僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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「本日最後の魔想は煤霞悲想、直径95センチ、攻撃速度秒速10メートルの最終形態。動体視力二倍、三尺化、及び螺旋らせん虚実きょじつの必要あり。注意されたし!」
「煤霞悲想の最終形態、要二倍、三尺、螺旋虚実、諾!」 
 前方に、煤霞悲想の最終形態を捕捉。
 捕捉と同時に目の生命力を二倍に増やし、動体視力を二倍に強化。
 そして猫丸に余剰生命力を流し入れ、猫丸を刃渡り三尺の太刀に変化させた。
 これが、二倍と三尺の意味。直径95センチに巨大化した煤霞悲想の最終形態と戦うためには、二倍の動体視力と、刃渡り三尺の猫丸が必須なのだ。
 三尺化するなり悲想は僕に気づき、移動を止め停止する。最終形態まで成長すると煤霞も攻撃型魔想になるが、移動しながらの攻撃は未だ不可能。攻撃のためには、停止しなければならないのである。停止を確認した僕は、煤霞と僕を結ぶ半径210センチの円柱を想定。その円柱の内壁を、僕は準全速で一直線に駆ける。
 移動停止に続き煤霞は蠕動運動も停止し、動きの全く無い静止状態へ移行。その直後、煤霞から針の如き触手が打ち出された。静止は針攻撃の兆しゆえ、静止確認とともにタイミングを計り、僕は直線走行から斜め左への走行に切り替える。これが、螺旋だ。円柱内壁を時計回りに駆け抜けながら針を躱し、僕は螺旋軌道で煤霞へ接近してゆく。 
 攻撃を回避された煤霞が、再び蠕動を始める。僕に注視し、螺旋軌道を見切ろうとしているのだ。だからあえて僕は、淀みのない綺麗な螺旋を描き煤霞に接近する。さあ煤霞よ、この一本調子な螺旋を見切り、軌道を正確に予測するんだ!
 僕は煤霞に急接近。
 軌道を予測し終えた煤霞が静止して針を打ち出す。
 と同時に僕は左回りから右回りへ逆回転。
 直前の逆回転にパニック状態の煤霞とすれ違いざま、斜め下から刃渡り三尺の猫丸を突き入れた。
 パリンッ
 二倍に強化した動体視力は螺旋を描きつつも、中心核の刺突に見事成功。最終段階の煤霞は静かに拡散し、そして消えていった。
 淀みのない一本調子の螺旋をあえて見せ、軌道を正確に予測させる。これが、虚。その虚に釣られ魔想が攻撃をしかけた瞬間、逆回転して攻撃を回避しとどめを刺す。これが、実。二つ合わせて、虚実だ。巨大化することで知恵を付けた攻撃型魔想との戦闘には、虚実という駆け引きが必要なのである。第二段階の闇油には更に複雑な虚実が要求されるのだけど、それはその時が来たらということで。なぜって今日の討伐は正直言って、
「本日の討伐はこれにて終了」
「終了、諾」
「・・・にゃにゃ~」
「・・・はひゃ~~」
 僕と末吉にとって、少々しんどかったからね。

「今日は疲れた~」
「にゃ~」
「しかも一番の強敵を最後に持ってくるなんて、大吉もやってくれるよな~」
「にゃ~」
「でも煤霞の最終形態との戦闘は、これまでは必ず所沢の近所でやってたような気がするんだけど、違ったっけ?」
「にゃ~」
「地元からこんなに離れた群馬県桐生市で戦闘を終えるってのも、初めてのことだよな」
「にゃ・・」
「つまりこれって、やっぱ僕らが認められてきたってことなんだろうな」
「に・・・」
「なあなあ、末吉はどう思う」
「・・・・」
「あれ? おい末吉、お前の体、いつもよりメチャクチャ小さくないか?」
 僕は目をしばたき末吉に顔を近づけ、そして気づいた。末吉は、単に体を小さくしたのではなかった。末吉は時間を巻き戻し、子猫に戻っていたのだ。今僕の目の前にいるのは、生後三ヶ月で家にやって来たころより更に一回り小さい、片手に乗るほど小さくなった手乗り末吉だったのである。僕は心の中で唸り声を上げた。
 ――な、なんだこの、破壊的に可愛らしい子猫ちゃんは! 
 子猫ちゃんになった末吉が、いかにも眠そうな欠伸を一つして僕の頭に飛び乗る。そしてその直後末吉は丸くなり、眠りの世界へ去って行った。いつもは僕の頭に覆い被さって寝るのだけど、きっと今日は本能の赴くまま、丸くなって眠りたかったのだろう。
 ――それだけ疲れたって事なんだろうな。今日もありがとう。お休み、末吉。
 普段感じる末吉のお腹の毛とは明らかに異なる子猫のうぶ毛の感触に、僕はメロメロになってしまった。眠る末吉を起こさぬよう翔るのを止め、水平移動で遙か彼方の神社を目指す。
 そして昨日の記憶を、少しずつ呼び覚ましていった。

 大泣きを終え落ち着きを取り戻した僕は自室へ戻り、昴から貰ったヒントを活かすべく、HAIに協力をお願いした。
「HAI、北斗と昴がやって来た今年二月一日の台所の映像を見たいんだ。プライバシーに触れない範囲で、見せてくれないか」
 僕と昴のやり取りを全て見ていたHAIは、しかし野暮なことは何も言わず、黙って僕に協力してくれた。
「かしこまりました。当日、台所を訪れた六人の交友関係と会話内容から、プライバシー法に抵触する箇所は見あたりません。ご友人二人が連れ立って来訪された場面から、再生します」
 住居と居住者のセキュリティを一手に管理するHAIの人工知能には、高度な法律知識と強固な権限が与えられている。例えばHAIは、この家の住人である僕が、北斗と昴の来訪映像を見る場合に許可できる範囲を、法的権限を持って判断することができる。二人ととても仲が良く、最初から会話に加わっていた美鈴なら僕と同じ映像を見られるだろうが、途中から参加した祖父母には、おそらく若干の規制が入るはず。親といえども昴のご両親へは更に規制が入り、クラスメイトにはもっと規制が入り、然るべき法的根拠を持たない無関係の他人は、それを全く見ることができない。HAIは交友関係と会話内容を見極め、法律に則りそれを判断することができるのだ。僕はHAIが映し出す3D映像を注視した。
 一通り見終わり、気になった箇所を五カ所ほど再生した。見終わって、更に絞り込んで再生する。それを繰り返し、ほぼ間違いないと思われる箇所を特定することができた。それは、こんな場面だった。
「みんないいなあ、私も来年、湖校に行きたいなあ」
「心配しなくても大丈夫よ。美鈴ちゃんなら、絶対入学できるわ」
「ああ、俺もそう思う。いや、この俺がそれを保証してやろう。ふははははは!」
「美鈴、研究学校の都市伝説の一つに、『研究学校生には研究学校の入学基準がわかる』というのがある。来年美鈴は湖校生になるって、兄ちゃんは確信しているんだ」
 湖校に入学しその校風を肌で感じ、級友達と交友を重ねた今の僕は、あれは都市伝説ではなく紛れもない事実だと断言することができた。研究学校生には、研究学校の入学基準が解るのである。それは、教師を必要としない事だった。
 教師がいないと勉強しない。
 教師がいないと掃除をさぼる。
 教師がいないと規則を守れない。
 品行方正成績優秀な生徒会長だろうと、教師に褒めてもらわないと、自立的かつ自律的な学校生活を送れない。
 このような子供達に研究学校の入学案内が届くことは、無い。これは湖校で過ごしている生徒なら、誰でも実感できる事だろう。それを基に考察すると妹の美鈴には、入学案内が100%届く。僕は、そう確信しているのだ。
 案内が届くと、全国60の研究学校の中から入学希望校を三校決め、その理由を添え一週間以内に文部科学省へ提出する。よって50400人の新入生全員が第一希望の学校へ入学できる訳ではないのだけど、統計によると並外れて優秀な子供は希望がほぼ叶うので、湖校を第一希望にすれば美鈴が湖校生になれない確率はゼロに近いはず。つまり来年、美鈴は極めて高確率で、僕ら三人の後輩になるのだ。
 ここまでは、比較的短時間で解明することができた。しかしそれと、固定選択授業との関係が、僕にはどうしてもわからなかった。今の時刻はおよそ、午前四時四十分。申請終了は午後一時三十分だから、タイムリミットまで約八時間五十分といったところだろう。
「自信無いなあ、でも頑張って正解を見つけなきゃなあ」 
 なんて肩を落としつつ、朧気に見え始めた二つの人造湖へ向け、僕は針路を微調整した。
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