けず独り言のようにそう告げ、昴は食器棚から自分の湯飲み茶碗を取り出した。そしてテーブルの真向かいに座わると、急須を手に取り自分でお茶を入れ、それをゴクゴク飲み始める。気配は感じていたものの、チャイムも鳴らさずお邪魔しますの一声もなく開けっぱなしの玄関を素通りし、昴は台所に現れたのだ。
もちろん万事そつのない彼女のことなので、社務所の祖父母に挨拶はきちんと済ませてきたのだろう。いやそれどころか、昴が遊びに来たのは入学式以来だから、僕の湖校生活を二人に山ほど聞かせ一仕事終えてからここにやって来たに違いない。僕以上に僕を知る昴の口から、あれもこれもどれもそれも何から何まで語られたんだろうなと思うと文句の一つも言いたくなるが、僕の家に常備してある昴の湯飲み茶碗で美味しそうにお茶を飲む昴に、今更なにを言っても手遅れなのだろう。お茶を一気に飲み干し、
「のど渇いた~」
とほざく幼馴染の湯飲みに、僕は無言でお代わりを注ぐのだった。
「にゃ~」
「小吉~、久しぶり~」
小吉がテテテと小走りにやって来て、スカートからのぞく昴の素足にじゃれつく。それを邪魔しないよう、昴は小吉を優しく撫でる。自分の体を昴の脚にこすり付けるという小吉からの挨拶が終わると、次は昴の番だ。小吉が体のどの部分をどのように擦りつけていたかをしっかり見ていた昴は、それを忠実に再現しつつ、人の指だからこそできるアレンジを加えて小吉を撫でた。ここは天国に違いない、という表情で小吉は心地よさげに体を横たえた。昴は椅子から降り床に座り、そんな小吉へ慈母のような眼差しを向けていた。僕は胸の中で呟く。
――こいつはホント、まつ毛が長いよなあ。
幸せいっぱいに寝そべる小吉を、目を伏せ睫毛の長さを際だたせた美少女が、幸せそうにあやしている。僕も床に座り、二人から幸せを分けてもらった。
さかのぼること、八年前。
幼稚園に入園してまだ間もない、ある日のお昼休み。
昴は輝きの増した顔をこちらに向け、大きな目を更に大きく広げた。
「猫がいるの?」
「うん、いるよ。だいきち、ちゅうきち、しょうきちの、さんびきがいるんだ」
僕は耳で覚えている音をそのまま口にした。言及するまでもなく、すべて平仮名である。
「凄い、大吉中吉小吉の、三匹もいるのね。それに、素敵な名前の猫さん達だわ。私の家はペット禁止なの。私は、猫が大好きなのに」
昴は輝く顔を一転させ、悲しそうに俯いた。大好きな猫と暮らせないのは確かに残念だが、耳で聞いた音を記憶しているだけの僕と違い、言葉の意味を理解し漢字に変換できる昴は、残念がる必要などまったくない。彼女との決定的な知力の差に気づかずニコニコ笑っている僕の方こそが、悲しがるべき存在なのである。けど僕はそのとき、ただ純粋に嬉しかった。大好きでお世話になりっぱなしの女の子に何かお返しがしたいと、子供なりに常々思っていたからだ。僕は喜びに心を弾ませ昴を招待した。
「じゃあ家においでよ」
「いいの!」
「昴ちゃんと家でも遊べたらいいなって、ぼくずっと思ってたんだ。ぼくの家は神社で広いから、たくさん遊べるよ」
「ありがとう!」
そう言って、昴は僕に抱きついてきた。しっかり者で落ち着いている優しい年上のお姉さんと思っていた女の子が、このとき始めて可愛いと思えたのを、僕は今でもはっきり覚えている。
昴はその日のうちに神社へやってきた。僕らを迎えに来た双方の母親に事情を話すと、僕の母親が昴の母親を快く誘ってくれたのだ。それを機に、二人はママ友という枠を超えた友達になり、僕は今でも昴の両親から非常に良くしてもらっている。おじさんとおばさんに、いつか恩返しをする。これは僕の人生をかけた、目標の一つだ。
僕と手をつないで神社に現れた昴を、祖父母は大歓迎してくれた。特に祖母は昴を可愛がった。禰宜であり上級翔人でもある祖母は、昴に自分と通じるものがあることを一目で見抜いたそうだ。昴も祖母から、将来自分が目指すであろう何かをひしひしと感じたと言う。祖父によると祖母は口癖のように、眠留は良いお嫁さんを見つけたと言っていたらしい。だから北斗が現れた時の、祖母の落胆ぶりは凄かった。祖母も北斗を知るにつれ、こりゃ仕方ないと納得したそうだけどね。
祖母以外にも、北斗の出現に気落ちした者がいた。それは、小吉だった。幼稚園から帰ってくる僕をいつも石段の下で待ち、僕が躓かず石段を登れるよう後ろから見ていてくれる小吉は、神社に初めてやって来た昴を、大吉や中吉と共に境内で出迎えた。社務所の前で横一列に並ぶ三匹の猫に昴は驚喜するも、幼稚園児にして既に万事そつのない彼女は、躾のなっていない子供を猫が嫌うのを知っていたのだろう。三匹の前にきちんと座り、白に茶ぶちの大吉さん、艶やかな黒毛の中吉さん、三毛の優しい小吉さん、初めまして昴ですと、しっかり挨拶したのだ。大人達から手放しの賞賛を受ける昴が、僕は誇らしくて嬉しくてたまらなかった。そんな僕以上に猫達も喜んでくれて、中でも小吉の喜びようはひとしおだった。昴が遊びに来ると真っ先に出迎え、いつも一緒に遊んでくれていた。いや、小吉は心から昴が好きだったのだ。小学三年生の夏、テレパシーではなく人の言葉で話せるようになった小吉は、僕に一度だけ言った。
「昴ちゃんと、話がしたかった」
涙を流す小吉を見たのも、その一度きりだった。
それから三年経った、今日。
椅子に座る昴の膝の上で、小吉は丸くなって眠っている。昴も満ち足りた表情で、眠る小吉を見つめている。
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