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五章
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とはいえ、回想することはもうさほど残っていなかった。美味しい食事のお礼と、素晴らしい時間を過ごさせてもらった感謝を述べ、「また来いよ」「また来ます」という、定番であっても真心あふれるやり取りをして、僕と北斗は玄関を出た。だが玄関を出ても、二階堂のご両親が手配してくれたAICAに乗るのだからご両親は当然一緒に来るし、すると三兄弟も必然的に付いてくるので、庭に止めたAICAの横でも僕らは玄関とほぼ同じ光景を繰り返した。唯一違っていたのは、家族総出でおばさんを抑えていた事。その様子に、おばさんがそんなに望むなら少しくらい恥ずかしくてもいいかなと思わないでもなかったが、二階堂の気持ちを第一に考え、僕はAICAに乗り込んだ。僕が二階堂の立場だったら、母さん頼むから止めてよって、絶対思うはずだからね。
北斗が前列右席に、その左席に僕が座り、AICAは二階堂家を後にした。振り返り車内から手を振る僕らへ、二階堂家の人々はジャンプウェーブで手を振り返してくれた。ただ一人おばさんだけが、片手で口を抑え、もう一方の手を胸の前で小さく振っていたことが、心に焼き付いている。
僕と北斗を乗せたAICAが明治通りを北上し始めたころ、僕らの間に3Dの二階堂がシュワ~ンという効果音とともに現れた。「まああがれや」「おじゃまします」なんて意味不明のやり取りを経て、僕ら三人は今日という日を締めくくるべく、再度集結したのだった。
「なあ北斗、俺らはどこに向かっているんだ?」
AICAに乗り慣れていないせいでナビシステムを知らないのか、それとも話題作りをしているのか定かでないが、二階堂が北斗に尋ねた。
「このAICAは今、国道254号線への左折車線を走行中だから、浦所街道経由で所沢に向かっていると考えて間違いないだろう。そういえば二階堂は、今どんな3Dに囲まれているんだ? 車内は映されていても、車外映像はないとか」
北斗の問いかけに興味を覚えた僕は、回想を止め耳を澄ませた。せっかく三人一緒の時間を過ごしているのに一人過去をさまようのは、今を生きることに反する気がしたのである。もちろん二階堂の返事も、大いに興味あったしね。
「枕とマットレス以外はすべて3Dだ。車内の様子も車外の景色も、リアルと変わらないと思う。ただ、地元の俺はここら辺の街並みを良く知っていても、この道がどこに繋がっているかはあんま知らないんだよ。俺はAICAに、ほとんど乗ったことないからな」
慣れてないからナビを思い付かなかったみたいだな、いやいや早合点は禁物だぞ、などと考えながら僕は二階堂へフォローを入れた。
「二階堂よりAICAに乗り慣れてる僕も同じようなものだよ。道に詳しくなくても、自動運転で目的地に着いちゃうからね。国道何号線から何とか街道に出るなんて即答できるのは、数少ない内燃機関マニアか、誰かさんのような地図フェチだけだと思うよ」
AI電気自動車全盛のこの時代にも、AI未搭載のガソリンエンジン車を趣味で運転している人達はいる。けどガソリン車には排気ガス問題と、何より交通事故の危険性があるので、その趣味を持つ人達は好ましからざる目を向けられているのが実情だ。もちろんそれは内燃機関マニアに限ったことであり、単なる地図好きが、フェチ呼ばわりされる謂れは全然ないんだけどね。だが、
「おい眠留、誤解してもらっては困る。地図は、人類の足跡を知る最高の手がかりの一つなのだ。地図を見れば、そこに生きる人々の技術と価値観の変遷が手に取るように解る。人は時代の要請に応じ街を造り変えてゆく生き物であるため・・・」
フェチと呼ばれたことに異を唱えるより、地図の価値を理解していないことに異を唱え、そして地図の偉大さを陶酔状態で語る北斗は、やはりフェチで正解なのだろう。僕と二階堂は、揃って溜息をついた。
とはいえ、貴重なこの時間をこんな無駄話に浪費して良いはずがない。
「ま、まあまあ北斗。地図の偉大な足跡はこの次ゆっくり拝聴するとして、今は俺と兄貴達の名前の足跡を、いや足跡は違うか、ええっと名前の由来を、話していいかな」
二階堂は溜息を一つ漏らすにとどめ、地図フェチによる地図話を止めさせるべく行動を開始した。その勇気と、自己紹介の秘密に直結するであろう名前の由来を自分から切り出した男気に、僕は混じりけのない敬意を抱いた。それは北斗も同じだったらしく、瞳を爛々と輝かせ二階堂へ顔を向けた。
「おお、二階堂三兄弟の名前の由来か。名前というものは、親御さんの人生観の結晶だと俺は考えている。汲めども尽きぬ魅力を湛えたおじさんとおばさんが、三人の息子へ関連性ある名前を付けたのだから、運命的経緯と玄妙な英知が込められているのだろう。うむ、俺こそ、喜んで拝聴させてもらうぞ」
大仰な単語を連発する北斗へ、二階堂は肩をすくませる。
「おいおい、そんなにハードルを上げんでくれ。ちょい不思議な話がちょこっと出てくるだけで、運命だ玄妙だなんてことは更々ないからさ」
更々ないと口にした二階堂はそれでも、肩の荷を下ろしたような、自分の名前の重みから解放されたような、「少し楽になったよサンキュー」的な笑みを浮かべた。二階堂をこの状態に導くため、北斗は地図話を始めたのかもしれないと思った僕は、喜んでそれに乗っかった。
「ちょい不思議な話がちょこっとでも大歓迎だよ。僕そういうの、大好きなんだ」
「俺も大好きだ。昔から日本の夏は不思議な話をするものだと、相場が決まっているしな」
「俺の名前の由来は怪談かよ!」
なんて大げさに凹むも、自分でも楽しんでいる風に、二階堂はそれを話してくれた。
北斗が前列右席に、その左席に僕が座り、AICAは二階堂家を後にした。振り返り車内から手を振る僕らへ、二階堂家の人々はジャンプウェーブで手を振り返してくれた。ただ一人おばさんだけが、片手で口を抑え、もう一方の手を胸の前で小さく振っていたことが、心に焼き付いている。
僕と北斗を乗せたAICAが明治通りを北上し始めたころ、僕らの間に3Dの二階堂がシュワ~ンという効果音とともに現れた。「まああがれや」「おじゃまします」なんて意味不明のやり取りを経て、僕ら三人は今日という日を締めくくるべく、再度集結したのだった。
「なあ北斗、俺らはどこに向かっているんだ?」
AICAに乗り慣れていないせいでナビシステムを知らないのか、それとも話題作りをしているのか定かでないが、二階堂が北斗に尋ねた。
「このAICAは今、国道254号線への左折車線を走行中だから、浦所街道経由で所沢に向かっていると考えて間違いないだろう。そういえば二階堂は、今どんな3Dに囲まれているんだ? 車内は映されていても、車外映像はないとか」
北斗の問いかけに興味を覚えた僕は、回想を止め耳を澄ませた。せっかく三人一緒の時間を過ごしているのに一人過去をさまようのは、今を生きることに反する気がしたのである。もちろん二階堂の返事も、大いに興味あったしね。
「枕とマットレス以外はすべて3Dだ。車内の様子も車外の景色も、リアルと変わらないと思う。ただ、地元の俺はここら辺の街並みを良く知っていても、この道がどこに繋がっているかはあんま知らないんだよ。俺はAICAに、ほとんど乗ったことないからな」
慣れてないからナビを思い付かなかったみたいだな、いやいや早合点は禁物だぞ、などと考えながら僕は二階堂へフォローを入れた。
「二階堂よりAICAに乗り慣れてる僕も同じようなものだよ。道に詳しくなくても、自動運転で目的地に着いちゃうからね。国道何号線から何とか街道に出るなんて即答できるのは、数少ない内燃機関マニアか、誰かさんのような地図フェチだけだと思うよ」
AI電気自動車全盛のこの時代にも、AI未搭載のガソリンエンジン車を趣味で運転している人達はいる。けどガソリン車には排気ガス問題と、何より交通事故の危険性があるので、その趣味を持つ人達は好ましからざる目を向けられているのが実情だ。もちろんそれは内燃機関マニアに限ったことであり、単なる地図好きが、フェチ呼ばわりされる謂れは全然ないんだけどね。だが、
「おい眠留、誤解してもらっては困る。地図は、人類の足跡を知る最高の手がかりの一つなのだ。地図を見れば、そこに生きる人々の技術と価値観の変遷が手に取るように解る。人は時代の要請に応じ街を造り変えてゆく生き物であるため・・・」
フェチと呼ばれたことに異を唱えるより、地図の価値を理解していないことに異を唱え、そして地図の偉大さを陶酔状態で語る北斗は、やはりフェチで正解なのだろう。僕と二階堂は、揃って溜息をついた。
とはいえ、貴重なこの時間をこんな無駄話に浪費して良いはずがない。
「ま、まあまあ北斗。地図の偉大な足跡はこの次ゆっくり拝聴するとして、今は俺と兄貴達の名前の足跡を、いや足跡は違うか、ええっと名前の由来を、話していいかな」
二階堂は溜息を一つ漏らすにとどめ、地図フェチによる地図話を止めさせるべく行動を開始した。その勇気と、自己紹介の秘密に直結するであろう名前の由来を自分から切り出した男気に、僕は混じりけのない敬意を抱いた。それは北斗も同じだったらしく、瞳を爛々と輝かせ二階堂へ顔を向けた。
「おお、二階堂三兄弟の名前の由来か。名前というものは、親御さんの人生観の結晶だと俺は考えている。汲めども尽きぬ魅力を湛えたおじさんとおばさんが、三人の息子へ関連性ある名前を付けたのだから、運命的経緯と玄妙な英知が込められているのだろう。うむ、俺こそ、喜んで拝聴させてもらうぞ」
大仰な単語を連発する北斗へ、二階堂は肩をすくませる。
「おいおい、そんなにハードルを上げんでくれ。ちょい不思議な話がちょこっと出てくるだけで、運命だ玄妙だなんてことは更々ないからさ」
更々ないと口にした二階堂はそれでも、肩の荷を下ろしたような、自分の名前の重みから解放されたような、「少し楽になったよサンキュー」的な笑みを浮かべた。二階堂をこの状態に導くため、北斗は地図話を始めたのかもしれないと思った僕は、喜んでそれに乗っかった。
「ちょい不思議な話がちょこっとでも大歓迎だよ。僕そういうの、大好きなんだ」
「俺も大好きだ。昔から日本の夏は不思議な話をするものだと、相場が決まっているしな」
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