僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二章

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 もし僕が漫画家だったら、ここで僕の顔を大爆発させるんだろうな。そして見開きページをまるまる使って、日本の関東地方に巨大なキノコ雲が出現する様子を衛星軌道から描写する。今はそんな、漫画文化伝統の超お約束シーンなんだろうなあ・・・
 なんて、僕は心の片隅で奇妙なほど冷静に自分の慌てっぷりを見つめていた。命の危機に瀕したさい、人は自分を客観的に観察し九死に一生を得ることがあるそうだが、そうかこれがそうなのかと、僕は心の中で膝をポンッと叩いた。
 輝夜さんも僕のキノコ雲発言に、最初は僕に負けず劣らず慌てていた。でもほんの数秒で冷静さを取り戻した彼女は幸せそうに微笑み、胸に手を当て目を閉じた。何かを回想しているかのようなその静かなたたずまいに惹かれ落ち着きを取り戻した僕は、心の芯の強さで男は決して女に勝てないというのはこれなのかと、今度はリアルに膝を叩いたのだった。
「私こそ、そうなのだと思う。家族の中で私だけが違うと悩み続けてきたのも、それでも家族から様々なことを教わってきたのも、すべてはあなたに会うための準備だった。そう考えると、全部納得できるの。私こそがきっと・・・」
 彼女はゆっくり瞼を開け、僕をまっすぐ見つめる。その大きくて綺麗なアーモンド型の目に魅了され、僕は息を呑んだ。すると彼女は親指と人差し指で頬をプニっとつまみ、口角を持ち上げるように三回ほどプニプニした。いきなりの素っ頓狂な仕草に「ぷっ」と口から笑い声が漏れそうになるも、どこまでも柔らかそうな彼女のツルツルの頬に助けられ、僕はそれを押しとどめることに成功した。だがプニプニをやめ、手の平で頬を抑えた彼女が真面目顔で唇の体操を始めるに至り、我慢はとうとう限界を突破してしまう。お腹を抱えて笑う僕にニッコリ笑い、輝夜さんは種明かしをした。
「今のも家で教わったことなの。女性にとって笑顔はとても大切だから、作為を感じさせない笑顔のためにこの運動をしなさいって、幼稚園に入る前に母から言いつけられた事なんだ。確かに笑顔は大切だと思うし、この運動のお陰で口もとが良く動くようになったのは事実だけど、それでも疑問を消すことはできなかった。作為を感じさせない笑顔はそれこそ、作為そのものなんじゃないかって。けど、そう思いながらも母の言いつけを守り、私は笑う運動を続けた。渦巻く疑問を胸に押し込め、表面だけで笑い続けた。私は、そういう人間だったの」
 哀しげに俯く輝夜さんに、僕も沈痛な面持ちで俯いた。が、再び唇の体操を始めた彼女に、堪え切れず吹き出してしまう。僕は北斗のせいで、真面目顔のお笑いネタに滅法弱いのである。ツボにはまって笑い転げる僕へ、彼女は愛おしむような微笑みを浮かべた。
「でも湖校の入学式の日、HR前の楽しいひとときが私を変えてくれたの。眠留くんと北斗君と昴と私の四人で一緒に笑っているうち、私はふと、心の底から笑っている自分に気づいた。そして、驚いた。私は心の赴くまま、どんな表情でも笑うことができたの。三人の話題は豊富で、笑う場面はそれこそ無数にあったわ。私は感心しながら笑い、驚きながら笑い、同意しながら笑い、そして底抜けに笑った。自由自在に動く口もとと頬が、どんな場面でも私を自然に笑わせてくれたのね。そのとき私、思ったんだ。動機はどうあれ、幼稚園に入る前から笑う運動を続けてきて、本当に良かったって」
 僕は驚いた。僕こそ、彼女はなんて自然に笑うのだろうと常々思っていたからだ。それを伝えると、彼女は泣き笑いの表情になった。だがすぐその均衡は崩れ、「でもね」と、哀しみの勝った眼差しを僕に向けた。
「でも私にはまだ、一つだけできない笑顔があるの。それは、心をすべて開いた笑顔。眠留くんがベンチに腰を下ろしたあと浮かべた、心を清めてくれる笑顔。あの笑顔を、私はまだできない。それはきっと私に、心のすべてを開いた経験が、今まで一度もないからなのね。家族や親族、級友や知人、これまで沢山の人達と関わりを持ってきたのに、私はただの一度も・・・」
 彼女は顔を俯けむせび泣いた。その姿に、僕は本物の哀しみを感じた。本人がそう言うのだから輝夜さんはまだ、心を開いて笑うことができないのかもしれない。けど少なくとも、輝夜さんは心を開いて哀しむことができる。今こうしているように、僕の前でならすべてを解放して泣くことができる。その想いを込めて、僕は彼女の手を包んだ。ハンカチを握りしめる彼女の手を包み、僕がここにいるから思いっきり泣いてねと彼女に伝えた。輝夜さんは何度も「うん、うん」と頷きながら泣いた。僕の手の甲に彼女の涙が落ちる。それが哀しく、そして誇らしくもあった僕は、止めどなく落ちる涙の粒を手の甲で受け止め続けた。
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