僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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九章

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 そして、今。
 二階堂一家が神社にやって来てくれた日の、三ヵ月後。
 僕と美鈴は、雑司が谷の二階堂邸を訪問していた。
 といっても、皆さんにお会いするのは三か月振りではない。おじさんとおばさんは湖校の一年生文化祭に来てくれたし、一馬さんと十馬さんから東校文化祭に招待されていた美鈴は、そのとき再会を果たしていたからである。全国に六十ある研究学校は原則として、学校行事を同じ日に行う。一馬さんと十馬さんが派手に活躍した東校文化祭の最終日である十月二十三日は、湖校新忍道サークルがモンスターとの戦闘を披露する日でもあったため僕は同行できなかったが、美鈴は二階堂夫妻と一緒に東校文化祭を見学していた。その日の夜、おじさんにメールで教えて頂いた処によると、美鈴は東校に大嵐をもたらしたそうだ。東校に隣接する湾岸大学で教鞭をとる二階堂夫妻は東校でも顔を知られていて、二人とさも親しげに文化祭を見学する美鈴は夫妻の姪と、つまり一馬さんと十馬さんの従妹と捉えられ、どこへ行っても大層なもてなしを受けた。それに決して増長せず、天上の気品と天使の可愛らしさでお礼を述べる美鈴へ、男子達は総ノックアウトしたと言う。それは女子も変わらず、東校撫子部を始めとする数多の部やサークルが勧誘に訪れたが、一馬さんと十馬さんが間に入り一睨ひとにらみするや、蜘蛛の子を散らすように消えて行ったらしい。東校を代表する有名人の一馬さん達からこれほど大切にされた事実と、同じ世界の住人とは思えぬ美貌の相乗効果により、美鈴は台風の目のような存在になったそうだ。おじさんがメールで、「強力な台風ほど中心部は雲が晴れ穏やかな風が吹いているように、美鈴ちゃんは快適に過ごしていたから心配しないでほしい」と教えてくださったから、東校見学への懸念は感じていない。しかし、来年美鈴が湖校に入学したらどうなるのか、二階堂一家のように美鈴を守ってくれる人達はいるのかと頭を抱え続けたため、翌日を僕は眠気と戦いつつ過ごしたのだった。
 とまあ、そんな僕の兄バカ振りはさておき。
「まあ美鈴ちゃん、料理の腕を一段と上げたわね」
「だっておばさんの、心の温まるあのあったかい料理を、私も作れるようになりたいんだもん」
「もう美鈴ちゃんたら、私をまた泣かせる気?」
「その時はまた、私が涙を拭いてあげるね」
「あら美鈴ちゃん、玉葱が目に沁みちゃったかしら」
「えへへ、沁みちゃったみたい」
 二階堂家のキッチンに仲良く並んで料理を作る二人の後ろ姿に、僕はほのぼのしまくっていた。祖母や昴たちとキッチンに立つ時とは明らかに違う美鈴の声音と仕草に、これ以上ないほど胸を温めてもらっていたのだ。
 そしてそれは、テーブルでトランプをしているおじさんと三兄弟も同様だった。去年の夏休み、二階堂家を初めて訪問した日と同じく、おじさん達はキッチンを背にしてテーブルに着いていた。けど心の目はキッチンへ常に向けられているのだろう、おじさん達の「ほのぼのタイム」によって、トランプは幾度も中断したのである。まあ僕らが今しているのは七並べで、これは考える時間が比較的長い遊戯だから、おじさんや三兄弟が我を忘れてボンヤリしても、支障は一つもなかったんだけどね。
 そうこうするうちテーブルの上は、おばさんと美鈴が腕を振るった料理に占拠された。それは、胃と心の両方を満たしてくれる料理だった。言うまでもなく超絶美味だったので、僕ら男子組は前回同様、酸素不足一歩手前で夕飯を掻っ込んだ。ただ、おじさんだけは違った。記憶の中のおじさんは、取り皿に肉ばかりを盛りそれを大急ぎで食べていたが、今日は肉と野菜をバランスよく、しかもよく噛んでゆっくり味わっていたのである。そんなおじさんへ、僕はよほど目を丸くしていたのだろう。三兄弟はクスクス笑ったのち、京馬が代表して教えてくれた。
「眠留の家を訪ねた帰り道、食生活を改め健康で長生きするって、親父は宣言したんだよ」
 すかさず美鈴が「おじさん偉い!」と瞳を輝かせ、野菜料理を取り分け「はいどうぞ」と手渡したものだから、おじさんのふやけ顔といったらなかった。それを大笑いすることで、目元をそっとぬぐうおばさんに誰も気づかなかった振りを、僕らはしたのだった。
 去年の暮れ、僕はおばさんから長文のメールを頂いていた。年始の挨拶に伺いたいのはやまやまだが、ラグビー部とレスリング部の責任者を務めている関係で、それは諦めざるを得ない。かけがえのない時間を過ごさせてもらっただけでなく、夫が健康管理を心がけるきっかけを作ってくれた猫将軍家の皆さんへ挨拶できないのは、心苦しい限りです。という趣旨を丁寧な言葉で綴ったメールを、おばさんは祖父母と僕ら兄妹へ一人ずつ送ってくれていたのだ。僕達も年末年始は大忙しですから事情はわきまえています、お気になさらないでください、という想いをおばさんに等しい丁寧さで伝える事ばかりに気を取られていた僕は、健康管理について話題を振ることを忘れた。そのせいで僕はそれを知らなかったが、食生活改善の成果をおじさんに聞き拍手する美鈴の様子から察するに、美鈴はダメ兄が見落とした箇所をきちんと掬い取り、おばさんとメールのやり取りをしていたに違いない。心が異なれば、同じ文を読んでも感想がまったく異なることを知っているつもりでいた自分を、僕は大いに恥じたのだった。
 午後六時半、夕食会はお開きになった。午後九時という僕ら兄妹の就寝時刻を、二階堂家の人達は考慮してくださったのだ。考慮は、残された時間の過ごし方にも現れていた。「あと三十分でレンタルAICAが来るからそれまで何をしようか」と、おばさんは美鈴へにこやかに問いかけた。二階堂家の方々はその三十分を美鈴が楽しく過ごせるよう、何日も前から首を捻って考えていたのだと思う。短時間で終わるゲームや、前回訪問した時はなかったアルバムが、すぐ取り出せる位置にさりげなく置かれているのがその証拠だ。けれどもそれに囚われず、この方々は美鈴を第一に考えてくれていた。
 ――皆で知恵を絞り万全の用意を整えつつも、やってみたいことが美鈴にあるなら、それに全力で応える――
 そんな家族一同の想いが「何をしようか」という問いかけの中に込められているのを、僕ははっきり感じたのである。
 するとその問いかけへ、美鈴は「二人で一緒に台所の後片づけをしたい」と即答した。おばさんは言葉を詰まらせ何も言えないでいた。なぜならこれは、やってみたいことが美鈴にあるなら全力で応えるという、二階堂家の方々の想いを完璧に酌んだ返答だったからだ。美鈴は、自分が最も望んでいることを率直に口にした。料理上手の母と一緒に台所に立つという、叶えられなくなってしまった願いを一番叶えてくれる人の横で、残された三十分を過ごしたい。美鈴はそれを、ストレートに伝えたのである。
 という美鈴の想いを、美鈴をこれほど大切にしてくれる二階堂家の方々が気づかぬ訳がない。何も言えぬおばさんに代わり、おじさんと三兄弟が美鈴へ口々に語り掛けた。
「美鈴ちゃん、じゃあお願いしようかな」
「お袋は要領の悪い俺達が手伝うと不機嫌になるけど」
「美鈴ちゃんとは息がピッタリだし」
「俺達も、嬉しいからさ」
 美鈴は満面の笑みでおばさんの手を取り、立ち上がる。
 美鈴に促され、おばさんも一緒にシンクの前に立つ。
 台所に、二人の華やいだ声が溢れた。
 その後の三十分を、僕らは幸せに包まれて過ごしたのだった。
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