僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十章

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 それから僕らは教育AIの許可を得て、もう少し細かな平均値を出して行った。
 終了件数が飛びぬけて多い「某クラスメイトである北斗」と、二位の香取さんを除くと、一人平均九件ちょいになった。
 平日は五件という目安を守った生徒は十四人のみであり、超過した二十八人から北斗と香取さんを除いた平均は、十一件くらいだった。
 つまり目安を守ったのは全体の三分の一に過ぎず、そして守らなかった生徒は目安の二倍の審査を行っていたと、判明したのである。
 守らなかった二十八人の名簿は代表の芹沢さんのみ閲覧可能だったが、芹沢さんによるとその生徒たちは全員、人に関わる研究をしていると言う。人に多大な関心を示す北斗と、作家の目でクラスメイトを見続けた香取さんが超過組の一位と二位であることから、研究への情熱が超過の最大理由であると僕らは推測した。それを基に知恵を出し合った結果、こんな案に辿り着いた。
「某クラスメイトの所業で笑いを取ったのち、研究への情熱がそうさせたのだという説を伝えたら、罪悪感等は薄れるのではないか」
 名前をぼかしていても、十組の皆ならこの某人物をすぐ特定できるはず。というか特定してくれないと笑いを取れないので、皆には北斗の顔をすぐ思い浮かべて欲しいというのが僕らの本音だった。とはいうもののプライバシーに抵触するかもしれないので教育AIに尋ねたところ、問題なしとの返答をもらうことができた。僕らは超過組の二十七人へ、嬉々としてメールを送信した。まあ北斗だけは、一連の経緯と感謝の言葉を添えた、特別仕様のメールだったけどね。
 それを終えてからは速かった。審査件数に目安があることと、木曜を委員活動休止にしたことへ、五分とかからず共同見解を得られたのである。それは、
 ――自分を知るためではないか
 というものだった。猛が議長として、皆の意見を総括した。
「破ると罰則が生じる規則とは異なり、目安には自由裁量がある。目安より情熱を優先するのも各自の自由なら、情熱より目安を優先するのも各自の自由なのだ。四十件前後のプレゼンを四日間で採点するという初めての作業に臨む一年生はそれが特に顕著で、目安にどう対処し、それにどのような想いを抱くかは、自分を知る優れた機会となる。プレゼン委員の介入はその機会を奪うことになりかねないため、審査件数へのアクセスを不可にし、皆が自分の行動を自分で決められるようにした。しかしクラスメイトの中には、目安を大幅に超過したり審査がまったく進まないことを、気に病んでいる生徒がいるかもしれない。よって金曜の朝をもってアクセス不可を解除し、そのような生徒への働きかけを可能にした。とまあ、こんな感じでどうだろう」
「いいんじゃないか」「いいと思う」「「異議なし!」」
 猛の総括へ、僕らは賛成の意を示した。香取さんはとりわけ熱心にキーボードを弾いていたのでそれとなく様子を窺ったところ、どうもそれは書記としての仕事ではなく、作家の情熱に従ったが故の行為らしかった。
「目安を超えちゃった、二倍も超えたし、ああとうとう三倍になっちゃったって罪悪感を覚えながらも、皆のプレゼンが面白くてたまらず審査を止められなかったのは、私の人間性を浮き彫りにする作業でもあったのか。そのうえ教育AIは、目安超過を気に病む生徒へのアフターケアも忘れなかった。うう~んこれは、ファンタジーにおける超越者の役目だから、超越者のいる世界特有の国際情勢と国民性を・・・」
 などとブツブツ呟きつつ、未来の大作家は創作活動に没頭してゆく。それがいかにも香取さんらしく、そしてそんな香取さんが好きでたまらない僕らは頷き合ったのち、お弁当タイムを静かに再開した。
 十五分後、お昼休み終了の予鈴が鳴り、ようやく自分の行いに気づいた香取さんは、「どうして止めてくれなかったのよ!」と、茹でダコ状態で僕らを責めたのだった。

 同じ日の、午後七時。
 場所は、僕の部屋の勉強机。
 首と肩と手首を回し、独り言ちる。
「さあ、最初は誰かな」
 キーボードを操作しランダムモードにして、級友達のプレゼンの審査を、僕は開始した。
 白状すると昨夜は、審査を六件終わらせていた。そう、僕も香取さんと同じく、超過組の一人だったのである。ただ、「輝夜さん達の審査を初日に終わらせたい」と咲耶さんに打ち明け承諾をもらっていた事もあり、罪悪感は覚えなかった。そのやり取りの際、「私の承諾を得たことは秘密にしててね」と頼まれたためパワーランチでそれを明かすことは無かったが、今はその理由を明瞭に理解できる。もし僕がそれを言っていたら、
「目安を超えたい時は教育AIの承諾を得ること」
 という、自由裁量も自分を知ることも何もない決定を、プレゼン委員達は高確率で下したはず。仮に僕らが、上司の命令に従うだけの未来を過ごすなら、それは模範的な決定だったに違いない。だが、自由な発想を原動力とし研究に没頭する未来を過ごすなら、それは有害な決定でしかない。自分で考え、自分で決断し、自分の道を突き進んでゆくことが、世界に通用する研究者の卵である僕らにとって、一番大切なことだからだ。然るに咲耶さんは、了承の件を伏せるよう僕に頼んだ。今の僕にはそれが、眼前にあるが如くくっきり見えたのである。
 なんて偉そうに言ったら「自分を棚に上げるんじゃねぇよ」と罵倒されそうだけど、悩んだ末の決意を咲耶さんに伝えたのだから、あれは正しい選択だったと僕は考えている。五人という目安に従うなら、北斗、真山、京馬、輝夜さん、昴、そして芹沢さんの六人のうち、一人を翌日に回さなければならない。初日は男子組で二日目が女子組みたいな方法もあったが、それでも「この仲間は明日でいいや」という想いを抱かなければならなかった。それは僕にとって絶対不可能なことだったので、悩みに悩んだ末、僕は咲耶さんにこうメールを送ったのだ。
「プレゼン委員として目安を率先して守るべきなのだけど、僕はこれから、六人の審査をすることに決めた。咲耶さん、ダメな委員でごめんね」
 咲耶さんはメールではなく音声で、「打ち明けてくれてありがとう」とすぐさま応えてくれた。そして続けざま承諾と秘密にする旨を告げ、こちらの返事を待たず去ってしまった。その意味深さの真意を探るべくしばし熟考するも、僕は結局こう判断した。
 ――教育者として水晶の次に信頼している咲耶さんがそう言うのだから、咲耶さんの意図を理解できる日がいつか必ず訪れると信じて、指示に従おう――
 その日が訪れた今、僕は昨日の自分をちょっぴり誇らしく感じている。
 それもあったため、それこそ能力のすべてを注ぎ、ランダムに映し出される級友達のプレゼンを審査して行った。

 一時間後。
「やっと終わった、疲れた~~」
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