僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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八章

身をもって学ぶ

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「お兄ちゃん、それは秘密にしないといけない話なの?」
 美鈴の助け舟が入った。続いて美鈴は僕だけに見えるよう、「水晶」と唇を動かす。僕は頷き、そして目頭を熱くした。なぜなら美鈴は、輝夜さんと昴の後悔が少なくなることを第一に考え、行動してくれたからである。
 多分としか言えないが輝夜さんと昴は、僕が水晶について隠し立てをしていると、無意識下でのみ感じている。意識の表層には、まだ至っていないのだ。
 しかし二人が三白眼などという恐ろしい眼差しになっている事から、美鈴は僕の隠し立てを水晶絡みと確信した。よって「翔人は同朋にも明かせぬ秘密を持つ」という事実のみを、美鈴は二人に思い出させようとした。そうしないと、水晶に心酔している二人は隠し事の真相に遠からず気づくはずで、気づいたとたん二人の強硬姿勢は更に強まり、そして強まった分だけ二人はその後、自分の振る舞いを悔やんでしまうからだ。
 然るに美鈴は、その未来を二人から取り除くことを第一に考えてくれた。その優しさに、目頭が益々熱くなってゆく。僕は何もかも忘れて、妹がこうも優しく育ってくれたことに視界を霞ませていた。そこへ、
「ごめんね眠留、私は思慮足らずでした」
「うん、眠留くんごめんなさい」
 二人の謝罪が入った。いいっていいってと両手をブンブン振る僕にもう一度頭を下げたのち、二人は美鈴に向き直り、ありがとうと謝意を述べた。どういたしましてと美鈴は顔をほころばせ、その笑顔に二人も笑みをこぼす。そして三人は瞬く間に、いつもの仲良し三人娘に戻って行った。
 テーブル越しのその光景に、僕は思いを新たにした。
 魔邸との戦闘シミュレーションは、やはり美鈴も加えて行うべきなのだ、と。

「行ってきます」
「お兄ちゃん行ってらっしゃい」
 午前七時二十分。
 美鈴に見送られ、いつも通り一人神社を後にした。
 クリスマス会当日に一人で登校する理由は、開催時間にある。クリスマス会が開かれるのは、午前十時から午後三時まで。体育祭や文化祭と違い、HRを前倒しして始めるのではないのだ。クリスマス会ではなく「ダンスパーティー」を開催する六年生だけはHRもソコソコにホールへ繰り出すそうだが、一年生はHR後に授業の枠が一時間設けられている。僕ら十組は衣装も余興も数日前にすべて完了させていたので、その時間をロングHRにして準備の追い込みをする必要はなかったが、それをせねばならない組が幾つかあったらしい。そして声を潜めて噂される処によると、それらの組は、自分達のことを大層恥じているそうだ。クリスマス会は文化祭より準備が格段に楽なのは、誰もが認める事実。それが「まだ焦る必要はない」という油断を産んだことに、恥じ入っているそうなのである。当日の朝になっても準備を終えていない組が出るのは一年生のみの現象なのも、それに拍車をかけているんじゃないかなと僕は感じた。
 いや違う、自分に嘘を付くのは止めよう。湖校秘密情報部一年長と囁かれている真山に、僕は教えてもらっていたのである。夏休み明け、僕に関する噂を盛んにしていた組が、そうなったという事実を。
 夏休み中、陸上部とサッカー部にお邪魔させてもらった僕は、二つの部に大勢の友人を得た。そして休み明け、友人達は皆、僕の噂を止めるようクラスメイトに働きかけてくれた。大概の組はそれを聞き入れたが、それを一蹴した組も幾つかあり、その組の友人達は微妙な立場に立たされる事となった。幸い噂は一日で収束したため直接の被害は出なかったらしいが、友人達はため息交じりに打ち明けてくれた。「あの日以降、クラスメイトをとことん信じることが、できなくなった」と。
 それでも文化祭は何とか乗り切っていた。北斗はそれを、単なる幸運とした。今年の一年生文化祭は全クラスが自分達の教室を展示会場にしたから、その組の人達も周囲の雰囲気に流されただけだと北斗は断言した。後期委員と太いパイプを構築している北斗には、それがはっきり見えたのである。そういう組はクリスマス会で恥をかく例が多いと議事録に記載されており、後期委員達は陰ながら助力したが、表だった助力が成されることはなかった。なぜなら議事録には、こうも書かれていたからだ。「身をもって学ぶ以外に、その人達が己の現状を知ることは無い」と。
 クリスマス会は文化祭と異なり、自分で自分の準備をする比率が非常に高い。余興に関わらない生徒は特にそうで、ダンス用の衣装を3Dプリンターで作り、AIからダンスを習えば、それで準備は完了したも同然だった。しかしだからこそ、その生徒の人となりが如実に出る。自己管理能力と責任感の質が、衣装とダンスの精度として、あからさまに出てしまうのだ。それを、つまり己の現状を白日のもとに晒す授業として、研究学校はクリスマス会を開くのだろうと北斗は述べていた。
 当日の朝までに準備を終えられなかったくだんの数組は、教育AIによるフォークダンスの事前審査で極めて低い評価を得た。余興も、同程度のレベルでしかなかった。たった七分しかないのだから手抜きでいいだろうという空気に、クラス全体が覆われていたのだ。文化祭と違い、クリスマス会に各組の順位付けは無い。だがその代わり、ダンスと余興がお粗末すぎるクラスはクリスマス会をしらけさせるため、最悪の場合、参加資格を剥奪される決まりになっていた。もちろんそんな例はかつて一度もなかったが、それでも三日前の事前審査で落第点を得て綱渡りの三日間を過ごす組が、一年生に限り毎年数組あると伝えられていた。
「一年時のクリスマス会はある意味、罠だと俺は考えている。学校生活に馴れ、水面下で生じていた怠慢を露呈させる罠として、クリスマス会は時期としてもイベントの性質としても最適だからだ。ガキの時分にこの罠を乗り越えられんようでは、世界に通用する専門家になど、到底なれんからな」 
 余興に北斗案が採用された日の夜、北斗はこのメールを昼食会のメンバーに送った。本人には話していないが北斗はこのメールを、僕のために作ってくれたのだと僕は考えている。なぜならこれが無かったら僕は今、こう唾棄していたはずだからだ。
 ザマア見ろ、と。
 実技棟へ向かう道すがら、教育AIの最後の審査に向け必死でダンスと余興の練習をする某組の気配を背中に感じた僕は、それを置き去りにして歩を進めたのだった。
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