僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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八章

僕らが望んだ未来

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 キーンコーンカーンコーン
 一限終了のチャイムが教室に響く。
 と当時に、膨れきっていた皆の期待が爆発した。
「よっしゃ――!」
「とうとう始まるね!」
「この衣装、わたし早く着たかったの!」
「どわあ、女の子たちのそろいの衣装、俺も早く見て~~」
「あら、この前の事前審査で、これを着てみんなで踊ったじゃない」
「だってあの時は緊張して、衣装に目をやる余裕が無かったんだよ」
「そうそう無かった無かった。だから俺、楽しみで仕方ないな」
「「うわあ、男子のエッチ!」」
 みたいな感じで、チャイムが鳴り始めるなり教室は大騒ぎになった。それはお隣の九組も同じだったらしく、後ろ側の壁から九組の喧噪がビシビシ伝わって来ていた。体育祭の人探し競争で一緒になったからか、九組と十組はとても仲が良い。僕が隣のクラスの友人達を次々思い出しているように、あいつらも十組の喧騒から、僕のことを思い出しているのかもしれないな。なんて事を高鳴る胸で考えていた僕に、お隣さんが問いかけてきた。
「ねえ眠留くん、眠留くんも私の衣装に、目をやる余裕がなかった?」
 訊きづらいことを勇気を出して訊いてみました、という本心を懸命に押し隠す輝夜さんへ、僕は努めて冷静に答えた。
「ううん、そんな事ない。緊張してたけど、僕はあの日の輝夜さんをしっかり思い出せるよ」
 女の子たちにエッチ宣告された男子とは違うことを証明したい気持ちもあったがそれ以上に、このかけがえのない女性を安心させるため、あの日の記憶を僕は呼び覚ましてゆく。事前審査以来それこそ無数に回想し、そのつど幸せにさせて貰っていたから、輝夜さんの衣装を思い出せると僕は信じ切っていた。だが、それは間違いだった。宝石のように煌めく大きなアーモンド形の目、上気し初々しさを増した頬、ターンでふわりと舞うサラサラの髪、真っ白い華奢な手、そして心をとろかすその手の柔らかさ。改めて回想すると頭を駆け巡るのはそれらばかりで、衣装は一向に現れてくれなかったのである。唯一確認できたのはベストの胸元のみで、しかも克明に覚えているのはその盛り上がり具合だけだったから、羞恥に顔が染まってゆくのを僕ははっきり感じた。
 そんな真っ赤な耳に、輝夜さんの微かな声が届いた。
「眠留くんのエッチ」
 死刑宣告に等しいその一言に、僕はうなだれるしかなかったのだった。

「まあまあ輝夜、男の子はそんなものだから、大目に見てあげて」
 昴はそう言って、僕の背中を盛大にひっぱたいた。昴が会話しているのは輝夜さんだから、輝夜さんの肩に手を添える等々が普通なのだろうに、昴は僕の背中をぶっ叩いたのである。けどそれは音の大きさに反し痛みの殆どない、聞く者を陽気にさせる叩き方だったから、そこに込められた昴の意図を察し、僕は大げさによろめいて頭を掻いた。その大根芝居に女の子たちはコロコロ笑い、野郎共はゲラゲラ笑って、その話題はめでたく終了となった。幼馴染に胸中感謝し、僕は皆と一緒に道を歩いて行った。
 僕らが今いるのは、グラウンドの東側道路。教育AIがタイミングを計りクラスごとに出発を促してくれたので、総勢八百四十人の一年生は滞りなく、かつ楽しみながらホールに向かっていた。その途中、小学六年時の女性担任教師の小言がなぜか耳に蘇り、小学校の方角へ何気なく目をやった。すると、同じ方角を黙って見つめている北斗が目に入った。その瞬間、
 ビキ――ン!
 ある解答が心を串刺しにした。それは二週間前、HAIから出された宿題の解答だった。たい焼きキッシュを昴の家で振る舞われた二週間前のあの日、僕はHAIに宿題を出された。それ以降、どんなに頭を捻っても解答の候補すら挙げられなかったのに、心の傷の深さを窺わせる北斗の眼差しに気づいたとたん、解答としか思えない閃きが脳を貫いたのである。しかもその内容はショッキングと言うほか無く、僕は呆然と学校の方角を見つめていた。そんな僕の耳朶を、
「どうしたのあんたたち、そろって同じ方を見て」
 昴の声が震わせた。一体何を見ているのかしらといった素振りで、昴も同じ方角へ顔を向ける。だがそれは演技でしかなく、昴の瞳も深い苦悩に揺れている事をひしひしと感じた僕は、三人で過ごした小学校の日々を思い出していた。
 
 言及するまでもなく小学校時代の北斗と昴は、学校を代表する人気者だった。人格も能力も容姿も一般平均からあまりに隔絶した二人へ、僕らは絶対的な信頼と好意を捧げていた。
 だがそれは子供のみの現象であり、大人たちは違った。学校にいる大人、つまり教師達にとって、好ましい生徒は昴だけだった。北斗に好意を抱く教師は、皆無に近かったのである。
 もちろんそれは北斗が問題児だったからではない。授業を妨害したり学校の備品を壊したり陰でイジメをしていた等々のことを、北斗は一度もしていない。むしろその逆で、北斗がいると授業は楽しくなり、みんな自ずと備品を大切に扱うようになり、イジメはいつの間にか消えていた。声高に説かずとも言葉巧みに誘導せずとも、北斗がいるだけで僕らは学校生活を楽しめていた。北斗はそんな、カリスマ性に溢れる存在だったのである。
 なのになぜ、教師達は北斗へ好意を寄せなかったのか。その理由は、六年時の担任教師が北斗の親に洩らした言葉に集約されているだろう。担任教師は言った。「生徒達は私たち教師より、北斗君を信頼しているんですよ」と。
 実際、その通りだった。僕らは教師より、北斗を信頼していた。大人と呼ばれる年齢に達している教師達は、小学生の数十倍から数百倍の人生経験を積んでいるのだろう。一般的に教師は、並の小学生では太刀打ちできない存在のだろう。だが、北斗は並ではない。そして僕らの小学校の教師達は、並だった。大人というアドバンテージがあるから子供の上位にいるだけで、大人としては並でしかなかった。いや正直言うと、並以下だったと思う。人は上位者と過ごせば、より成長した自分になるための努力をするが、下位者に囲まれていても同様の努力をできる人は少ない。それができるのは、限られた少数の人達だけなのである。そしてあの教師達は、その少数に該当しなかった。教師生活であの人達が身に付けた最たるものは、下位者の子供を騙すことだった。教師として間違った判断をしても、それを子供達に気づかせないよう、嘘を付くことだった。人生経験の乏しい子供達は、心の奥底でおかしいと思いつつも、あの人達の誘導に見事引っかかった。賢い生徒も、あの人達の嘘に付きあってあげるしかなかった。だが北斗は違った。北斗にそんな誤魔化しは一切通用しなかった。よってあの人達は、北斗を苦々しく思った。あからさまにそれを態度に出す人達すらいた。そんな人達へ歩み寄るのは、いつも北斗だった。大人としての立場を配慮し、面子を立ててやるのは北斗の方だった。それに気づかずふんぞり返る同僚の轍は踏むまいと、比較的優秀な教師は努力したが、それは生徒の前で自分の至らなさを認める行為だったため、努力の実った教師はいなかった。北斗とは真逆の人生を長期間生きてきた人達が、それを己に課し続けてきた北斗に、短期間で勝てる訳がない。あの人達はそれを、北斗に教えられたのである。
 という北斗と教師達の関係を、学年が上がるにつれ僕らは明瞭に知覚できるようになって行った。それどころか大半の男子生徒は、北斗の高潔さへの理解度を、自分の成長の尺度にしていたほどだった。潔さを何より尊ぶ現代の少年にとって、北斗はそういう存在だったのである。
 そんな僕ら男子を、昴は間接的に助けてくれた。好ましい生徒を演じて、教師達のストレスを軽減してくれた。それがなかったら教師達は結託し、北斗を潰しにかかっただろう。北斗が僕らの学校に転校してきた理由が事実それであり、それが北斗をどれほど傷つけたかを知っていた昴は、率先して犠牲になったのである。同級生全員が二人の事情を知っていたことも、二人が絶対的に崇拝されていた理由だった。
 そして今、クリスマス仮装会が開かれる多目的ホールへ向かいながら、僕は先ほど得た解答を再考した。考えれば考えるほど、正しいという確信が強まっていった。
 ――長期間に渡る無数の想いを、深さとして振り返るのは、人もAIも同じだったんだ。
 その気持ちのまま、僕は北斗の肩に腕を回した。
「さあ行こう、僕らが望んだ未来へ」
 北斗は珍しく照れた。
 それが可愛く、そして底抜けに嬉しかった僕は、北斗をヘッドロックした。昴もきっと、同じ気持ちだったと思う。頭を固定され身動きできなくなった北斗の脇腹を、昴はくすぐりまくっていた。
 そんな僕らへ、級友達はやんやの歓声をあげた。十二月中旬の、寒さが増すごとに透明感の際立ってゆく空を見あげながら、僕は胸の中でHAIに語りかけた。
「たとえAIが造った社会だとしても、そしてそれを罪深く感じていたとしても、僕はこの新しい社会が大好きだよ、HAI」と。
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