僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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五章

かすかな陰、1

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「つまりその、お袋が色々すまなかったな猫将軍」
「ううん、おばさんはなにも悪くないよ。僕がうっかり本音を・・・」
 あれは本音だったという本音をまたもや漏らしてしまい、僕は途中で口をつぐみ赤面した。AICAの中に若干、気まずい空気が流れる。すると前列右席に座る北斗が背もたれを目一杯倒し、寝転びながら言った。
「人を笑顔にする本音をうっかり漏らせるなんて、羨ましい限りだから気にするな。人を不快にする本音を必死で隠すようになったら、気にするんだな」
 放置四割、慰め五割、そして一割に自虐をにじませたその響きに、3Dの二階堂が探りの会話をさりげなく始める。けど僕は二人の会話に加わるより、北斗の今の言葉を自分なりに吟味することの方が、なぜか重要な気がした。考察に没頭しやすい環境を作るべく、椅子を就寝モードに変える。後ろへゆっくり倒れていく背もたれに身を預けながら、トイレに逃げこんでからのことを、僕は思い出していった。

 トイレに逃げこんで暫くは恥ずかしさに居ても立ってもいられず、手足をバタバタさせるばかりだった。その後、トイレのドアが遠慮がちにトントンと叩かれていることに気づいてからは、二階堂家の皆さんにさっきの発言を聞かれてしまったことを思い出し、頭を抱えひたすら蹲っていた。そんな僕の耳に、
「お~い眠留、おじさんとおばさんが手配して下さったレンタルAICAを、いつまで放っておくつもりだ。このままだと駐車違反の罰金が発生するぞ。お前それでいいのか?」
 という、北斗の呆れ声が届く。僕は立ち上り、ドアを開けた。
 ドアを開けてからは別の意味で恥ずかしい状態に陥り困った。おばさんがいきなり、僕を抱きしめたのである。僕の背と同じ高さまで身を屈めてくれていたから、おばさんの肩に僕の顎が乗っている状態だったけど、この年齢でこんなことをされるのは目茶苦茶恥ずかしかった。でも、大きくて温かな存在に抱きしめられ、懐かしさと安心で胸がいっぱいになっている自分はそれ以上に恥ずかしく、僕は困り果てた。そんな僕の頭を、おじさんは巨大な手でまるごと包み言った。
「妻の今の気持ちは、君が私達夫婦の年齢に近づいて、初めてわかるものだ。その時は一緒に、酒を酌み交わそうな」
 親父俺も、俺も俺もと、二階堂三兄弟が餌を求めるひな鳥のように合唱する。ガッハッハッ、これぞ息子を沢山持った父親の醍醐味だなと、おじさんは上機嫌で三兄弟と北斗を両脇に抱えた。笑い合う五人の様子に恥ずかしさを忘れ笑っていると、おばさんが耳元でそっと囁いた。
「そのときは、女は女で盛り上がるから、眠留君の素敵な奥さんも連れてくるのよ」
 治まっていた火が再び全身から噴きでるも、僕は「はい、必ず」と、素直に即答することができたのだった。
 心配した駐車違反は発生しなかった。というか罰金云々は、北斗の陽動だった。僕がトイレに逃げ込むなり北斗は玄関から外に出て庭を確認し、「今のアイツは幾ら声をかけても耳に入らないでしょうから、AICAを庭に入れられませんか」と提案した。そして頃合を計り、好意を踏みにじり罰金を発生させるという僕が最も嫌がることを呆れ声で聞かせることで、北斗は僕をまんまとおびき出したのである。レンタルAICAの椅子に寝っ転がりつつ、僕は自分に問いかけた。「その事とさっきの言葉は、関係あるのかな? 人を不快にする本音を必死で隠すようになったら気にしろという発言と、優れた陽動作戦をたちどころに思い付く能力は、どこかで繋がっているのかな?」 曖昧模糊たる直感でしかないが、両者に関係は無いと感じられた。僕は再び、記憶を呼び戻して行った。
 二階堂家をお暇する場面でも、おばさんは僕を抱きしめたくて仕方ない様子だった。複数の理由であからさまに避ける訳にもいかず、おじさんに目で助力を乞うと、廊下で助けてもらったしなと口を動かしウインクして、おじさんはおばさんの肩を抱き寄せた。すかさず一馬さんと十馬さんが、ヒューヒューと二人をはやし立てる。まったくアンタはと抗議しつつも、おじさんの腕の中で幸せそうにしているおばさんの姿に、「僕もいつか輝夜さんと」という想いが再度飛来し、僕は心中慌てた。とここまで思い出した時、
「ん?」
 心に何かが引っかかった。僕は改めて記憶を再生し、心に引っかかった箇所を探した。苦労の末、やっとそれと思われるものを探し当てた。北斗の笑顔に、かすかな陰が現れていたのだ。それは真夏の直射日光を遮る白いレースカーテンのように、眩しさと暑さを和らげる役目はあまり果たしてなくとも、室内の様子を屋外から見えにくくする役目なら果たしていますとでも言いたげな、心の内側を他者に悟らせまいとする陰のように感じられた。それと「人を不快にする本音を隠す」ことに類似性を見出した僕は、脳を総動員してその時の北斗の気持ちを推し量ろうとした。だが幾らやっても無理だったため、原点に戻り、あの時の僕の気持ちを探ってみた。それはすぐ判明した。あのとき僕はラブラブな二人に、僕と輝夜さんの理想の未来を重ね合わせていた。ならば北斗も、僕と同じだった可能性はないだろうか? ラブラブなおじさんとおばさんに北斗と昴を重ね、幸せな未来を想像していたという可能性も、あるのではないだろうか?
 ――う~んでも、それは無いな。だって北斗と昴もラブラブだから、照れ隠しをすることはあっても、人を不快にする本音を隠すなんてことは無いもんなあ・・・
 心中そう呟き、頭を数回振る。そして陰の件をひとまず脇に置き、僕は記憶の再生に戻って行った。
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