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八章
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実を言うと、僕らの余興が平安妖怪退治なのは、学内ネットのクリスマス会HPに半月前から記載されている事だった。各組がどんな出し物をするかは最も人気のある話題だったので、「十組は平安時代の妖怪退治の劇をする」というのは、広く知れ渡った情報だった。しかし北斗は、だからこそ昔の3D街並みと天井の2D画像が必要だと主張した。この二つは、観客の陽動に不可欠な演出だと、彼は説いたのである。
中途半端な情報を得ただけなのに自分はそれを知っていると勘違いする人ほど、陽動に引っかかりやすい。平安妖怪退治というたった六文字の情報に、昔の街並みと2D画像が合致しただけで、その後の「解説を伴わない舞台進行」も事前に知っていたかのようにその人達は錯覚する。それがこの劇の基本方針であるという陽動に、ハマってしまうのだ。まったくもって北斗は策略家、もとい陽動の大家なのである。だから、
「「「・・・・・」」」
3D幟を背負い登場した桃太郎に、観客は唖然。それを無視し、
「ヤッホー、どーもどーも」
桃太郎が手を振りつつ舞台中央まで歩いて来たものだから、
「「「ギャハハハ~~~!!!」」」
そのあまりのギャップにホールは爆笑の坩堝と化した。桃太郎の軽さが光るのは牛若丸と弁慶のシリアス路線のお陰なのだと、総監督の北斗は説明していた。
「鬼退治と言えば桃太郎、日本一の我に、いざお任せあれ~~」
派手な衣装を存分にたなびかせ、かつ同じくらい派手な犬と雉と猿を従えて、桃太郎は大見得を切る。そんな桃太郎一行を、マヌケ顔で眺めているだけの演技を強いられている僕は、心の中で懇願していた。「頼む、頼むから猛、その辺でどうか許してくれ~~」
そう、今までのシリアス路線を吹き飛ばし登場した桃太郎は、いや僕らの窮地を救うべく駆けつけた桃太郎こそは、龍蔵寺猛。
ひょうきん者と古武士の風格を併せ持つ猛にとって、日本一の桃太郎は、まさに打って付けの役なのである。
そんな猛へ、
ウガ――ッッ
僕と同じ演技を強制されていた鬼達が襲い掛かる。やってられるかコノヤロウという気持ちがしっかり伝わってくる鬼達の3D映像を作り上げた昴へ、僕は観客に分からぬようこっそり手を叩いた。その鬼を、
ズバンッ
重厚な太刀さばきで桃太郎は一刀のもと斬り伏せる。一振り一振りに重みのあるその剣技に、
「「「オオ~~!!」」」
観客達は驚きと感嘆の交ざった声を上げた。
僕の戦闘は、素早さと身軽さを重視したものだった。京馬もスピード感溢れる大技を披露したし、烏天狗四天王もそうだった。それゆえ、「ストーリーはシリアスでも戦闘は軽やか」という印象を観客達は抱いていた。そこへ、雰囲気は軽くとも重みのある太刀を振るう桃太郎が現れたのである。脚を大きく開き、腰をどっしり据えて鬼を葬ってゆく猛の戦闘スタイルは新鮮で、何より頼もしかった。桃太郎一行の参戦で形勢が逆転し鬼を押しまくってゆく僕らへ、ホールは沸きに沸いた。だが、
キシャ―――ッ
再度発せられる鵺の咆哮。
明らかな嘲笑をそこに感じ取り、観客席は静まり返った。その静寂の中、
ドロドロ・・・
上空の鵺が鬼達へ黒い粘液を垂らす。すると残り五体となっていた鬼達が一か所に集まり、巨大なゲル状妖魔へと変身した。妖魔の体から十本の触手が蠢き出でて僕らを襲う。粘液を滴らせた触手は、刀や槍の攻撃をまったく受け付けなかった。よって僕らは刀身に光を集め、それを素早く振り抜き妖魔へ光の刃を放つ。だがあろうことか妖魔は粘度の高い体でそれを受け止め、吸収し、そして衝撃波として周囲へ放った。不意打ちの全体攻撃をくらい僕らは戦闘不能に陥る。触手の先端を鋭利な爪に変え、妖魔はそれを僕ら一人一人へ向ける。そしてそれを繰り出そうとしたまさにその瞬間、
ヒュ~~~
冷気が妖魔へ吹き付けられた。刃による攻撃を一切受け付けなかったゲル状妖魔も冷気には耐えられなかったと見え、粘液をみるみる凍り付かせてゆく。十本の触手が曲がりくねった氷柱となり、そして地へ落ち砕け散ったところで、堪りかねた妖魔は後方へ逃れ戦線を離脱。戦闘不能から立ち直った僕らは、新たに現れた助っ人の元へ一斉に駆け寄る。そこにいたのは、
「陰陽師、安倍晴明」
と空中に墨で大書した、安倍晴明だった。
「「「キャ―――ッッ!!」」」
黄色い歓声一色にホールが染まる。しかし晴明はその歓声と、集まって来た僕らへ一つ頷いただけで、厳粛に歩を進め一人前へ出た。皆の視線が晴明に集まる。それを受け晴明は右手を高々と掲げ、指で天を指し示した。どんな凄いことが始まるのかと、晴明ただ一人を除いた全員が上空へ目をやる。歓声が止み静寂が訪れた。とそこへ、
ピンポ~ン♪
何とも場違いな電子音が流れる。それだけで気の早い連中はズッコケていたが、続いて映し出された可愛らしい書体の文字を、大半の生徒は目を丸くして見つめていた。そこには、
「この物語はフィクションです。登場人物の時代考証等は、ご遠慮ください」
そう、書かれていた。
晴明がゆっくり腕を下ろす。皆の注目が再び晴明へ集まる。一年生全員の視線とホールを覆う静寂を一身に受けた晴明は、それまでの厳粛な表情を一変させ手で頭を掻き、
「にぱっ」
と笑った。
完璧な防音処置が施されているはずなのに、ホールと並んで建つ中央図書館にいた全生徒が、その時はっきり耳にしたと言う。
隣のホールから聞こえてくる、大爆笑を。
九日前の、土曜日。
新忍道サークルの、射撃練習中。
背後からピンポン玉を放ってくる北斗へ、京馬が顔を前に向けたまま尋ねた。
「なあ北斗、お前は余興の初会合で眠留以外の配役を決めてないって言ってたが、あれ嘘だよな」
俺は家族の中で一番出来が悪いと言いつつも、一般平均からしたら頭抜けて運動能力の高い京馬は、サークルが発足してからの七か月で射撃の腕を凄まじくあげた。夏休み以降、一年生トリオの射撃担当になってからは取り分けそうで、今では二番目に難度の高い射撃モードを毎回クリアするまでになっている。静止した状態で標的を撃つだけなら、京馬より高得点を出す同級生は大勢いるだろう。だが、3メートル後方にいる二人からピンポン玉を次々放たれ、それを躱しつつ動き回る標的を撃ち抜いてゆくとなると、京馬レベルの同級生は全国に三人しかいないと公式AIは話していた。北斗へ問いかけている最中、僕も京馬の背中へピンポン玉を放ったが、彼はバランスを毛ほども崩さずそれをヒラリと躱した。パチンコのゴムが縮む音とピンポン玉が風を切る音、この二つの音を頼りにするだけでは不可能なことをやってのける京馬に、言葉を交わしながらの射撃訓練は実戦でこそ役立つことを思い出した僕は、そのままピンポン役を続けた。北斗も、きっと同じ結論に至ったのだろう。
「なぜそう思ったんだ」
パチンコの狙いを定めながら北斗は問うた。そして、京馬がそれに答えるタイミングを計り北斗はピンポン玉を放つ。僕は舌を巻いた。会話の出だしを狙われたにもかかわらず、京馬は微塵も動じずそれを躱し、かつ自然な受け答えをしたからである。
「だってよう、眠留の後を引き継ぐのは俺が適任だし、重い太刀を振るうのは猛が適任だし、最後を飾る伝説の美男子も真山で決まりだ。それに何より」
高速で跳ねまわる二つの3Dボールを、最も狙いやすい放物線の頂点と、最も狙いにくい地面に着地した瞬間でそれぞれ破壊したのち、この卓越した射手は本命の言葉を北斗へ射た。
「四番目に出てくる安倍晴明、あれは長年の夢だった魔法戦を実現する手段として、自分がやってみたかった事をそのまま台本に書いたんだよな、北斗」と。
あれから九日が過ぎた、今。
安倍晴明の魔法戦を見つつ、僕は京馬の言葉をありありと思い出していた。なぜなら眼前で繰り広げられる光景が、京馬の指摘そのままだったからだ。
北斗が先ずしたのは、五つの蜃気楼を左右に呼び出すことだった。そして袂から取り出した式神を魔法で真っ赤に燃え上がらせ、蜃気楼の一つへ放つ。すると蜃気楼の中に見え隠れしていた人の姿が明瞭になり、赤い装束を纏う陰陽師となった。その陰陽師が、粘液を変化させこちらに近づいて来ていた妖魔へ炎を飛ばす。北斗の冷気に対抗し、対寒性の高い粘液で体を覆っていたことが裏目に出て、妖魔は燃え上がった。しかしそれでも、妖魔はじりじりと間合いを詰めて来る。北斗は二つ目の式神を緑に染め蜃気楼へ放ち、風の使い手たる陰陽師を具現化させた。風の陰陽師が妖魔のすぐ上に竜巻を作り、大気を竜巻に吸い込ませる。それが大量の酸素を供給したため、妖魔を包む炎は獄炎と化した。妖魔はのたうち、再度粘液を変化させ炎を消火するも、それは最初の粘液と同じだったので、青の陰陽師による冷気でたちまち凍らされてしまう。その凍り付いた粘液を茶色の陰陽師が岩石攻撃で打ち砕き、妖魔の本体を露出させた。そこを、
ピカッッッ
黄色の陰陽師の雷が貫く。
本体へ直接打ち込まれる幾本もの雷に、妖魔の意識が刈り取られた。
その隙に五角形の包囲陣を完成させた陰陽師へ、北斗が霊気を放つ。五色の陰陽師が輝く光の線で次々結ばれてゆく。そして――
大地に巨大な五芒星が出現した。
妖魔は意識を取り戻すも、五芒星の結界に阻まれ外へ逃れることができない。北斗の周囲に巨大な霊気が立ち昇る。その霊気を一気に放出し、
滅!
北斗の言霊のもと、妖魔は無数の光の粒と化し、夜空へ消えて行った。
「「「ウオオ―――ッッッ!!!」」」
応援、驚愕、感嘆、それら全てを忘れただただ北斗の魔法戦に見入っていた僕らは、声にならない雄叫びを上げたのだった。
京馬は北斗へ「自分がやってみたかった事をそのまま台本に書いたんだろ」と言ったが、それはもちろん言葉の綾。派手に魔法をぶっ放したのは、むしろ五色の陰陽師だったと言えよう。
一分半という北斗班の持ち時間の中で、五色の陰陽師を担当した班員達は、それぞれが趣向を凝らしたポーズを決めて魔法をぶっ放していた。今は3D全盛の時代ゆえ、北斗班の戦いを北斗のワンマンショーにするのは容易い。だが北斗はそれをせず、班員の一人一人に見せ場を設ける台本を、きっちり書いたのである。
またその心意気は、陰陽五行説を逸脱する魔法戦を生み出した。陰陽師を現代風に表現するなら、陰陽五行説を専門とする国家公務員になるだろう。五行とは宇宙の万物を成す五つの元素、火、水、土、木、金を指すため、本来ならこの五つで戦うべきなのだろうが、北斗はそれにこだわらなかった。火と水は同じでも他の三つを風、岩、そして電気に変え、分かりやすい魔法を班員が使えるよう工夫したのだ。全国レベルの能力を含む多種多様な才能に恵まれた北斗の、その最たるものは「リーダーの資質」であることを、今回の魔法戦で僕は再確認したのだった。
その北斗のもとへ仲間達が集う。己の役目をまっとうした十六人の強者は肩を組み、勝ちどきを上げようとした。が、
バリバリバリッ
何かを引き裂く巨大な音が鼓膜を打った。僕らは臨戦態勢を取り空を見上げる。空間そのものが悲鳴をあげているかのようなその音は、まさしくその通りの現象によって引き起こされていた。星の瞬く夜空がずたずたに引き裂かれ、空間に漆黒の傷が刻まれていた。その傷を押し広げ、漆黒の中にあってさえ尚暗い暗黒の鎧が降臨し、鵺を包む。そしてその鎧の表面を、ゲル状妖魔の亡骸である光の粒が覆った。僕らは悟る。あの暗黒の鎧は刃の攻撃を阻み、そして表面を覆う光の粒は、魔法攻撃を無効化するのだと。
それでも僕らは勇気を振り絞り駆ける。地上に降り立った鵺へ僕らは突撃する。だが予期したとおり、鵺は十六人の全力攻撃をことごとく跳ね返した。鵺に追い詰められ、僕らの命は風前の灯火となった。そこへ、
チャン チャラララララ ラン
妙なる琴の音が響いた。それだけでピンと来るも、同じ旋律が繰り返された後の笛の音が、それを決定的なものへ変えた。
それは、雅楽だった。
しかもお正月に日本中で流れる、定番中の定番の雅楽だった。
観客席がどっと沸いた。一足早いとはいえクリスマス会を開いている僕らにとって、お正月は半月足らずでやって来る、日本で最も目出度い行事。その定番曲が流れたのだから、心配は何もない。僕ら一年生は皆、そう確信したのだ。
その確信を光に変え、美男子が舞い降りる。暗黒の鎧をまとう鵺とは真逆の、燦然と輝く伝説の貴公子が皆の前に降臨する。
それは綺羅に身を包む、光源氏その人だった。
中途半端な情報を得ただけなのに自分はそれを知っていると勘違いする人ほど、陽動に引っかかりやすい。平安妖怪退治というたった六文字の情報に、昔の街並みと2D画像が合致しただけで、その後の「解説を伴わない舞台進行」も事前に知っていたかのようにその人達は錯覚する。それがこの劇の基本方針であるという陽動に、ハマってしまうのだ。まったくもって北斗は策略家、もとい陽動の大家なのである。だから、
「「「・・・・・」」」
3D幟を背負い登場した桃太郎に、観客は唖然。それを無視し、
「ヤッホー、どーもどーも」
桃太郎が手を振りつつ舞台中央まで歩いて来たものだから、
「「「ギャハハハ~~~!!!」」」
そのあまりのギャップにホールは爆笑の坩堝と化した。桃太郎の軽さが光るのは牛若丸と弁慶のシリアス路線のお陰なのだと、総監督の北斗は説明していた。
「鬼退治と言えば桃太郎、日本一の我に、いざお任せあれ~~」
派手な衣装を存分にたなびかせ、かつ同じくらい派手な犬と雉と猿を従えて、桃太郎は大見得を切る。そんな桃太郎一行を、マヌケ顔で眺めているだけの演技を強いられている僕は、心の中で懇願していた。「頼む、頼むから猛、その辺でどうか許してくれ~~」
そう、今までのシリアス路線を吹き飛ばし登場した桃太郎は、いや僕らの窮地を救うべく駆けつけた桃太郎こそは、龍蔵寺猛。
ひょうきん者と古武士の風格を併せ持つ猛にとって、日本一の桃太郎は、まさに打って付けの役なのである。
そんな猛へ、
ウガ――ッッ
僕と同じ演技を強制されていた鬼達が襲い掛かる。やってられるかコノヤロウという気持ちがしっかり伝わってくる鬼達の3D映像を作り上げた昴へ、僕は観客に分からぬようこっそり手を叩いた。その鬼を、
ズバンッ
重厚な太刀さばきで桃太郎は一刀のもと斬り伏せる。一振り一振りに重みのあるその剣技に、
「「「オオ~~!!」」」
観客達は驚きと感嘆の交ざった声を上げた。
僕の戦闘は、素早さと身軽さを重視したものだった。京馬もスピード感溢れる大技を披露したし、烏天狗四天王もそうだった。それゆえ、「ストーリーはシリアスでも戦闘は軽やか」という印象を観客達は抱いていた。そこへ、雰囲気は軽くとも重みのある太刀を振るう桃太郎が現れたのである。脚を大きく開き、腰をどっしり据えて鬼を葬ってゆく猛の戦闘スタイルは新鮮で、何より頼もしかった。桃太郎一行の参戦で形勢が逆転し鬼を押しまくってゆく僕らへ、ホールは沸きに沸いた。だが、
キシャ―――ッ
再度発せられる鵺の咆哮。
明らかな嘲笑をそこに感じ取り、観客席は静まり返った。その静寂の中、
ドロドロ・・・
上空の鵺が鬼達へ黒い粘液を垂らす。すると残り五体となっていた鬼達が一か所に集まり、巨大なゲル状妖魔へと変身した。妖魔の体から十本の触手が蠢き出でて僕らを襲う。粘液を滴らせた触手は、刀や槍の攻撃をまったく受け付けなかった。よって僕らは刀身に光を集め、それを素早く振り抜き妖魔へ光の刃を放つ。だがあろうことか妖魔は粘度の高い体でそれを受け止め、吸収し、そして衝撃波として周囲へ放った。不意打ちの全体攻撃をくらい僕らは戦闘不能に陥る。触手の先端を鋭利な爪に変え、妖魔はそれを僕ら一人一人へ向ける。そしてそれを繰り出そうとしたまさにその瞬間、
ヒュ~~~
冷気が妖魔へ吹き付けられた。刃による攻撃を一切受け付けなかったゲル状妖魔も冷気には耐えられなかったと見え、粘液をみるみる凍り付かせてゆく。十本の触手が曲がりくねった氷柱となり、そして地へ落ち砕け散ったところで、堪りかねた妖魔は後方へ逃れ戦線を離脱。戦闘不能から立ち直った僕らは、新たに現れた助っ人の元へ一斉に駆け寄る。そこにいたのは、
「陰陽師、安倍晴明」
と空中に墨で大書した、安倍晴明だった。
「「「キャ―――ッッ!!」」」
黄色い歓声一色にホールが染まる。しかし晴明はその歓声と、集まって来た僕らへ一つ頷いただけで、厳粛に歩を進め一人前へ出た。皆の視線が晴明に集まる。それを受け晴明は右手を高々と掲げ、指で天を指し示した。どんな凄いことが始まるのかと、晴明ただ一人を除いた全員が上空へ目をやる。歓声が止み静寂が訪れた。とそこへ、
ピンポ~ン♪
何とも場違いな電子音が流れる。それだけで気の早い連中はズッコケていたが、続いて映し出された可愛らしい書体の文字を、大半の生徒は目を丸くして見つめていた。そこには、
「この物語はフィクションです。登場人物の時代考証等は、ご遠慮ください」
そう、書かれていた。
晴明がゆっくり腕を下ろす。皆の注目が再び晴明へ集まる。一年生全員の視線とホールを覆う静寂を一身に受けた晴明は、それまでの厳粛な表情を一変させ手で頭を掻き、
「にぱっ」
と笑った。
完璧な防音処置が施されているはずなのに、ホールと並んで建つ中央図書館にいた全生徒が、その時はっきり耳にしたと言う。
隣のホールから聞こえてくる、大爆笑を。
九日前の、土曜日。
新忍道サークルの、射撃練習中。
背後からピンポン玉を放ってくる北斗へ、京馬が顔を前に向けたまま尋ねた。
「なあ北斗、お前は余興の初会合で眠留以外の配役を決めてないって言ってたが、あれ嘘だよな」
俺は家族の中で一番出来が悪いと言いつつも、一般平均からしたら頭抜けて運動能力の高い京馬は、サークルが発足してからの七か月で射撃の腕を凄まじくあげた。夏休み以降、一年生トリオの射撃担当になってからは取り分けそうで、今では二番目に難度の高い射撃モードを毎回クリアするまでになっている。静止した状態で標的を撃つだけなら、京馬より高得点を出す同級生は大勢いるだろう。だが、3メートル後方にいる二人からピンポン玉を次々放たれ、それを躱しつつ動き回る標的を撃ち抜いてゆくとなると、京馬レベルの同級生は全国に三人しかいないと公式AIは話していた。北斗へ問いかけている最中、僕も京馬の背中へピンポン玉を放ったが、彼はバランスを毛ほども崩さずそれをヒラリと躱した。パチンコのゴムが縮む音とピンポン玉が風を切る音、この二つの音を頼りにするだけでは不可能なことをやってのける京馬に、言葉を交わしながらの射撃訓練は実戦でこそ役立つことを思い出した僕は、そのままピンポン役を続けた。北斗も、きっと同じ結論に至ったのだろう。
「なぜそう思ったんだ」
パチンコの狙いを定めながら北斗は問うた。そして、京馬がそれに答えるタイミングを計り北斗はピンポン玉を放つ。僕は舌を巻いた。会話の出だしを狙われたにもかかわらず、京馬は微塵も動じずそれを躱し、かつ自然な受け答えをしたからである。
「だってよう、眠留の後を引き継ぐのは俺が適任だし、重い太刀を振るうのは猛が適任だし、最後を飾る伝説の美男子も真山で決まりだ。それに何より」
高速で跳ねまわる二つの3Dボールを、最も狙いやすい放物線の頂点と、最も狙いにくい地面に着地した瞬間でそれぞれ破壊したのち、この卓越した射手は本命の言葉を北斗へ射た。
「四番目に出てくる安倍晴明、あれは長年の夢だった魔法戦を実現する手段として、自分がやってみたかった事をそのまま台本に書いたんだよな、北斗」と。
あれから九日が過ぎた、今。
安倍晴明の魔法戦を見つつ、僕は京馬の言葉をありありと思い出していた。なぜなら眼前で繰り広げられる光景が、京馬の指摘そのままだったからだ。
北斗が先ずしたのは、五つの蜃気楼を左右に呼び出すことだった。そして袂から取り出した式神を魔法で真っ赤に燃え上がらせ、蜃気楼の一つへ放つ。すると蜃気楼の中に見え隠れしていた人の姿が明瞭になり、赤い装束を纏う陰陽師となった。その陰陽師が、粘液を変化させこちらに近づいて来ていた妖魔へ炎を飛ばす。北斗の冷気に対抗し、対寒性の高い粘液で体を覆っていたことが裏目に出て、妖魔は燃え上がった。しかしそれでも、妖魔はじりじりと間合いを詰めて来る。北斗は二つ目の式神を緑に染め蜃気楼へ放ち、風の使い手たる陰陽師を具現化させた。風の陰陽師が妖魔のすぐ上に竜巻を作り、大気を竜巻に吸い込ませる。それが大量の酸素を供給したため、妖魔を包む炎は獄炎と化した。妖魔はのたうち、再度粘液を変化させ炎を消火するも、それは最初の粘液と同じだったので、青の陰陽師による冷気でたちまち凍らされてしまう。その凍り付いた粘液を茶色の陰陽師が岩石攻撃で打ち砕き、妖魔の本体を露出させた。そこを、
ピカッッッ
黄色の陰陽師の雷が貫く。
本体へ直接打ち込まれる幾本もの雷に、妖魔の意識が刈り取られた。
その隙に五角形の包囲陣を完成させた陰陽師へ、北斗が霊気を放つ。五色の陰陽師が輝く光の線で次々結ばれてゆく。そして――
大地に巨大な五芒星が出現した。
妖魔は意識を取り戻すも、五芒星の結界に阻まれ外へ逃れることができない。北斗の周囲に巨大な霊気が立ち昇る。その霊気を一気に放出し、
滅!
北斗の言霊のもと、妖魔は無数の光の粒と化し、夜空へ消えて行った。
「「「ウオオ―――ッッッ!!!」」」
応援、驚愕、感嘆、それら全てを忘れただただ北斗の魔法戦に見入っていた僕らは、声にならない雄叫びを上げたのだった。
京馬は北斗へ「自分がやってみたかった事をそのまま台本に書いたんだろ」と言ったが、それはもちろん言葉の綾。派手に魔法をぶっ放したのは、むしろ五色の陰陽師だったと言えよう。
一分半という北斗班の持ち時間の中で、五色の陰陽師を担当した班員達は、それぞれが趣向を凝らしたポーズを決めて魔法をぶっ放していた。今は3D全盛の時代ゆえ、北斗班の戦いを北斗のワンマンショーにするのは容易い。だが北斗はそれをせず、班員の一人一人に見せ場を設ける台本を、きっちり書いたのである。
またその心意気は、陰陽五行説を逸脱する魔法戦を生み出した。陰陽師を現代風に表現するなら、陰陽五行説を専門とする国家公務員になるだろう。五行とは宇宙の万物を成す五つの元素、火、水、土、木、金を指すため、本来ならこの五つで戦うべきなのだろうが、北斗はそれにこだわらなかった。火と水は同じでも他の三つを風、岩、そして電気に変え、分かりやすい魔法を班員が使えるよう工夫したのだ。全国レベルの能力を含む多種多様な才能に恵まれた北斗の、その最たるものは「リーダーの資質」であることを、今回の魔法戦で僕は再確認したのだった。
その北斗のもとへ仲間達が集う。己の役目をまっとうした十六人の強者は肩を組み、勝ちどきを上げようとした。が、
バリバリバリッ
何かを引き裂く巨大な音が鼓膜を打った。僕らは臨戦態勢を取り空を見上げる。空間そのものが悲鳴をあげているかのようなその音は、まさしくその通りの現象によって引き起こされていた。星の瞬く夜空がずたずたに引き裂かれ、空間に漆黒の傷が刻まれていた。その傷を押し広げ、漆黒の中にあってさえ尚暗い暗黒の鎧が降臨し、鵺を包む。そしてその鎧の表面を、ゲル状妖魔の亡骸である光の粒が覆った。僕らは悟る。あの暗黒の鎧は刃の攻撃を阻み、そして表面を覆う光の粒は、魔法攻撃を無効化するのだと。
それでも僕らは勇気を振り絞り駆ける。地上に降り立った鵺へ僕らは突撃する。だが予期したとおり、鵺は十六人の全力攻撃をことごとく跳ね返した。鵺に追い詰められ、僕らの命は風前の灯火となった。そこへ、
チャン チャラララララ ラン
妙なる琴の音が響いた。それだけでピンと来るも、同じ旋律が繰り返された後の笛の音が、それを決定的なものへ変えた。
それは、雅楽だった。
しかもお正月に日本中で流れる、定番中の定番の雅楽だった。
観客席がどっと沸いた。一足早いとはいえクリスマス会を開いている僕らにとって、お正月は半月足らずでやって来る、日本で最も目出度い行事。その定番曲が流れたのだから、心配は何もない。僕ら一年生は皆、そう確信したのだ。
その確信を光に変え、美男子が舞い降りる。暗黒の鎧をまとう鵺とは真逆の、燦然と輝く伝説の貴公子が皆の前に降臨する。
それは綺羅に身を包む、光源氏その人だった。
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母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
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