僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

文字の大きさ
88 / 934
三章

そして行ってしまった、1

しおりを挟む
 体育祭から数えて六日目、ようやく実現した話し合いの場に、昴が第一声を放った。
「私の敵は、私だったの」
 正直いうと、出鼻をくじかれた感が満載だった。さあ話し合いが始まるぞと身構えた僕にとって、昴の第一声は想定外すぎる内容だったのである。しかしこの幼馴染がこの状況で無意味なことをするはずないと思い至った僕は、努めて柔らかく、そして誠意を込めて相槌を打った。
「そうだったんだ」
「ええ、そうだったの。客観的に見て、私は過度に恵まれて生まれてきた。それが慢心に繋がらないよう、私は自分への目配りを常にしてこなければならなかったの。そうしないと実は私、すぐ思っちゃうんだ。私は抜きん出て優れた、女王様なんだって。私の敵は私だったって言ったのは、こういう意味ね」
 そのとき僕は正しい判断をくだした自分へ、限りない感謝を捧げていた。昴の最初の一言を「それ関係ある話?」や「今しなければならない話なの?」と嘲笑していたら、僕と昴の関係は壊れていたかもしれない。さすがの昴も、もう僕を信用してくれなくなったかもしれないからだ。今日この瞬間、僕は初めて知った。人生の綱渡りは、振り返ってようやく気付くものなのだと。
 いやいや今はそんなことより、と僕は顔を横へ振った。今はそんなことより、すべきことがあるのだ。僕はテーブルに両手を突き、頭を下げた。
「昴ごめん、僕には心当たりが一つもない。昴がそんなに悩み、そして努力してきたことを、僕はただの一度も気付いてやれなかった。昴、本当にごめんな」
「まったく、それは勘違いもいいとこよ。あのねえ眠留、あなたにすら心当たりがないって事は、長年の努力が実ったって事なの。だって私が努力し続けてきたのは、女王様な私を誰にも見抜かれない事なんだから」
 と、昴は腕を組み顎を突き上げ、女王様の如くふんぞり返る。へへ~~と僕はいつも通り、最下層の領民よろしく女王様へひれ伏した。だが、
「それにね眠留」
 足かけ九年聴き続けた、たまらなく優しい声で語りかける昴に僕は確信した。本人がそう言うのだから、昴には女王様な面があるのかもしれない。けどそれは、賢明さと愛情深さを後世に語り継がれる、素晴らしい女王様なんだろうな、と。
 その想いを胸にしまい問うた。
「うん、それに?」
「それに私がこう言ったら、あなたはどう思うかしら。『眠留ごめんなさい。私はあなたが翔人であることを気付けなかった。気付いていれば眠留の自責を軽くできたのに、私はそれをしてあげられなかった。どうか、許してください』 そう眠留に、頭を下げたとしたら」 
「うわわっ、無い無い、それは無いって!」
 居住まいを正し深々と頭を下げる昴へ、僕は大慌てで無い無いと連発した。すると昴は、慈愛に満ちた女神の面差しで言った。
「ほらね、それは無いでしょう。だから眠留も、翔人であることを隠していた自分を、責めたりしないでね」
 僕はようやく悟った。この幼馴染はこの一言を伝えるために、ひた隠しにしてきた女王様の一面を、僕に晒してくれたのだと。
 昴の言葉どおり、僕は自分を責めてきた。僕は、僕という存在の核心部分を隠したままこの幼馴染に接することを、胸の奥で責め続けてきた。それは喩えるなら、霧雨きりさめの日に傘を差し長時間歩いている自分を、どんなことでも打ち明けると約束している人へ、隠しているようなものだった。
 霧雨とはいえ傘を差さないと濡れるから、傘を差す。しかし傘を掲げても身にまとわりつく霧のせいで、衣服は次第に濡れてゆく。かといって傘なんて無意味だと放りだしたら、服はもっと濡れてしまう。だから仕方なく傘を差すも、水を吸い冷たくなってゆく服が、心と体に無視できない疲労を蓄積していく。という境遇にいることを隠したままこの幼馴染の前で笑っていることが、僕はつらかった。なぜなら、もし昴が僕と同じ境遇にいたら、僕はこう言ったはずだからだ。
「絶対人に話さない。秘密は、命をかけて守る。だからどうか僕に全てを打ち明け、そして楽になってくれ」
 僕は泣いて、そう懇願したはずだからである。僕らは自分が苦しむより、自分の不甲斐なさのせいで相手が苦しむことを、何十倍も何百倍も苦しく感じる。
 僕と昴は、そういう仲だからね。
「ん~、気持ちいい。ずっと隠してきた女王様のことを眠留に打ち明けられて、私やっと解放されたわ」
 昴はそう言って、気分爽快だわと背伸びをした。それが何とも心地よさげだったので真似したとたん、驚きに目を剥いた。
「なにこれ、マジで気分爽快なんだけど!」
 翔人としての自分を昴に隠してきた日々は、想像以上に僕をむしばんでいたらしい。僕は気持ちいいを連発し、椅子の上で体を伸ばしまくった。けどそんな伸びやかな時間は、これまた想像以上にすぐ終わってしまった。なぜなら昴が元気いっぱいに、こう提案したからだ。
「そうだ眠留、二人でストレッチをしよう!」
 解放感なぞどこへやら、僕は伸びをしたままピタリと停止し、口元を引きつらせた。
「ええっと、それは少し恥ずかしいなあ」
 続く言葉を、口の中でモギョモギョ呟く。
 ――二人でストレッチをすると、背は昴より15センチ低いのに座高は1センチ短いだけなのを、思い知るんだよ――
 しかし星辰の巫女であるこの幼馴染は、胴長短足の低身長に悩む僕へ、夢のような神託を下してくれた。
「気にしない気にしない。それに、私にはわかるんだ。眠留はこれから、すっごく背が伸びるの。あと三年足らずで私は眠留を、見上げるようになるんだから」
「ええっっ、それホント!」
 椅子を蹴倒さんばかりに立ち上がった僕に、昴はころころ笑った。
「ほんとほんと、私が言うんだから間違い無いわ。だからほら、ストレッチをしましょう」
「するする、ストレッチでもなんでもするよ!」
 僕らは喜々としてストレッチを始めた。そしてその数分後、僕は心の中で、降りやまぬ霧雨の如き涙を流していた。
 僕らがしたストレッチは手をつなぎ側筋を伸ばしあったり、背中を押して前屈の手助けをするような軽いものでしかなかったけど、それでもそれは超が付くほど気持ち良いストレッチだった。だがその最中、僕は気付いてしまったのだ。
 出会ったころ、幼稚園に入園した当時、僕らに性別の違いは無かった。僕らはただの、小さな子供だった。
 だが、今はある。互いの掌が感じた互いの体は、かつて知っていたそれと、明らかに異なるものになっていた。
 僕は筋肉をまとう男になり、昴は柔らかさを秘めた女になっていた。そう僕らは、出会ったころから何も変わらない幼馴染では・・・・・
 もう、ないのだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

私の守護霊さん

Masa&G
キャラ文芸
大学生活を送る彩音には、誰にも言えない秘密がある。 彼女のそばには、他人には姿の見えない“守護霊さん”がずっと寄り添っていた。 これは——二人で過ごした最後の一年を描く、かけがえのない物語。

ママはヤンママ女子高生! ラン&ジュリー!!

オズ研究所《横須賀ストーリー紅白へ》
キャラ文芸
神崎ランの父親の再婚相手は幼馴染みで女子高生の高原ジュリーだった。 ジュリーは金髪美少女だが、地元では『ワイルドビーナス』の異名を取る有名なヤンキーだった。 学校ではジュリーは、ランを使いっ走りにしていた。 当然のようにアゴで使われたが、ジュリーは十八歳になったら結婚する事を告白した。 同級生のジュリーが結婚するなんて信じられない。 ランは密かにジュリーの事を憧れていたので、失恋した気分だ。 そう言えば、昨夜、ランの父親も再婚すると言っていた。 まさかとは思ったが、ランはジュリーに結婚相手を聞くと、ランの父親だと判明した。  その夜、改めて父親とジュリーのふたりは結婚すると報告された。 こうしてジュリーとの同居が決まった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

月弥総合病院

御月様(旧名 僕君☽☽‪︎)
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

『続・聖パラダイス病院』

菊池昭仁
現代文学
『聖パラダイス病院』の続編です。こんな病院なら入院生活も悪くはありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...