僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十章

大会前日、1

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 明けて日曜。
 サークルを終えた正午に、僕は咲耶さんからこんなメールをもらった。
「眠留達のプレゼンがクラス代表になる確率はとても低いから、大会用の六分プレゼンを準備する必要はないわ」
 明日午前九時十分に開催されるプレゼン大会には冒頭コントがなく、その代わり望むなら、一分長い六分のプレゼンを発表することができる。よって日曜正午の段階でクラス代表になる可能性の高い生徒へ教育AIはその旨を伝え、準備を促す決まりになっているのだ。一年生の場合、そのメールをもらってから大会まで二十四時間を切っているが、クラス代表候補になるほどの強者つわものにとって一分長いプレゼンを用意するなど、きっとお茶の子さいさいなのだろう。これは一期生の第一回大会以来、改訂も修正もされず続けられている事だった。かくいう僕と猛も、一分間の導入部分を前もって作成していたから、クラス代表候補になったとしてもさほど慌てなかったと思う。とはいえ慌てずとも、一年生総勢八百四十人を相手にプレゼンをする光景を想像しただけで、膝が震えちゃうのが本音なんだけどね。
 そしてその日の午後八時、十組の最終順位が確定した。クラス代表に選ばれたのは、芹沢さんと青木さんだった。西東京大会の一位と二位が共同研究者になっているのだから当然といえば当然なのだけど、それでもその発表がされるや、僕は二人へお祝いのメールを送った。大変だろうから後回しでいいからねと書き添えたのに、「そんな気遣いをしてくれる友人を後回しにできる訳ないじゃない」というお叱り付きで、二人はすぐさま返信してくれた。それが嬉しく、お叱りの箇所を何度も読み返してしまう自分に、僕ってマゾ気があるのかなと半ば真剣に悩んだものだった。
 クラス代表が芹沢さんと青木さんになるのは当初から予想されていたが、獲得点数二位に輝夜さんの名前があったのは、大多数のクラスメイトにとって意外だったと思う。AI開発という本命の研究を伏せていたことと、数学的天才性を認識できる同級生は北斗のみだったことの相乗効果により、輝夜さんが二位に食い込むほどのプレゼン巧者だと予想できた人は少数だったに違いないからだ。いや高確率で輝夜さんは、二位になった現時点においてさえ、低すぎる評価を下されていると僕には思えてならなかった。AIと親交を深め、様々な機密情報を教えてもらっている僕には、輝夜さんの説く「人とAIの未来像」がどれほど的確な未来予測なのかを、肌で感じることができたのである。これには北斗も賛同しており、「白銀さんには八十四点満点の三倍の得点を付けてもまだ足らん」という愚痴ぐちを、僕はこの四日間ずっと聞かされていた。まあそれは北斗にも当てはまり、僕も同種の愚痴をこの四日間、北斗に散々聞かせちゃったんだけどね。
 どういう事かというと、三位の北斗も輝夜さん同様、八十四点満点を数倍する配点が適正なのだと僕には思えてならなかったのだ。北斗が生涯を注ぐ「個人の成長と人類全体の成長の類似性」を長年教えてもらっている僕は北斗の凄さを感じられたが、最も遠大な研究テーマの一つとされるこれを五分プレゼンで理解できる一年生が、果たしてどれほどいるのだろうか。いや、たとえ学術的に理解できたとしても、このテーマのかなめであるを実感するのは困難極まると言える。類似性を実感するには、自分の成長の変遷を俯瞰できるのが必須なのだけど、これは多くの場合、素晴らしい人生を歩んできた老人にのみ可能なことだからだ。その証拠に北斗のプレゼンを祖父母に見てもらったところ、「彼はさぞ寂しかろうなあ」「寂しいでしょうねえ」と、二人は憂いを深く刻んだ表情をした。祖父母は北斗へすぐメールを送り、北斗からも返信がすぐ届き、三人はそれから暫くメールのやり取りをしていた。その夜、「お二人のお蔭で随分救われた、ありがとな」というメールを僕は北斗からもらった。そのメールに、輝夜さんと昴にとっての水晶のような存在が北斗にもどうか現れますようにと、僕は両手を合わせずにはいられなかった。
 蛇足になるけど僕と猛のプレゼンは、なんと四位だった。咲耶さんによると、時間超過の減点がなく、かつ僕と猛が十組以外の生徒だったなら、クラス代表に遜色ない高評価を得ていたとの事だった。まあでも、時間超過の原因となった冒頭のお笑いタイムがあったからこその高評価だろうし、何より十組以外の学校生活など想像できなかったため悔しさは微塵もなかった。というか、お笑いで点数を稼いでしまいゴメンナサイという謝罪の気持ちが次々湧いてきて、悔しさを覚える暇が無かったというのが実情かな。
 真山と京馬と昴も高評価を獲得し、それぞれ五位、六位、七位だった。真山のプレゼンは山の清々しい風が吹いているようであり、美鈴もそれを明瞭に感じたそうだから、それは錯覚ではなかったと僕は考えている。教育と洗脳の類似性と非類似性を説く京馬のプレゼンを、小学校時代の自分に重ねたクラスメイトは多かったらしく、京馬はその人達から熱烈な支持を得ていた。最重要要素と二番目に重要な要素を伝えられず苦しんでいた昴は、文化祭で焼き菓子担当になった女の子たちから「実力の百分の一も発揮できなかったって、私達はわかっているからね」と理解を示され涙ぐんでいた。「いきなり電話をかけて失礼かなって思ったけど、思い切って豊川先生にそれを話したら、その子たちは焼き菓子を心と体の両方で味わったんだなって言ってもらえた。一生懸命勉強して、豊川先生みたいな先生に私はなるんだ」 昴にとって今回のプレゼン大会は、七位という順位では到底語れない、人生の分岐点だったのだと僕は考えている。
 白鳥さんたち料理教室の三人組も、全員高評価だった。特に白鳥さんは代表こそ逃したものの一位に肉薄する二位だったらしく、非常に悔しがっていた。しかも悔しがる理由が「私のせいで料理教室の素晴らしさを伝えきれなかった」だったから、僕らは胸をしんみりさせながら白鳥さんを慰めたのだった。
 そして意外だったのが、那須さん。意外と言ったら失礼だけど、言葉数の少なさと眠たそうな半眼と常時木枯らし状態の以前の那須さんを知っている僕としては、彼女がクラス代表に選ばれるなど思いもよらなかったのである。夜八時半、皆とのやり取りが一段落した頃合を計り電話をしてきた当の本人がそうだったらしく、明日は大丈夫かなと那須さんは表情を曇らせていた。そんな彼女を助けるべく、どんな罰則も受けるから那須さんのプレゼンを見せてほしいと僕は教育AIに頼んだ。プレゼン大会の規則を遵守するなら、これが叶うことは絶対なかった。北斗と真山のプレゼンを僕の家族が視聴できたのは、僕の家族は明日のプレゼン大会の部外者だからに他ならない。だが、那須さんと僕は違う。那須さんはクラス代表として、そして僕はその採点者として、明日の大会を支える当事者だったのである。よって大会前日にあたる今日、那須さんのプレゼンの事前視聴を求めるなど狂気の沙汰だったのだが、僕は予想だにしなかった返答をもらった。
「女の子を励ますため進んで罰則を受けようとする男の子に罰則を言い渡さねばならない、私の身にもなってみなさい」
 そう咲耶さんは、許可できない理由に、規則違反を掲げなかったのである。 
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