僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十一章

美鈴の入学、1

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 昴が僕を陽動しフライングスタートを切ったことは、結果的にファインプレーだった。まあ僕らにとってのファインプレーとは、皆に爆笑してもらえたという意味なんだけどね。
 筋肉のリミッターを全解除したお陰でどうにかこうにか勝ちを収めた僕は、立っていられず石畳に両膝を突き呼吸を整えていた。その横で、
「お――い!」
 適度な運動を終え元気溌剌になった昴が、ピョンピョン跳ねながら両手をブンブン振った。すると母屋の方角から、
 パタパタパタッ
 こちらへ向かって小走りに駆けて来る六つの足音が聞こえてきた。最も歩幅が広く頼もしい足音を響かせているのは、真山。二番目に歩幅が広くリズムの神髄を窺わせているのが、北斗。体を真っ直ぐ用いて走るという競技の湖校代表になること間違いない、猛。足音を立てるだけで周囲の人達を楽しい気分にさせる、京馬。たおやかな大和撫子の健脚ぶりを驚かずにはいられない、芹沢さん。そして地球にいる時も月の世界の重力に守られているかのような足音を奏でる、輝夜さん。その六人が小走りで目の前にやって来て、笑いを堪えられませんとばかりに問うた。
「なぜそんな、ハーハーゼーゼー状態になっているんだ?」
 ヘタってしまった体に加え、心もヘタレまくって僕は答えた。
「だって昴が、速すぎるんだもん」
 昴は腰に手を当て仁王立ちになり、エッヘンと胸を張る。
 鳥居のたもとに集結した八人は、夕焼けに霞む広々とした境内を、笑い声一色に染め上げたのだった。

 食事の席で聞いたところによると、部活を終え中央図書館から歩いてきた芹沢さんは、新忍道サークルの練習場前で北斗と京馬に偶然出くわしたと言う。そして三人並んで歩くうち猛と真山に出くわし、五人で二年生体育館を通過したさい輝夜さんに出くわして、ワイワイやりながら皆で歩いて来たそうだ。道すがら様々な話題が取り上げられるも中心にあったのは「残り二人とも出くわさないかなあ」であり、母屋に入る直前それが叶ったため、その時の喜びようと言ったらなかったと皆は息せき切って説明した。
「母屋の玄関が目と鼻の先という場所にきた時、不意に輝夜が『昴だ』って振り帰って」
「石段の方に顔を向け耳を澄ますと、確かに眠留と昴の足音が聞こえて来て」
「そのとたん、お調子者の京馬がフライングで走り出しやがって」
「あっさり俺を抜き去った猛が何を言う。だがそれは置いて」
「先行し過ぎの二人の服を俺が引っ張り、レディーファーストを心がけて石段まで行ってみたら」
「昴はピンピンしているのに眠留くんは疲れ切っていたから、だいたい予想ついたの。でも」
「一応俺が代表し、理由を尋ねたら」
 ここで皆は目配せし声を合わせ、
「「「だって昴が、速すぎるんだもん」」」
 と僕のモノマネを一斉に行い、台所を大いに盛り上げた。すかさず猛と京馬が床に両膝を突き、心身共にヘタレ切った僕を再現し、そしてそれは瞬く間に過剰なヘタレ合戦へとなだれ込んだので、あの場にいなかった祖父母と貴子さんと美鈴も腹を抱えて笑っていた。実際二人のモノマネは、過剰であっても憎らしいほど僕の特徴を捉えており、ネタにされている僕自身が大笑いしていたのだけど、
「エッヘン!」 
 昴のモノマネなら私に任せてと言い放ち躍り上がった輝夜さんが二人の後ろで仁王立ちし胸を反らせたものだから、もう大変。
「「「ぎゃはははっっ!!」」」
 台所は抱腹絶倒のルツボと化したのだった。
 ふと、懐かしい笑い声を耳にした気がして、声の方へ顔を向けてみる。
 視界に入った神棚へ、見てのとおり素晴らしい仲間達に出会えたから安心してねと、僕は心の中でそっと語り掛けた。

 時間を忘れるほど楽しい夕食会はその後も続いた。僕らが笑えば笑うほど、湖校入学を明日に控えた美鈴へのプレゼントになると知っていた僕らは、面白い思い出話をどんどん提供して行った。僕ら八人にとっては定番ネタでも美鈴にとっては初めてのものが複数含まれていたからか美鈴はいつになく笑い転げていて、そんな美鈴に魂を射抜かれた真山が率先してお笑いコントを披露して行ったことは、ほのぼのとした気持ちを皆の胸に生じさせた。美鈴に少しでも楽しんでもらおうとする真山を助けるべく男子四人も奮闘した甲斐あって、落語好きの祖母と貴子さんから「これはお金を取れるレベル」という最高の評価を、頂くことができたのだった。
 そのお笑いタイムの最後、サプライズで美鈴にプレゼントを渡した。美鈴の湖校入学が決まった二月に皆でお金を出し合いお祝いを渡していた事もあり、この夕食会でサプライズプレゼントをする予定は当初なかった。だが新忍道サークルの合宿時に和服用の髪飾りを美鈴に贈ったことを真山が知るなり「負けてなるものか」と真山は目の色を変え、猛と輝夜さんと昴と芹沢さんもそれに同調した。「嬉しいけど二回の出費はさすがに申し訳ない、止めようよ」と説く僕を五人は完全無視し、その様子に噴き出した北斗と京馬も五人に加わったので、僕も諦めるしかなかった。とはいえ皆のことだから兄である僕の気持ちを十全に酌み、お金ではなく手間暇を掛けるという方針を採用してくれた。それこそがこの、アルバムだったのである。
「兄ちゃんたちが湖校で過ごした一年間を、アルバムに編集してみた。体育祭や文化祭等の行事、各種委員活動、選択授業に部活動、日直とHR、それら諸々がこのアルバムには入っている。湖校はやる事がとにかく沢山ある学校で、一年時はそれが特に顕著だから、これを見て参考にしてくれたら兄ちゃんたちは嬉しいな」
 美鈴は目が零れ落ちそうなほど瞼を開き、震える声で問いかけた。 
「お兄ちゃんたちの一年が、そこに?」
 昔ながらのアルバムの形をしていても、ページをめくるたびに動画が次々映し出されてゆく現代のアルバムを、僕は美鈴に差し出した。 
「そうだ、兄ちゃんたちの一年がここに詰まっている。受け取ってくれるかな」
 美鈴はあたかも、これ以上価値のある物はないかの如く両手でアルバムを受け取り、そしてそれを胸に抱いて言った。
「ありがとうお兄ちゃん。ありがとう皆さん。今まで黙ってきましたが、私だけが一年遅れて生まれて来たことを、私はずっと寂しく感じてきました。けどこのアルバムがあれば、その想いを手放せるはずです。お兄ちゃん、皆さん、本当にありがとう」
 輝夜さんと昴と芹沢さんが立ち上がり、泣き崩れる寸前の美鈴を支えた。
 北斗と猛と真山と京馬が立ち上がり、泣き崩れる寸前の僕を支えた。
 僕と美鈴も、それに精一杯応えようとした。
 でも、それは叶わなかった。
 僕と美鈴に負けぬほど、皆の瞳も涙に濡れていたからである。
 それは祖父母も貴子さんも猫達も同じだった。
 神棚も台所も母屋もそして神社全体も、それから暫しの間、涙の一時を過ごしたのだった。

 午後八時、夕食会はお開きになった。「もうあんな遠くまでいちいち帰らなくていい、寮最高~~」と浮かれはしゃぐ京馬に代わり、仲間内で最遠距離通学者となった芹沢さんが「私も寮生活したい!」と悔しがったことは、その日最後の笑いを誘った。まあでも芹沢さんのご家族は、愛娘が本気で寮生活を望む前にこっちへ引っ越してくるはずだから、芹沢さんが寮生になる事はほぼ100%ないんだけどね。
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