僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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八章

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 昼休みが始まり三十分近くが過ぎたころ、食事を終えたエルフの楽団がマイムマイムの音楽を奏で始めた。男女でペアを組む通常のフォークダンスと異なり、マイムマイムは皆で手を繋ぎグルグル回っているだけの印象が強い。でも僕にとって、それは最も好きなフォークダンスだった。スピーディーでノリの良い曲に合わせ、繋いだ手を上げ下げしながら輪になって回る。そして曲が最高潮を迎えると同時にあえて手を離し、軽やかにサイドキックをしながら「ヘイ、ヘイ」と全員で声を合わせて手を叩く。そのさい気持ちはとても高揚するのだけど、次の瞬間には何事もなかったかのように再びグルグル回り始める。そのギャップが何とも面白く、僕は運動音痴時代もうつむかず顔を上げ、いつも笑顔でマイムマイムを楽しんでいた。それを初めて経験したのは、小学二年生の体育の授業だった。俯いている限り絶対あり得なかった、ダンスを楽しむ仲間の一員に、気づかぬ内になっていたのである。それがたまらなく嬉しくて、僕は張り切ってマイムマイムを踊った。それが全員に伝わったのか、僕のいる輪は一番ノリノリの輪になった。その様子を見ていた昴が涙を流していたのは、五年という月日が経った今も、この胸にくっきり刻まれている。
 それがあったので、
「おやおや、眠留がマイムマイムを踊りたくて、仕方ない顔をしているぞ」
 と昴に茶化されても、僕はにこにこして頭を掻いていた。だって本当にその通りだったから、そうするしか無かったのである。
 そんな僕の胸の内を、この仲間達が気づかぬ訳がない。みんな目を丸くして、マイムマイムを踊りたいのと尋ねてきた。それは疑問を解消するための問いかけではなく、確認を取るための問いかけだったので、僕は不覚にも一層にこにこするという受け答えをしてしまった。僕らのグループのいる場所に爆笑が沸き起こる。それが気を惹いたのだろう、事と次第を尋ねてくる級友達へ、北斗が代表して答えた。
「眠留は皆と、マイムマイムを踊りたいそうだ」
 クラスメイトの視線が僕一点に集中する。その密度の高さにいつもなら間違いなく慌てたはずだが、そのとき僕はなぜか自分でも不思議なほど元気よく、
「うんっ!」
 と応え、にぱっと笑った。
 十組の観覧席に爆笑の大噴火が起きた。
 十分後、クラスメイト達は驚愕すべき速さで着替えを済ませる。
 そして僕ら四十二人は一つの輪になって、マイムマイムを踊ったのだった。

 皆と踊ったダンスは掛け値なしに楽しく、そして嬉しいひと時となった。中でも一番嬉しかったのは、川端たち八人が心からマイムマイムを楽しんでいたことだった。
 十二単からダンス衣装に着替えるべく女の子たちが更衣室を使っている最中、川端たち蹴鞠の四人がやって来て、「マイムマイムのコツを教えてくれ」と縋る眼差しで言った。彼らの気持ちが、僕には痛いほど解った。余興の成功は彼らの光明となるも、まだ一筋の光でしかないそれは、運動音痴という分厚い雲にたちまち遮られてしまうのである。雲の落とした濃い影を顔に張り付かせる川端らを促し、皆で床にあぐらをかく。僕は右手の指を二本立て、皆へ語り掛けた。
「先ずは安心してほしい。コツの一つは安定した呼吸だから、みんな既に習得しているよ」
 僕は中指を、ゆっくり折ってみせる。車座になった皆の顔から、雲の影がみるみる消えて行った。これは北斗に教わった、人を安心させる技術。不安に心を揺さぶられているとき、人は体の安定も欠いているもの。然るにどっしり腰を据えて座り、体から不安定さを取り除いてあげる。車座になって座ると一体感が生まれ、それが心の安定の一助になるからなお良いと北斗は話していた。それを再現してみたらまさしく北斗の言葉通りになったため、僕の心にも安心が広がってゆく。それを土台とし、僕は自信をもって、残り一本となった人差し指に皆の意識を集中させた。
「そしてもう一つのコツも安心してほしい。これに、身体能力は関係ないからさ」
 目を剥く川端達へ、僕は小学二年生のマイムマイムについて話した。俯いている限り仲間に迎え入れて貰えないという箇所で、彼らは一斉に背筋を伸ばした。皆、理解したのだ。二つ目のコツは身体能力にあるのではなく、心構えにあるという事を。
「マイムマイムのステップは簡単だ。でも、足運びをほんのちょっと間違える事があるかもしれない。だが、俯かないでくれ、顔を上げ、仲間達におどけて笑いかけてくれ。なぜならその笑顔に、足運びを間違えた女の子たちが救われるからだ。ダンスの手順を間違え落ち込む彼女たちを、みんなの笑顔は励ますことができるんだよ」
 川端たちは一斉にまなじりを釣り上げた。「私も頑張る、運動音痴に負けない」と泣いてくれた子たちに彼らがどれほど救われ、励まされたのか。そしてその子たちに恩返しができる事を、彼らがどれほど嬉しく思っているのか。それを自分の事として感じられる僕は、語気を強めて言った。
「皆、顔を上げろ。そしてダンスの失敗を笑顔で吹き飛ばせ。自分のため、仲間達のため、そして何より、涙を流してくれた彼女たちのために」
 丁度そのとき女子の準備が整ったので、彼らの決意を聞くことは無かった。
 でも僕は心配なんてしなかったし、実際そんなものは必要なかった。
 ダンスの最中、僕は彼らと幾度も笑顔を交わした。
 そして彼らも手を繋いだ女の子たちと、幾度も笑顔を交わしていたからだ。
 ――マイムマイムは僕にとって、特別なダンスなのかな。だっていつもこうして、楽しくて嬉しくて仕方ないもんなあ――
 そんなことを考えながら僕は今日も、笑顔でマイムマイムを踊ったのだった。

 十組を皮切りに、他のクラスの生徒達も少しずつダンス場へ足を踏み入れるようになった。それは最初こそ「少しずつ」だったが、僕らがさも楽しげに踊っていたからか、ふと気づくとダンス場は人であふれ始めていた。僕らは最後に皆で盛大な拍手をして、自由行動に移る。と言ってもその途端、
「真山君、私と踊って下さい!」
「北斗君、ぜひ私と踊って下さい!」
 大勢の女子に包囲され行動の自由を奪われた男子が二名いたから、正確には自由行動ではなかったのだろう。助けてくれよと目で訴える二人を置き去りにし、僕らは思い思いの場所へ散って行った。まあ大部分のクラスメイトは、トイレを目指したんだけどね。
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