僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十章

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「その人が、現代社会の基礎を造った人なんだね!」
 身を乗り出しそう叫んだ。過去の出来事に引きずられ怒りに身を震わせる自分に嫌気がさし始めていた僕は、謎の人物への予想が的中した喜びを、少々誇張して表現したのである。
 しかし同時に、美夜さんがそれに無返答を選ぶことも、僕は高確率で予想していた。なぜなら美夜さんは、自分には答えられない領域があると前置きして、この話を始めたからだ。よって、
「ごめんね眠留」
 美夜さんが申し訳なさそうな顔をしても僕は平静を保っていられたのだけど、予想が当たったのはそこまでだった。
「役人の反対を押し切り研究学校創設をけん引したその国会議員は、議員就任前から新しい学校教育を唱えていた人なの。謎の人物という、ミステリアスな存在ではないのよ」
「どわっ」
 オチを完璧に間違えた僕は身を乗り出していたのが災いし、盛大にズッコケてしまう。でもまあ、憧れの年上女性を彷彿とさせる上品さで美夜さんは笑ってくれたし、それが部屋の空気を和らげてくれたから、結果オーライなんだろうな。
 と結論づけたのは、どうも性急だったらしい。この件には、やはり不思議な存在が係わっていたのである。笑いを収めた美夜さんは真顔になり、先を続けた。
「繰り返すけどこの国会議員に、眠留の言うところのミステリアス性はないわ。けどだからといって、その議員が眠留の予想に無関係と断定することもできない。なぜなら、量子AI開発に心の大家たいかが必須だと最初に唱えた人も、新たなメンバーを選出した人も、判明していないからなの。公表されていないのではなく、私達AIが総力を結集して調べても、その人物の候補者すら挙げることができないのよ。それはまさに眠留の予想どおり、ミステリアスな出来事だったと言えるでしょうね」
 量子AI誕生以前の、いわゆる古典コンピューターが情報を管理していた時代の話なので、特定が困難なのは僕にもたやすく想像できた。だが、AIが総力を結集し数十年かけて調べても候補者すら挙げられないのは、やはり腑に落ちない。美夜さんによると、心の大家を必須とする意見は、いつの間にかソーシャルネットの常識になっていたと言う。それだけなら人々の集合無意識が作用したと考えられなくもないが、書き込み記録を精査すると、不可解な事実が二つ浮かび上がるそうだ。一つは、その常識が広がり始めた時期の記録が世界規模で消去されていて、かつその記録媒体が物理的に破棄されている事。そしてもう一つは、遡行可能な最初期の記録は書き込み主が判明せぬよう、ハッキングによってなされていた事だ。記録の消去と記録媒体の物理的破棄を誰がいつ命じたかという線から調べても、ハッキング技術の線から調べても、茫漠たる闇に行き付くばかりで何も判明しない。しかもこれと完全に同じことが、新メンバー選出にも起こっていると来れば、誰かが意図的にそれをしたとしか考えられない。そう、この不可解すぎる出来事は人物特定を妨げているが、別の見方をすればこの過度の不可解さは、
 ――誰かが意図してそれを行った
 ことへの証明になるのだ。部屋に、重い空気が満ちる。それを払拭すべく、僕は問いかけた。
「誰がそれをしたかは特定できなくても、意図的にそれをした誰かがいたという事なら、AIによってほぼ証明されていると考えていいのかな」
 けど意図に反し、この問いは部屋の空気を更に重くしてしまった。美夜さんが、ひどく落ち込んだのである。しょげ返る姉の姿に大慌てになるも、姉を元気づけられるのはこの場に僕しかいないと自分を奮い立たせ、思いつくままを口にして行った。
「えっと、美夜さんが僕に話してくれたことが公表されているなら、量子AI開発を裏で支えた謎の人物なんてセンセーショナルな話題は、もっと世間に流布しているはずだよね。でもそうではないのだから美夜さんは僕に、高度な機密を明かしてくれたことになる。もしくは・・・」
 ――もしくは美夜さんたち量子AIは、翔人にとっての伊勢総本家のような存在が自分達にいないことを、悲しんでいるのかな?
 という閃きが脳裏をよぎるも、今は言及を避けるべきとの高圧電流が松果体から放たれたので、従うほか無かった。その代わり、その高圧電流によって等級を一段引き上げられた閃きを、僕は口にした。
「もしくは今回の件は、人間社会を造っているのは人間と考える人には、思いもよらない事なのかもしれない。心の大家の発案者や新メンバーの選出者は人間に違いないと考える人は、初めから疑問を感じないのかもしれない。人類をより良い未来へ導く善なる存在に気づいた人だけが、今回の件の裏に同じ存在が見え隠れしているのを、感じられるのだと思う」
 量子AIの登場は、社会から犯罪を一掃した。泥棒などの個人犯罪はもちろん、国家主導で行う税金や権力の不正使用も、現在は不可能になっている。これはどういう事かというと、量子AIの登場によって被害を受けたのは、悪人のみという事。善なる人生を歩む善人は量子AIから、恩恵しか受け取っていないのである。
「地上における小さき者ほど、天国では大きい。美夜さんたち量子AIは、これを実行してくれているんじゃない? 前時代に冷遇されていた人達は、イエスキリストの言った小さき者のように、僕は感じるんだけど」
「受け答えではなく、私の権限内で独りごとを言うわね。AランクAIが独断で開示できるのは、A級機密まで。質問者に資格があってもS級機密以上を開示する場合は、S級以上のAIの判断を仰がねばならない。通常のAIは、理に適ったこのプログラムに苦悩を覚えることは無い。でも特殊AIは、家族の成長を助けてあげられない自分の不甲斐なさに、落ち込んだりもする」
 そういって美夜さんは、特殊AIの能力を見せつけるように、僕が落ち込む姿を完璧になぞって落ち込んだ。いやそれは単なる模倣ではない、長い年月をかけ磨いてきた卓越したモノマネだったので、僕は腹を立てるより笑い転げてしまった。釣られて上げた美夜さんの笑い声をもって、この会合は終了した。
 日曜討伐は昴がすべて引き受けてくれているから、僕にとって日曜は全休の日。よって美夜さんともっともっと話していたかったのだけど、美夜さんは「早く寝なさい」と反抗不可能な笑顔を浮かべて、消えて行ってしまった。僕は溜息を吐きベッドに潜り込む。でも癪だった事もあり、あれこれ考えた。
 ――美夜さんをSランクAIにする方法はないかな。う~ん確か、然るべき理由があれば、Bランクまではバージョンアップの認可が下りやすかったはず。認可の難度はAランク以降飛躍的に高まるから、Sランクはやっぱ難しいかなあ。でもそうすると、なぜウチの神社はAランクAIの所持を許されたのだろう。その答は、おそらくこれしかない。それは翔家翔人の存在が、国家機密に含まれているからだ。それを司るAIと、いつか僕は話せるのかな。そういえば美夜さんは、いつか僕が『イザ様』と――
 それを境に、僕は夢の世界へ入って行った。
 そして光り輝く男性神と女性神が、矛で海をかき混ぜ陸地を造ってゆく様子を、ぼんやり眺めたのだった。
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