僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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六章

明日の約束、1

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「グラウンドに、礼!」
「「「ありがとうございました!」」」
 八月三十日、午後四時。
 一年生から三年生までのサッカー部員全員で整列し、グラウンドへ感謝を捧げた。下げた頭に想いが沸き上がって来る。ああとうとう、残り一日になっちゃったな、覚悟したとはいえ、寂しいなあ・・・
 なんて感じで、それなりに心の痛みと戦っていたのだけど、そんなの知ったこっちゃないとばかりに伸びてきた何本もの腕に、僕はいつもどおり羽交い絞めにされてしまった。
「さあ猫将軍、グラウンドの整備を始めようぜ」
「猫将軍は動きが素早くて、地面をメタメタにするからな」
「猫将軍は特に、囲まれた時の突破力が凄い。そのせいで、フィールドがめくり上がりまくりだ。あれをならすまでは、帰さないからな」
 初めてサッカー部に参加したとき「猫将軍来いよ」と快く誘ってくれた奴らが、僕を備品置場に連行してゆく。フィールドの傷跡は全部僕が付けたみたいにコイツらは言うが、もちろんそれはデタラメ。でも、囲まれると翔人の技である爆渦軸閃をついつい使ってしまうのは事実だし、その際フィールドをひときわえぐるのも事実だから、釈然としないものを多分に残しつつも、僕はこの冤罪を受け入れる事にしていた。
 けど今日は、いつもと勝手が違った。レーキに手を伸ばしかけたところで、既にレーキを手にした皆から言われたのだ。
「猫将軍が来るようになり、コイツに負けてなるものかって俺らは頑張った」
「だから俺らも、あの傷を残せるようになった」
「猫将軍の体さばき、勉強になったよ」
「あんがとな、猫将軍」
「「あんがとな!」」
 皆が皆、空いている方の手で僕の背中を叩き、グラウンドへ散ってゆく。
 僕は予定を変更し、均した土を固める水を用意すべく、ジョウロを手に取り水飲み場へ駆けた。
 そしてそこでひとしきり、顔を洗ったのだった。
 
「ねえ真山、このあと少し時間をもらえるかな?」
 部室で制服に着替えながら、隣でジャージに着替える真山に声を掛けた。練習後、寮に帰るだけの寮生は、ジャージも可とされているのだ。
「ああいいよ。そう言われるだろうって、思ってたからさ」
 茶色がかった真山の髪が西日を受け、いつも以上に赤みを帯びている。しかも、青が強くでた瞳をまっすぐ向けられ、にっこり笑いかけて貰えたものだから、僕はお腹を撫でられる嵐丸の気分になってしまった。まあ真山になら、仕方ないんだけどね。
 着替えを終え、先輩方に挨拶し部室を出る。普段は部室を出て土手を昇るなり、真山は寮のある北へ、僕は校門のある南へと別れるのだけど、今日は二人一緒に北を目指した。時間を割いてもらったほうが、割いてくれたほうの方角へ並んで歩く。これが最近の、僕らのルールなのだ。
「掛け持ちが許可された理由を、眠留がみんなに話した日。眠留は俺に、悩みごとを打ち明けてくれた。だからここ数日、そろそろかなって待ってたんだ」
 京馬が僕を名前で呼ぶようになると、真山もそう呼ぶようになった。その最初の数回、頬を赤らめ照れくさそうにしていた真山は、同性の僕から見てもまさに眼福だったのは言うまでもない。
 とまあそれはさておき、僕が皆にした別れの挨拶を、掛け持ちの理由と言い換えてくれた真山へ、僕は黙って首を縦に振った。
「あのとき眠留は、夏休みが終わるまで出来る限り考えてみると言った。休みはまだ一日あるけど、最後の日の明日は時間を作れないかもしれない。だから話しかけてくるのは今日かなって、思ってたんだよ」
 教育AIとの会話終了時、僕は思い切ってアイに尋ねてみた。「陸上部とサッカー部の三年長が揃って口にした、噂はかねがね聞いている、はどういう意味ですか?」 しかしアイはどことなく上ずった声で「自分で考えるか友達に教えてもらいなさい」と返答を拒み、消えて行った。翌日正午、サッカー部の皆へ別れの挨拶をしたあと、僕はそれを真山に打ち明けた。真山はそれ以降、その話を一度も振ってこなかったが、それでも常に僕を気にかけ、そして待っていてくれたのである。
「待ちわびた俺は、話しかけられやすいよう隣で着替えた。なのに眠留は、なかなか話しかけてくれなかった。お預けをくらった子犬の気分だったよ」
 僕の左隣で、真山は爽やかに歩を進めてゆく。サッカー部の一年エースであり、学年一のイケメンであり、かつこの上なく優しい真山の眩しさに、目を細めつつ決意を新たにした。「真山が美鈴と同格の人間なら、美鈴がそうであるように、真山も秘密を沢山持っているのだろう。美鈴のためにも、それを打ち明けるに値する男に、僕はなるぞ」
 なんて誓ったはずだったのだけど、
「眠留、答は見つかったかい?」 
「ううん、見つからなかったよ」
 僕は早々に不出来な自分をさらす事となった。
 でも、それでいい。
 自分なりに一生懸命考え、それでも解明できなかったのなら、それを潔く認める。
 その価値を知り、そしてそれを体得した奴へは、それでいいのだ。
 との想いを、
「ははは、そうなんだ。この世には解らないことがあって、当然だよね」
 真山は返答を介し肯定してくれたので、僕は再び子犬になってしまった。
「眠留は健康を維持したまま、サークルと二つの部を全力でこなしていたから、心配はしていなかった。それでも寝不足になる寸前まで考えて、慌てて寝る日が続いたんじゃない?」 
「後先考えず全力を尽くす時と、全力状態の維持に全力を尽くす時の区別を、この夏僕は学んだ。なんて言いつつ真山の読みどおり、毎晩悩みまくっちゃったよ」
 僕はこの夏、数え切れぬほど多くの事を学んだ。その内の一つを真山へ明かしてみたところ、
「眠留め、こうしてくれる!」
 真山が強烈なヘッドロックを繰り出してきた。なんとなくだけど、普通に喜んだときは左腕で、とても喜んだときは右腕で、真山はヘッドロックをする気がする。でもそれだと、今日のように真山が自然と僕の左に並んだときは、とても喜ぶことを事前に知ってたって事になる。う~ん、どうなのかなあ。
 なんて比較的長い時間を思索に費やすことができたのは、真山がヘッドロックをとかず、僕とグルグル回り始めたからだ。それが楽しくて、回転軸が僕の左足になる場面と、真山の右足になる場面を、僕は交互に作った。真山もすぐ歩調を合わせたので、僕らの回転は間を置かず、ぐるぐるからクルクルに変わる。二人でひとしきり笑いあい、僕らは歩みを再開した。
「このままだと寮に着いてしまうよ。眠留、ここで話していい?」
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