僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二章

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「お兄ちゃん、おはよう。朝ご飯の準備、今日も手伝ってくれるの?」
 台所に立つ美鈴が、嬉しいような、ちょっぴり恥ずかしがっているような顔を僕に向けた。僕は兄だから良いが、普通の男の子が美鈴にこんな表情をされたら、それこそ一瞬で恋に落ちてしまうだろう。雪のように白い肌と輝く黒髪は互いの美を高め合い、クールビューティーの見本のような切れ長の目には優しさが常に灯され、瑞々しい桜色の唇はすっきり高い鼻梁の下でいつもほのかな笑みを浮かべている。白と黒、怜悧さと優しさ、真っ直ぐな直線と柔らかな曲線、それら対照的な二つの要素が、奇跡の調和によって互いの美しさを引き立て合い高め合う。美鈴は、そんな少女なのだ。兄としては誇らしさ以上に、この美しすぎる妹へなにかと心配の念を抱いてしまうのだけど、それをいつもどおり隠して答えた。
「おはよう美鈴。まだ何もできないけど、料理を手伝わせてくれないかな」
「ありがとうお兄ちゃん。では、お皿を用意して頂けますか」
 エプロン姿の良く似合う美鈴はそう言って、ほんわり笑う。優しく温かなその笑顔と仕草に、僕は最近、亡くなった母を思い出すことが多くなった。美鈴がこんな立派な女の子に育って、母さんはさぞ喜んでいるだろうな・・・
 という想いを悟られぬよう、僕は努めて気軽に「おっけ~」と答えた。
 食器棚からご飯茶碗と湯飲みと、お箸と箸置きを人数分取り出しテーブルに揃える。四匹の猫達のお皿も、床の上の定位置にそれぞれ並べる。美鈴が料理を作るときの音が大好きな僕は、不快な音をなるべく立てず食器を扱った。そんな僕へ、美鈴は振り返りにっこり笑う。その笑顔に僕は先週土曜の、朝ご飯の準備を初めて手伝った時のことを思い出していた。

 七日前の、朝七時過ぎ。     
「お兄ちゃんは食器をとても静かに扱うのね。やっぱり、お兄ちゃんだなあ」
 料理の手を休め、美鈴はそう言ってしきりと感心した。何が楽しくてそんなにニコニコ笑っているのか僕にはさっぱり判らなかったが、ニコニコ笑う妹というのは、どうやら兄を幸せな気分にするらしい。「そうか~」と無難に答えつつ、ゆるみっぱなしの頬を僕は喜んで放置した。ニコニコしながら調理を再開した美鈴はその話の続きを、朝食を食べながら聞かせてくれた。
「神道は、すべてのものに神が宿るとしているよね。あの教え、わたし大好きなんだ」
 美鈴は箸を下ろし目を閉じて、手を合わせた。その神々しさに僕も思わず同じ仕草をしたら、祖父母も同じように手を合わせていた。無言の食事を礼儀としている社家もあるそうだが、楽しく食卓を囲んだ方が神様も喜ぶという方針を祖父母が採っているため、ウチの食事はいつも賑やかなのだ。
「昴お姉ちゃんは、食器や調理器具をとても丁寧に扱う。最初は私もただ真似していただけだったけど、あるときふと感じたの。丁寧に大切に扱っていると、食器たちが喜んでる気がするなって。驚いてお姉ちゃんにそう話したら、顔をぱっと輝かせてお姉ちゃんは教えてくれた。『心を込めて接してもらうと私達も嬉しいように、食器や調理器具も心を込めて接してもらうと、きっと嬉しいのだと私は思う。包丁やフライパンやお鍋は特にそうなのか、時々教えてくれるの。この食材はこうやって切ると良いよ、一番美味しい火加減は今だよってね』 私はお姉ちゃんほど料理の才能に恵まれていないから包丁やお鍋の声を聞いたことはまだないけど、昴お姉ちゃんの料理を食べれば私にもわかる。ああ、あれは本当なのねって。だからいつかその声を聞けるよう、わたし頑張ってるんだ」
 昴の感性に驚き、美鈴の素直さに感心し、そして僕は心の中で昴に手を合わせた。姉妹のように仲の良い二人の間には、血を分けた兄といえども踏み込めない領域が沢山あるのだろう。僕はそれが、無性に嬉しかったのだ。
 祖父母も、きっと同じ気持ちだったのだと思う。二人は大層感心し、美鈴がこうもお世話になっているのだから昴ちゃんに今度お礼をしないとと、嬉しそうに話し始めた。美鈴もそれに喜んで加わり、同じ年頃の娘としてプレゼント話に花を咲かせ、台所は華やいだ雰囲気になった。家族の団らんを眺めながら、今日は土曜で学校が休みなことを、僕は心から感謝したのだった。

 あの日から一週間経った、今朝。
「美鈴、ほうれん草はお浸し、茗荷みょうがは豆腐の薬味、サニーレタスとプチトマトはサラダでいいかな」
 丁寧に洗われザルで水を切っている食材から今朝の献立を推測し、僕は己が役目を果たすべく尋ねた。定番おかずであっても、お皿を用意する役目を仰せつかった身としては、おろそかにはできないのである。
「うんその通り。野菜の見立てはさすがだね、お兄ちゃん」
「いやいや、僕の目利きはこんなものじゃないぞ。今度ショッピングモールで美味しい苺を選んできてやるから、思い知るといい」
 苺が大好きな美鈴は「ありがとう」と百点満点の笑みを浮かべた。闇油戦で心配させたお詫びと、料理を教えてもらっているお礼として浮かんだ言葉だったが、美鈴がこんなに喜ぶなら、明日さっそく苺を買いに行ってみよう。無人電気トラックによる食材の宅配が普及したこの時代、郊外の大規模ショッピングモールまで足を運ばないと、大量の生鮮食料品を目にする機会は無くなった。しかしだからこそ、その中からたった一つを選ぶという行為を、僕は面白く感じる。妹に喜んでもらえるなら尚更だ。僕はウキウキしながら自分の仕事を続けた。
 お皿をすべて用意し終えたので、調味料に移る。鮮度を重視した豆腐用の醤油とサラダ用の各種ドレッシング、そして薄く味付けされたお浸しに合わせるポン酢等を、テーブルに手際良く並べてゆく。
「お兄ちゃん、そろそろ鮭を焼くよ。見る?」
「見る見る、美鈴の焼き魚の火加減は絶妙だって、昴も言ってたしな」
「絶妙には程遠いけど、ありがとうお兄ちゃん」
 闇油との戦闘で二日間気を失って以来、美鈴は僕を何かと、お兄ちゃんお兄ちゃんと呼んでくれる。
 ――妹を持つ兄って、いいものだなあ。
 僕はそう、しみじみ思ったのだった。

 朝食を終え、家と神社の掃除と洗濯を済ませ、小テストの予習を再開する。勉強が苦手なくせに授業中なるべく寝ていたい僕は、自宅での勉強を意外としている。というか、土日や長期休暇の自宅勉強のお陰で、中の下から下の上の成績をやっと維持しているのが現状だ。なら授業中真面目に勉強しろよと突っ込まれそうだが、眠いんだからしょうがない。授業で心置きなく眠られるようHAIに手伝ってもらいながら、僕は今日もちょっとだけ真剣にテストの予習をした。
 湖校を初めとする国立研究学校に、中間試験や期末試験は存在しない。年度中に計五回の必須テストはあっても受ける日時を自由に決められるため、クラスが中間や期末の雰囲気にならないのだ。よってテストによる成績順位も存在しないが、それでもテスト成績に応じた理解度を十段階で表示されることに変わりはない。研究学校では、上中下の大きな三段階のなかに小さな上中下をそれぞれ設け、9が最高で1が進級ギリギリ、そして0が落第の十段階表示を採用していた。今はまだ五月だから正式な成績表はもらってないが、教育AIによると僕の小テストの成績は研究に関する分野を除き、中の下である4から下の上である3といったところらしい。この学校では研究実績があればオール1でも進級を認められるから、こんなものでいいかなと僕は考えている。僕の研究である「体の効果的な使用法とその鍛練方法」は運動音痴の克服法の一つとして、案外有名だったりするしね。

 HAIに今日のノルマ達成を告げられ、少し昼寝する。目覚めてお昼ご飯を食べ、身だしなみを整える。心の浮き立つ様子を自分では隠しおおせたつもりだったけど、自室を出てから鳥居をくぐり抜けるまでに祖父母と妹と、大吉中吉小吉末吉の、三人と四匹の全員から当然の如く言われてしまった。
「デート、がんばれ」と。
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