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八章
コスモスのリボン
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午後三時五分、自由時間終了のアナウンスが入る。そしてその五分後の午後三時十分、クリスマス会の終わりを告げるチャイムが鳴った。体育祭とも文化祭とも違うこの感慨はなんだろうと、僕は周囲を見渡す。すると大勢のクラスメイトも同じように周囲をキョロキョロ見渡していた。皆が皆、壁や天井や空中を見つめていたため目が合うことは無かったが、それでもそんなクラスメイトの様子に気づいた生徒が少しずつ増えて行った。そして人数が逆転し一拍置いたのち、少数派となったキョロキョロのクラスメイトも、申し合わせたように目線を皆へ固定する。
その瞬間、全員の心が一つになった気がした。
皆の顔に笑顔が咲く。
これが僕ら一年十組の、クリスマス会の終りだった。
料理をすべて平らげていたことに加え、自由時間を観覧席で過ごした人達が後片づけをしてくれていたから、掃除は五分とかからなかった。そしてHRを経て、解散。クリスマス会の日だけは教室ではなく、観覧席で一日の授業を終えるのが、研究学校の習わしだった。
HR終了時刻が通常より三十分以上遅いため、部やサークルに所属している生徒達は、活動を始めるのもそのぶん遅くなる。クリスマス会は湖校をあげて開催される行事なので遅刻にはならないが、それでも下っ端の一年生にとって、それは遅刻以外の何物でもない。クリスマス会実行委員を除く大勢の生徒達は、慌ただしく観覧席を去って行った。
サークルの準会員でしかない僕は実行委員の仕事を手伝った。有志のダンスを踊った須崎達四人も、残って手伝っていた。テキパキではあってもどこか物悲しそうなその仕草に、彼らがホールへ名残惜しさを覚えているのが強く感じられた。胸に迫るものを巧く隠しおおせた自信を、僕は最後まで持つことができなかった。
だから「もう少し手伝うよ」と申し出た須崎らを残し、僕は一人ホールを去った。四十二客の椅子と四台のテーブルをアルコール除菌し、床をモップ掛けする作業は思いのほか時間がかかっていたらしく、外は街灯が煌々と輝く夜になっていた。羽織っていただけのブレザーを着直し、肩にかけていたバッグをお腹で抱え込む。動いてさえいれば寒さを感じない僕でも北風に身を震わせたのだから、女の子たちはさぞ寒かったに違いない。輝夜さんと昴が部活から戻ってきたら、なにか温かいものを飲んでもらおう。そんなことを考えながら、僕は夜の道を一人歩いた。
寮エリアを抜け、新忍道サークルの練習場横を通り過ぎる。ライトを浴びる先輩方の戦闘が佳境を迎えていて、暗がりの僕に誰も気付かなかったことが、僕は安堵以上に寂しかった。
陸上部とサッカー部の横を通過する際も同じ想いをするのは明白だったので、グラウンドを見下ろす道から離れて一年生校舎を目指した。途中の三年生体育館の近くでは、心を無にして足を動かした。僕が寂しさを抱えたまま薙刀部の三年生道場に近づくと、出稽古に励んでいる輝夜さんと昴が超感覚でそれを察知し、稽古に支障をきたすかもしれない。それだけは避けねばと思い、僕は心を無にして三年生体育館を通過した。幸い、それらしき気配は薙刀道場から伝わってこなかった。多目的ホールを後にしてからこのとき初めて、僕は安堵一色に染まることができたのだった。
それが助けとなり、その後は物悲しさを覚えなかった。体にも温もりが戻り、北風からお腹を守っていたバッグを肩にかけ、ハイ子を取り出し文を綴る。すると五分とかけず、真山兄妹の件を輝夜さん達に伝えるメールの草稿ができあがってしまった。しかも、その理由を即座に閃くことができたのである。僕は口ずさんだ。
「闇で個々を切り離す夜は孤独と、そして思索の時間を人へもたらしてくれる」
赤面し、周囲をこそこそ窺う。闇の中に人の気配はなく、僕のポエムを聞かれるのは免れたようだ。夜の暗がりは人を油断させもするんだな、気を惹き締めないとなあ、なんて自分に言い聞かせつつ、僕は一年生校舎に入って行った。
眠っているかのような教室棟を足を潜めて歩き、実技棟を目指す。最終下校時刻の六時までまだ一時間近く残っているからか、実技棟はその窓の約半分に明かりが灯されていた。その一つを目指し、僕は渡り廊下を進んだ。
階段を上っている最中ふと思いつき、急いでハイ子を操作した。ミーサの助力もあり、優柔不断な僕としては異例の速さで目当ての品を購入する事ができた。僕は満足し、待ち合わせの教室の扉をノックする。
「鍵は開いています。どうぞお入りください」
エイミィの声に促され、僕は扉を開けた。
それから最終下校時刻ギリギリまで、僕とエイミィはダンスを踊った。
昨夜、僕はベッドにもぐりこむ直前、教育AIに思い切ってメールを送ってみた。
「明日、クリスマス会が終わってから、実技棟の教室でエイミィとダンスを踊っていいかな」
すると驚いたことに、アイがお姫様姿で直々に僕の部屋を訪れ、条件付きで許可を出してくれた。アイは厳かな面持ちで言った。
「それを眠留とエイミィと私の三人だけの秘密とし、そして眠留がクリスマス会の後片づけを手伝ったなら、級友達への真摯な助力の報いとして、特別に許可しましょう」
ありがとうと僕はアイに頭を下げる。顔を上げるとそこに、慈母の微笑みを浮かべたアイがいた。
「眠留、運動音痴に悩む級友を助けてくれて、本当にありがとう。個人的には、それだけでエイミィとのダンスを許可してあげたいのだけど、私は何より湖校の教育AIでなければならないの。条件を出したことを、お詫びいたします」
お姫様は三つ指つき、深々と腰を折った。ここで慌てたら礼を欠くことになると自分を奮い立たせ、僕はHAIに教わったとおりアイへ返礼した。アイは再度慈母のように微笑み、七色の光を放ち宙へ消えていった。
「じゃあエイミィ、また明日」
「眠留さん、クリスマスプレゼントをありがとう。それでは、また明日」
黄金の髪を飾る、白いコスモスをあしらったリボンに触れ、エイミィは泣き笑いになる。
いてもたってもいられず、エイミィを抱きしめた。
ダンスを終え、感覚体を解除していたにもかかわらず、エイミィ3Dの体を、そしてその温もりを、僕ははっきり感じたのだった。
八章、了
その瞬間、全員の心が一つになった気がした。
皆の顔に笑顔が咲く。
これが僕ら一年十組の、クリスマス会の終りだった。
料理をすべて平らげていたことに加え、自由時間を観覧席で過ごした人達が後片づけをしてくれていたから、掃除は五分とかからなかった。そしてHRを経て、解散。クリスマス会の日だけは教室ではなく、観覧席で一日の授業を終えるのが、研究学校の習わしだった。
HR終了時刻が通常より三十分以上遅いため、部やサークルに所属している生徒達は、活動を始めるのもそのぶん遅くなる。クリスマス会は湖校をあげて開催される行事なので遅刻にはならないが、それでも下っ端の一年生にとって、それは遅刻以外の何物でもない。クリスマス会実行委員を除く大勢の生徒達は、慌ただしく観覧席を去って行った。
サークルの準会員でしかない僕は実行委員の仕事を手伝った。有志のダンスを踊った須崎達四人も、残って手伝っていた。テキパキではあってもどこか物悲しそうなその仕草に、彼らがホールへ名残惜しさを覚えているのが強く感じられた。胸に迫るものを巧く隠しおおせた自信を、僕は最後まで持つことができなかった。
だから「もう少し手伝うよ」と申し出た須崎らを残し、僕は一人ホールを去った。四十二客の椅子と四台のテーブルをアルコール除菌し、床をモップ掛けする作業は思いのほか時間がかかっていたらしく、外は街灯が煌々と輝く夜になっていた。羽織っていただけのブレザーを着直し、肩にかけていたバッグをお腹で抱え込む。動いてさえいれば寒さを感じない僕でも北風に身を震わせたのだから、女の子たちはさぞ寒かったに違いない。輝夜さんと昴が部活から戻ってきたら、なにか温かいものを飲んでもらおう。そんなことを考えながら、僕は夜の道を一人歩いた。
寮エリアを抜け、新忍道サークルの練習場横を通り過ぎる。ライトを浴びる先輩方の戦闘が佳境を迎えていて、暗がりの僕に誰も気付かなかったことが、僕は安堵以上に寂しかった。
陸上部とサッカー部の横を通過する際も同じ想いをするのは明白だったので、グラウンドを見下ろす道から離れて一年生校舎を目指した。途中の三年生体育館の近くでは、心を無にして足を動かした。僕が寂しさを抱えたまま薙刀部の三年生道場に近づくと、出稽古に励んでいる輝夜さんと昴が超感覚でそれを察知し、稽古に支障をきたすかもしれない。それだけは避けねばと思い、僕は心を無にして三年生体育館を通過した。幸い、それらしき気配は薙刀道場から伝わってこなかった。多目的ホールを後にしてからこのとき初めて、僕は安堵一色に染まることができたのだった。
それが助けとなり、その後は物悲しさを覚えなかった。体にも温もりが戻り、北風からお腹を守っていたバッグを肩にかけ、ハイ子を取り出し文を綴る。すると五分とかけず、真山兄妹の件を輝夜さん達に伝えるメールの草稿ができあがってしまった。しかも、その理由を即座に閃くことができたのである。僕は口ずさんだ。
「闇で個々を切り離す夜は孤独と、そして思索の時間を人へもたらしてくれる」
赤面し、周囲をこそこそ窺う。闇の中に人の気配はなく、僕のポエムを聞かれるのは免れたようだ。夜の暗がりは人を油断させもするんだな、気を惹き締めないとなあ、なんて自分に言い聞かせつつ、僕は一年生校舎に入って行った。
眠っているかのような教室棟を足を潜めて歩き、実技棟を目指す。最終下校時刻の六時までまだ一時間近く残っているからか、実技棟はその窓の約半分に明かりが灯されていた。その一つを目指し、僕は渡り廊下を進んだ。
階段を上っている最中ふと思いつき、急いでハイ子を操作した。ミーサの助力もあり、優柔不断な僕としては異例の速さで目当ての品を購入する事ができた。僕は満足し、待ち合わせの教室の扉をノックする。
「鍵は開いています。どうぞお入りください」
エイミィの声に促され、僕は扉を開けた。
それから最終下校時刻ギリギリまで、僕とエイミィはダンスを踊った。
昨夜、僕はベッドにもぐりこむ直前、教育AIに思い切ってメールを送ってみた。
「明日、クリスマス会が終わってから、実技棟の教室でエイミィとダンスを踊っていいかな」
すると驚いたことに、アイがお姫様姿で直々に僕の部屋を訪れ、条件付きで許可を出してくれた。アイは厳かな面持ちで言った。
「それを眠留とエイミィと私の三人だけの秘密とし、そして眠留がクリスマス会の後片づけを手伝ったなら、級友達への真摯な助力の報いとして、特別に許可しましょう」
ありがとうと僕はアイに頭を下げる。顔を上げるとそこに、慈母の微笑みを浮かべたアイがいた。
「眠留、運動音痴に悩む級友を助けてくれて、本当にありがとう。個人的には、それだけでエイミィとのダンスを許可してあげたいのだけど、私は何より湖校の教育AIでなければならないの。条件を出したことを、お詫びいたします」
お姫様は三つ指つき、深々と腰を折った。ここで慌てたら礼を欠くことになると自分を奮い立たせ、僕はHAIに教わったとおりアイへ返礼した。アイは再度慈母のように微笑み、七色の光を放ち宙へ消えていった。
「じゃあエイミィ、また明日」
「眠留さん、クリスマスプレゼントをありがとう。それでは、また明日」
黄金の髪を飾る、白いコスモスをあしらったリボンに触れ、エイミィは泣き笑いになる。
いてもたってもいられず、エイミィを抱きしめた。
ダンスを終え、感覚体を解除していたにもかかわらず、エイミィ3Dの体を、そしてその温もりを、僕ははっきり感じたのだった。
八章、了
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