僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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八章

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 一般的に考えるなら、輝夜さんと踊るのが普通なのだろう。僕と輝夜さんを良く知るクラスメイト達がそう思っているのがその証拠だ。しかし級友達より一段深く僕を知っている猛は、「眠留と白銀さんが踊るのが順当だ」と言った。普通や当たり前ではなく、順当という表現を猛は選んだのだ。しかしそれも、僕自身と昴にとっては、ありのままを表す言葉ではない。僕らの抱える闇は、もっと深いのである。
 体育祭の銀河の妖精で、昴は僕に「私を見て」と頼んだ。昴の頼みを断るという発想を欠片も持たない僕はそれを引き受けたが、それは人間の視力では不可能な要求だった。それを承知した上で、昴は僕にそう言ったのである。
 幸い、感覚体で昴を包むという方法を思い付けたので、僕は二人を同時に「観る」ことができた。それは昴が翔人になるきっかけにもなったから、幸いという言葉に相応しかったと僕は感じている。だが、その幸運がいつも訪れるなどと考えてはならない。ゴールデンウイーク前の闇油戦で輝夜さんが命を落としかけたように、輝夜さんと昴が同時に絶命寸前まで追い込まれる場面が、来るかもしれない。限りなくゼロに近い時間でどちらを救うかを決断せねばならない未来が、来るかもしれない。翔人である僕ら三人はその未来を想定し、その未来でより良い判断を下す助けとなる日常を生きねばならない。輝夜さんと昴の両方を選ぶ湖校生活など、あってはならないのだ。
 だから今、引き裂かれた心の血を僕は吐く。
 頬杖を突きかろうじて体を支える昴へ、僕は決意を告げようとした。
 のだけど、
「はいっ、みんな注目。十九組と二十組のインターバルは一分しかないので、速やかに注目してください」
 クリスマス会実行委員長である中島の声が響いた。僕と昴はまさしく漫画のようにズッコケる。そんなのお構いなしに中島は朗々と述べた。
「余興が終わり自由時間になったら、最初の一曲をもう一度皆で踊りたいという意見が複数寄せられました。多数決は取りませんが、一曲目のオクラホマミキサーに参加する人数だけは把握しておきたく思います。参加したいと思う人、挙手してください」
 演劇部で鍛えた中島の声は早口であっても聞き取りやすく、耳に心地よかった。それも影響したのか、クラスメイトのほぼ全員が一斉に手を挙げる。川端らに至っては立ち上がってバンザイしており、笑いの渦を巻き起こしていた。
「選択を急に迫られ、判断つかなかった人もいるでしょう。でもそんなの気にせず、しれっと輪に紛れ込んで下さい。ご協力、ありがとうございました」
 いいぞいいぞ、ヒューヒューと大好評を得て中島が着席する。それと同時に二十組の余興が始まるも、十組はオクラホマミキサーの話題で沸騰していた。というか沸点を超え、通路を使い男同士で踊り出すヤツらが出てくる始末だった。大爆笑が発生し、僕も釣られて腹を抱えていると、川端ら四人に後ろから羽交い絞めにされた。
「おい猫将軍、次は僕達から助言させてもらおう。オクラホマミキサーの輪に、しれっと紛れ込んでおくんだぞ」
 四人はそう言いつつ僕をくすぐりまくる。その見事な連係プレーに、周囲からやんやの拍手が上がった。その最中、笑い転げながら気づいた。
 心が、血を流していない事を。
 するとその心が、僕にある想いを告げた。川端らが去ったのち、それを昴へ伝える。
「僕が昴より背が高くなったら、昴のもとに赴き、ダンスを申し込む。その時は、一緒に踊ってくれるかな」
 昴は、幼馴染の僕ですら初めて見る、笑顔になった。
 けどそれは、僕らが今とは違う体で過ごしてきた幾千年もの月日では見慣れた笑顔だったから、その意味を取り間違うことはなかった。
 ずっと守ってきた泣き虫の弟がいつの間にか大きくなり、姉である自分を守ってくれる存在になった。
 その笑顔を、昴は浮かべていたのだ。
 ただ、今の僕がどんな顔をしていて、それが前世の僕と同じなのか、それとも違うのかを、僕はどうしても判断できなかったのだった。

 二十組の余興が終わり自由時間が始まるなり、十組総勢四十二人はダンス場へ繰り出した。ダンス場が混雑するまでの時間はお昼休みより短いと、予想されていたのだ。
 すると不思議なもので、時間を節約するための急ぎ足が、ダンスを待ちきれない早歩きのような気がしてきた。しかもそれを、まるで一つの生命体の如く、四十二人が一斉に共有したのである。僕らはますます足取り軽く、そして心を浮きたたせながら、アイが床に映してくれた円を人の輪に変えていった。
 クリスマス会が始まった時と同様、背の高い方と低い方で二つの輪を作り、ダンスを楽しんだ。最初だけはパートナーを入れ替えないのも同じだったから、僕と輝夜さんは二回、オクラホマミキサーを踊った。
 けれども今回は、最初のコロブチカとも次のマイムマイムとも異なることがあった。オクラホマミキサーは牧歌的な曲なのに、男女の密着度が高いのである。社交ダンスほどではないにせよ、両手を繋ぎ横並びに寄り添うというのは、あがり症の僕にとって上限ギリギリのダンススタイルと言えた。そのはずなのに、
「眠留くん、楽しいね!」
「楽しいね、輝夜さん!」
 僕らは幾度も言葉を交わしてステップを踏んだ。喜びを、高揚を、そして燃え上がる恋心を仕草や表情で自由に表現しながら二人でダンスを踊った。たった数十秒しかないからこそ、僕らは文字通り足並みそろえ手を取り合い、この時間をかけがえのないものへと変えて行った。そして最後、花の妖精と化した輝夜さんが、その芳しい肢体をそっと寄せささやく。
「この曲が終わったら私は更衣室に逃げこむけど、眠留くんは留まらなきゃダメだよ」
 湖校のクリスマス会には、更衣室やトイレへ向かっている生徒にダンスを申し込んではならないという不文律がある。申し出を受けるつもりは無いというその意思表示は観覧席に戻っても適用され、その生徒をダンスにしつこく誘うのは明文化された禁止事項になっていた。それをするつもりだと、輝夜さんは僕に伝えたのである。
 そこに含まれる意図を瞬時に二つ思い付き、僕は項垂れそうになった。でも心の中で、川端達四人が僕を支えてくれた。あいつらに偉そうなことを言った本人が、それを反故にする訳にはいかない。その想いを胸に、輝夜さんへ微笑む。未熟過ぎるためそれはバツの悪い微笑みになってしまったけど、それも含めて、それは僕の総決算の顔だった。だからだろうか、
「それで許してあげる」
 輝夜さんは謎の呟きを残しつつも、僕だから解る本物の笑顔になって、腕の中から去って行ったのだった。

 十組全員によるオクラホマミキサーが終わるや、真山と北斗は再び女子に取り囲まれた。お昼休みより五割増員したその人数に僕は人事ながら圧倒されたが、二人は甘い微笑みと優美な仕草で女の子たちとのダンスを次々こなして行った。その、王子様の仮面をかぶった魔術師が女子に魔法をかけたような光景は湖校の新たな伝説になると、僕は確信した。
 それに比べ、僕はつつましいものだった。那須さんの他に、大和さんを始めとする剣道部の女の子三人と、家庭料理教室の友人が加わったのは予想外だったけど、それでも僕の踊った五人というのは、真山と北斗の十分の一に過ぎなかった。それが余裕を生んでくれて、僕は彼女たちとのダンスを心から楽しむことができた。それが伝わったのか、彼女たちも僕と踊ることを楽しんでくれたようだった。ただその最中、心配顔の中吉が度々脳裏をかすめたのには、閉口したけどね。
 言うまでもなく、猛と芹沢さんはパートナーを終始変えなかった。運動音痴であっても名家のお嬢様の芹沢さんはダンスの素養があったらしく、二人は流れるようにステップを踏んでいた。
 京馬も幾人かの女の子とダンスを踊っていた。どの子とパートナーになっても京馬はとても喜んでいたが、それは逆に、その子たちの誰とも京馬は付き合わないのでないかという想いを僕に抱かせた。それだけでなく、まこと不可解極まることに、京馬のダンスを見ていたら真山らしき輪郭がぼんやり浮かび上がって来たのである。僕は胸中首を捻った。すると、
「猫将軍君、どうしたの?」
 二度目のパートナーになっていた那須さんが尋ねてきた。僕としては心の中だけで顔を傾げたつもりだったのだけど、心の通じ合う人と踊るダンスというのは、そういうものなのかもしれない。
「京馬のダンスを見ていたら、真山らしき輪郭が心に浮かんできたんだよ」
 新忍道の練習をよく見学に来る那須さんは、僕の仲間達と親しく言葉を交わす間柄になっている。夏休み明けの九月一日、お昼を一緒に過ごした輝夜さん達三人とは特に仲が良いようだ。僕としては嬉しい限りである。
「真山君らしき輪郭」
 そう呟き、那須さんは遠い目をした。時間的にこれが最後のコロブチカだったから、悪い事をしちゃったかなという想いが心をかすめる。けどそれはいらぬ心配だったようで、間を置かず那須さんは顔をパッと輝かせた。心臓がドクンと跳ねる。九月以降、那須さんはしばしば、内側から光のさす笑みをこぼすようになった。一年の男子達は現在、それについて大々的なアンケートを取っている。今のところトップ5美少女に那須さんを加えて、六大女神とする案が優勢だ。女神が天女だったり王女だったり、二大女神と四女神だったりという違いがあるだけで、那須さんを加えることに反対意見は一つも出ていない。つまりそれは、容姿と内面の両方に秀でた真の美少女として、那須さんは認知されたという事。その美少女がターンの最中、弾む声で言った。
「京馬君は、真山君と深く関わる人と、お付き合いするようになる!」
 息を止めたのち、僕は首を大きく縦に振る。
 そして早急に時間を作り寮へ押しかけ、桜子ちゃんの写真を真山に見せて貰おうと、決意したのだった。
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