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三章
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「という訳で眠留、このまま私の話を続けたいけど、いいかしら」
「何がという訳なのかサッパリだけど、という訳で話の続きをどうぞ」
この幼馴染にとやかく言うことほど無駄なことはない。ストレッチを終え椅子に座り直した彼女に、僕は肩をすくめて頷いた。それではお言葉に甘えてと前置きし、昴は雲の切れ間から差す光のように言った。
「輝夜は、私の初めての友達なの」
十数分前の僕なら、その言葉の意味を計りかねただろう。明るく活発で気立ても器量も良い昴は、僕の記憶にある限り、いつも沢山の友達に囲まれていたからだ。でも、今なら見当が付く。昴の心に、日の光をさえぎる雲があるとするなら、その雲の正体を予想することができる。僕はそれを、素直に口にした。
「それは、女王様と関わりがあるのかな」
「ご名答。努力しないと女王様になってしまう女に、友達はいない。努力して自分を小さくしないと対等な関係を築けない女に、友達はできないのよ」
ふと、輝夜さんの言葉が蘇った。数日前、輝夜さんと僕は、こんな会話をしていたのだ。
「昴は、学年序列一位の女子なの」
「じょ、序列でございますか」
体育祭前の秘密会合で女子の序列好きに震え上がった僕は、輝夜さんの言葉に過剰反応してしまった。そんな僕の態度から全てを察したのだろう、輝夜さんは序列について、彼女なりの意見を聞かせてくれた。
「女の序列好きは、仕方ないと思って諦めるしかないのかもしれない。どんなに無視しても心の片隅にいつもいて、周囲の人達のランク付けを自動でしている独立自我。私は、そんなふうに考えているの」
独立自我という言葉に酷く共感した僕は、あがり症とモジモジ性格について明かした。
「独立自我の話、僕にもピッタリ当てはまるよ。どんなに無視してもどんなに制御しようとしても、心の一部がそれこそ自動的に、あがってモジモジする。だから最近は無理に制御しようとせず、そんな自分から影響を受けない自分になろうとしているんだ」
みたいな感じのことを、僕はつっかえつっかえ話した。今やっておけば次はもっと上手にできるかもしれないから、勇気を振り絞り僕は話したのだ。
「眠留くんの試みは、大成功しているよ。この学校に入学してから、眠留くんはあがり症のモジモジ性格だって、私は一度も思ったことないの。私にとって眠留くんはいつも、いつも・・・」
満面に朱を注ぐ輝夜さんに負けず劣らず僕も真っ赤だったけど、とにもかくにも話を先へ進める手立てを講じることにした。
「うん、そう言ってもらえて嬉しいよ。ところでさっきの序列一位の話は、どういうことなのかな。僕、とても興味があるんだ」
「は、はい。えっとね、昴は序列一位なのに、それを全然感じさせず私に接してくれるの。昴がそうしてくれるから、私も同じように接することができる。言いたいことを、何でも言い合うことができるの。だから、昴は私の」
輝夜さんは一旦言葉を切り、清めの儀式へ臨むように膝の上に両手を揃え、背筋を伸ばした。その数秒後、蕾がほころぶような笑みを浮かべて、言った。
「昴は私の、初めての友達なんだ」
昴と輝夜さんは、どちらも相手を初めての友達と呼んだ。莫大な富と権力を有する白銀家の御令嬢である輝夜さんは、昴と似た苦悩を背負っているのかもしれない。そして二人は二人でいるときだけ、それから解放されるのかもしれない。僕のかけがえのない女性と、かけがえのない幼馴染がそんな仲であることへ、僕は記憶に無いほどの喜びを覚えた。
けどそれは、昴の次の一言で一蹴される事となる。僕は二人を、いや友情というものを、まだ上辺だけしか理解していなかったのだ。
「輝夜は私に様々なことを教えてくれたわ。その中で一番価値があったのは、マイナスの感情。輝夜は私に二つの感情を、生まれて初めて味わわせてくれた。それは、嫉妬と憎悪だったのよ」
驚愕のあまり言葉を失う僕へ、昴は隠し切れないと知りつつも必死に悲しみを隠して、微笑んだ。
「私の知る限り眠留は北斗に、嫉妬や憎悪を抱いたことは無いわね。私、そんな眠留が大好きよ。でも今は、ちょっぴりこうも思うの。私が・・・」
昴は口もとを歪ませ眉間に皺を寄せ、苦悶の表情を浮かべた。しかし数瞬後、彼女は迷いを断ち切るように言った。
「私があなたではなく北斗を選んだとき、あなたが嫉妬や憎悪を少しでも持ってくれていたら、輝夜のいる場所には今もきっと、私がいたはずなのにって」
それから数分間の記憶が僕にはない。昴によると、僕は両手で顔を覆い、ただ静かに泣いていたと言う。
「僕の心にはリミッターがあって、手に余る哀しみに直面すると、記憶が無くなるようにできているのかもしれない。母さんが死んでからの数週間の記憶も、僕には無いんだ」
都合の良い機能だよねと僕は頭を掻いた。そんなこと無いと首を横に振る昴へ、僕はお願いという名の提案をした。
「北斗に嫉妬や憎悪を抱かなかった理由は、僕が自分に絶望していたからだと思う。でもそれについては、翔人の説明のときにまとめて話したいんだ。今は、昴の話の続きを聴きたいんだ。昴、いいかな」
昴は目線を下へ移しコクリと、まるで謝罪するかのようにコクリと頷き、続きを聴かせてくれた。
「輝夜への嫉妬と憎悪が理不尽なものだと私は知っていたのに、いいえ知っていたからこそ、私は眠れぬ夜を幾晩も過ごしたわ。だからある朝おもいきって、眠留を訪ねてみたの。先月、母屋の台所で過ごしたあの日がそうね。あの時は『遊びに来たくなったから』なんて軽く言っていたけど、本当は清水の舞台から飛び降りる覚悟だったの。もっとも、お陰でマイナスの想いがほぼ消えてくれたから、飛び降りて良かったと今は思っているわ」
昴はテヘへと笑った。それに合わせ僕もテヘへと笑ったつもりだけど、自信はまったくない。あの時、人生二度目の大泣きをしたことを思い出したからだ。
そうだったの。私のために、
そんなに泣いてくれたのね。
ありがとう眠留。
驚愕に呼吸が止まった。僕は今確かに、昴の声を聞いた。耳ではなく心で、昴の心の声をはっきり聴いた。だが彼女は僕に微笑んだだけで、話を再開した。
「何がという訳なのかサッパリだけど、という訳で話の続きをどうぞ」
この幼馴染にとやかく言うことほど無駄なことはない。ストレッチを終え椅子に座り直した彼女に、僕は肩をすくめて頷いた。それではお言葉に甘えてと前置きし、昴は雲の切れ間から差す光のように言った。
「輝夜は、私の初めての友達なの」
十数分前の僕なら、その言葉の意味を計りかねただろう。明るく活発で気立ても器量も良い昴は、僕の記憶にある限り、いつも沢山の友達に囲まれていたからだ。でも、今なら見当が付く。昴の心に、日の光をさえぎる雲があるとするなら、その雲の正体を予想することができる。僕はそれを、素直に口にした。
「それは、女王様と関わりがあるのかな」
「ご名答。努力しないと女王様になってしまう女に、友達はいない。努力して自分を小さくしないと対等な関係を築けない女に、友達はできないのよ」
ふと、輝夜さんの言葉が蘇った。数日前、輝夜さんと僕は、こんな会話をしていたのだ。
「昴は、学年序列一位の女子なの」
「じょ、序列でございますか」
体育祭前の秘密会合で女子の序列好きに震え上がった僕は、輝夜さんの言葉に過剰反応してしまった。そんな僕の態度から全てを察したのだろう、輝夜さんは序列について、彼女なりの意見を聞かせてくれた。
「女の序列好きは、仕方ないと思って諦めるしかないのかもしれない。どんなに無視しても心の片隅にいつもいて、周囲の人達のランク付けを自動でしている独立自我。私は、そんなふうに考えているの」
独立自我という言葉に酷く共感した僕は、あがり症とモジモジ性格について明かした。
「独立自我の話、僕にもピッタリ当てはまるよ。どんなに無視してもどんなに制御しようとしても、心の一部がそれこそ自動的に、あがってモジモジする。だから最近は無理に制御しようとせず、そんな自分から影響を受けない自分になろうとしているんだ」
みたいな感じのことを、僕はつっかえつっかえ話した。今やっておけば次はもっと上手にできるかもしれないから、勇気を振り絞り僕は話したのだ。
「眠留くんの試みは、大成功しているよ。この学校に入学してから、眠留くんはあがり症のモジモジ性格だって、私は一度も思ったことないの。私にとって眠留くんはいつも、いつも・・・」
満面に朱を注ぐ輝夜さんに負けず劣らず僕も真っ赤だったけど、とにもかくにも話を先へ進める手立てを講じることにした。
「うん、そう言ってもらえて嬉しいよ。ところでさっきの序列一位の話は、どういうことなのかな。僕、とても興味があるんだ」
「は、はい。えっとね、昴は序列一位なのに、それを全然感じさせず私に接してくれるの。昴がそうしてくれるから、私も同じように接することができる。言いたいことを、何でも言い合うことができるの。だから、昴は私の」
輝夜さんは一旦言葉を切り、清めの儀式へ臨むように膝の上に両手を揃え、背筋を伸ばした。その数秒後、蕾がほころぶような笑みを浮かべて、言った。
「昴は私の、初めての友達なんだ」
昴と輝夜さんは、どちらも相手を初めての友達と呼んだ。莫大な富と権力を有する白銀家の御令嬢である輝夜さんは、昴と似た苦悩を背負っているのかもしれない。そして二人は二人でいるときだけ、それから解放されるのかもしれない。僕のかけがえのない女性と、かけがえのない幼馴染がそんな仲であることへ、僕は記憶に無いほどの喜びを覚えた。
けどそれは、昴の次の一言で一蹴される事となる。僕は二人を、いや友情というものを、まだ上辺だけしか理解していなかったのだ。
「輝夜は私に様々なことを教えてくれたわ。その中で一番価値があったのは、マイナスの感情。輝夜は私に二つの感情を、生まれて初めて味わわせてくれた。それは、嫉妬と憎悪だったのよ」
驚愕のあまり言葉を失う僕へ、昴は隠し切れないと知りつつも必死に悲しみを隠して、微笑んだ。
「私の知る限り眠留は北斗に、嫉妬や憎悪を抱いたことは無いわね。私、そんな眠留が大好きよ。でも今は、ちょっぴりこうも思うの。私が・・・」
昴は口もとを歪ませ眉間に皺を寄せ、苦悶の表情を浮かべた。しかし数瞬後、彼女は迷いを断ち切るように言った。
「私があなたではなく北斗を選んだとき、あなたが嫉妬や憎悪を少しでも持ってくれていたら、輝夜のいる場所には今もきっと、私がいたはずなのにって」
それから数分間の記憶が僕にはない。昴によると、僕は両手で顔を覆い、ただ静かに泣いていたと言う。
「僕の心にはリミッターがあって、手に余る哀しみに直面すると、記憶が無くなるようにできているのかもしれない。母さんが死んでからの数週間の記憶も、僕には無いんだ」
都合の良い機能だよねと僕は頭を掻いた。そんなこと無いと首を横に振る昴へ、僕はお願いという名の提案をした。
「北斗に嫉妬や憎悪を抱かなかった理由は、僕が自分に絶望していたからだと思う。でもそれについては、翔人の説明のときにまとめて話したいんだ。今は、昴の話の続きを聴きたいんだ。昴、いいかな」
昴は目線を下へ移しコクリと、まるで謝罪するかのようにコクリと頷き、続きを聴かせてくれた。
「輝夜への嫉妬と憎悪が理不尽なものだと私は知っていたのに、いいえ知っていたからこそ、私は眠れぬ夜を幾晩も過ごしたわ。だからある朝おもいきって、眠留を訪ねてみたの。先月、母屋の台所で過ごしたあの日がそうね。あの時は『遊びに来たくなったから』なんて軽く言っていたけど、本当は清水の舞台から飛び降りる覚悟だったの。もっとも、お陰でマイナスの想いがほぼ消えてくれたから、飛び降りて良かったと今は思っているわ」
昴はテヘへと笑った。それに合わせ僕もテヘへと笑ったつもりだけど、自信はまったくない。あの時、人生二度目の大泣きをしたことを思い出したからだ。
そうだったの。私のために、
そんなに泣いてくれたのね。
ありがとう眠留。
驚愕に呼吸が止まった。僕は今確かに、昴の声を聞いた。耳ではなく心で、昴の心の声をはっきり聴いた。だが彼女は僕に微笑んだだけで、話を再開した。
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