僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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四章

紫柳子、1

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「やあ、待たせてしまったね。飲み物も出さず失礼した」
 ガレージに現れたのは、僕と出雲の縁を結んでくれたお姉さんだった。ということは、この人がこの店のオーナーということになる。美鈴が産まれた時の記念写真に写る貴子さんより少し年下に見えるから、お姉さんはまだ二十歳そこそこなのだろう。その若さで日本一の3DGショップを経営しているのだから、きっとすこぶる聡明な女性に違いない。僕はお姉さんに挨拶すべくソファーから立ち上がった。そのとたん、
「眠留コノヤロウ!」
「ホントだコノヤロウ!」
「分かってるよなコノヤロウ!!」
「覚悟はできてるよなコノヤロウ!!」
 二人の友が交互にコノヤロウと叫びながら、まっしぐらに駆け寄って来た。そして手加減なしのヘッドロックで、二人は僕の頭を両側からグイグイ締め上げていく。もう少し他に言いようもやりようもあると思うが、それでも古巣に戻ってきたような安心感を与えてくれる二人の友に、僕は心の中でありがとうと言った。あくまで、心の中だけどね。
 そんな僕ら三人の様子にお姉さんはふんわり温かな気配を纏い、目元をほころばせる。何となく思った。お姉さんには、弟がいるんじゃないかな。
「さあ、座ってくれたまえ。君とはすぐにでも話をしたかったが、少々やらねばならぬ事があったのでね。斟酌しんしゃくしてくれると有り難い」
「事情は弁えています。僕のためにお骨折り頂いたそうで、感謝に堪えません」
 HAIから受けた特訓に、輝夜さんから教わった真心を上乗せして、僕は謝辞を述べた。まったく大した少年だと楽しげに笑って、お姉さんは完璧な作法で礼を返してくれた。再度なんとなく思う。このお姉さんは翔人なのかな、と。
「まずは自己紹介しよう。私はこの店、シリウスのオーナー、紫柳子しりうすだ。訳あって苗字は伏せさせてもらいたいのだが、三人は許してくれるかな?」
 向かい側の一人掛けソファーに身を沈めた紫柳子さんはそう言って、婀娜あだっぽく微笑んだ。三人掛けソファーに座った僕らは「めっそうもございません!」とお子様まる出しで返答したのち、紫柳子さんへそれぞれ自己紹介した。そしてAIカートが運んできたジュースとオカキを楽しみながら、お姉さんと僕らは長年の友人のような時間を過ごしていった。 
 紫柳子さんが最初に興味を示したのは、僕ら三人が所属する新忍道チームについてだった。質問されたのは僕だったが、僕ら一年生トリオのリーダーは北斗ですからリーダーがお答えしますと、僕は北斗にそれを丸投げした。北斗は苦笑するも、快く返答を引き継いでくれた。礼儀に則りつつも堅苦しくなく、的確であっても情緒豊かで、詳細でありながらも饒舌にならない北斗の説明に、紫柳子さんはいたく感心したようだった。
「なるほど、君達は狭山湖畔研究学校に新設された、新忍道サークルの一年生会員なんだね。それにしても、よくできたリーダーだ。サークル長は、さぞ喜んでいるだろうな」
 そうなんですよと、二階堂は自分が褒められたかのように北斗と先輩方について話す。紫柳子さんはそんな二階堂へ、サークルの先輩方と同じ、親しみと期待を込めた眼差しを向けていた。ああ、きっとお姉さんにも、素晴らしい仲間や先輩が大勢いるんだろうなあ・・・
「もし可能なら、君達の3DGステータスを見せてくれないだろうか。もちろん私は君達のステータスを、己の尊厳をかけた最高機密として扱うことを約束しよう」
 ここにいるのが僕だけだったなら、僕ごときのステータスにそんな価値はありませんと、へりくだっただろう。でも左に並ぶ二人の友を、僕の一存で僕と同列に引きずり込む訳にはいかない。僕は友の気持ちを知るべく、二人へ顔を向けた。すると二人も同じように、友の気持ちを知ろうとそれぞれへ顔を向けていた。僕らは目で頷き合い、皆で姿勢を正したのち、中央に座る北斗が代表して答えた。
「はい、構いません。ロックを全解除してお送りします」
 それを合図に各自がハイ子を取り出し、個人情報規制をすべて解除した3DGステータスを送信した。と同時に、紫柳子さんの手元に2D画面が三つ並んで出現する。紫柳子さんは、優しさを土台にした厳格さで大きく頷き、言った。
「君達の3DGテータスを見る前に告げておこう。君達三人の意思疎通ステータスは、満点だ」
 軍曹殿、一生ついていきます! 
 とばかりに僕ら三人は肩を組み、喜びを分かち合ったのだった。

 紫柳子さんは三つのステータス画面から様々なデータを呼び出し、意外と思えるほど長くそれを調べていた。僕らは喉をカラカラにし、ただひたすら待った。そしてとうとう、紫柳子さんがその沈黙を破る。
「ふむ、なるほど。七ッ星君」
「はい!」
 滑舌の良い澄んだ声がガレージに響き、僕は胸の中で友を称賛した。もし僕が最初に呼びかけられていたら、見苦しく噛みまくっていたはずだからね。
「君の陽動作戦立案能力は、見事の一言だ。新忍道本部執行役員である私の目にも、君の才能は我が国トップクラスと映る。だが、この種のモノに終わりは無い。君は孤独と闘いつつ、果てなき道を一人歩き続けなければならないのだ。君に、その覚悟と自信はあるだろうか。私を信じて、どうか正直に答えて欲しい」
「ッッ!!」
 押し殺した声がすぐ隣から届き、慌てて友を覗き込んだ。北斗は、男泣きに泣いていた。食事会の日、花火をしながら輝夜さんと話したことが思い出される。僕は改めて知った。抜きん出すぎている者は、孤独なのだと。
「覚悟はあります。でも、自信はありません。最近、最後の自信が砕けることがあって、それ以降、俺は何一つ自分に自信が持てないのです」
「それでいいのだ七ッ星」
 紫柳子さんは間髪入れずそう答えた。そして、すべてを包み込む笑顔を僕ら三人に向けた。それは僕と二階堂にとって、まさに救いだった。なぜなら僕と二階堂は、北斗の苦しみを少しも気づいてやれなかった恐怖に、心の中で震えていたからだ。お姉さんはそんな僕らを鼓舞するよう再度微笑んだのち、北斗へ問うた。
「七ッ星の精神と頭脳なら、シミュレーションを終えているのではないかな。その能力に慢心が加わった際の、己の未来を」
 北斗はそれを予期していたように即答した。
「はい、終えています。ああ、やっぱり紫柳子さんには解るのですね。慢心した未来への恐怖は孤独の悲しみより、強い動機であるということを」
「ああ、解る。子細こそ違え、私達は同じ場所で同じ想いに囚われた者だからな」
 厳冬の季節だからこそ澄みわたる空気が、日差しを大地へ燦々と振りそそがせ、春を密かに招き入れてゆく。そんな澄みわたる笑みを、北斗とお姉さんは浮かべていた。その笑顔のまま、お姉さんは僕と二階堂を交互に見つめた。
「苦しむ友に気づけなかった恐怖を、友と同じく、己を鼓舞する動機としなさい」
「「はい!」」
 せめてこれだけは北斗のために成し遂げようと、僕と二階堂は心に誓ったのだった。
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