僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十二章

答はいつも、1

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 翌、十二日のお昼休み。
 昼食時の話題として、運動系部員と文科系部員のノリの違いを香取さんが取り上げた。僕の予想ではこの話題に最も動揺するのは那須さんで、智樹はその次だったのだけど、実際は逆だった。あろうことか、僕は忘れていたのである。智樹が、香取さんに恋をしている事を。
「ええっ、そんなことない・・・いや、本人の主張を無視して決めつけるのは良くないな。でも、少なくとも俺は香取さんを・・・いや、大切なのは俺の考えじゃなく香取さんの考えだよな」
 身を乗り出し反対意見を述べるも、その直後客観性を取り戻し内省するという、起伏の激しい感情の波を智樹は二つ披露した。そしてそののち
「ごめん俺、香取さんは陽気で賢いクラスのムードメーカーだって安心しきってたよ・・・どわっ、ひょっとして香取さん、無理してムードメーカーになっていたとか!」
 自分の未熟さを盛大に恥じてから香取さんが無理をしていた可能性に気付き大慌てになると言う、ひときわ大きな感情の波でもって智樹は尋ねた。そうそれは、谷を深くえぐったのち空に向かって急上昇してゆくロケット発射台のような感情の波だったため、智樹は発射台から放たれたロケットよろしく椅子から跳び上がっていた。お弁当を粗方食べ終えていたとはいえ食事の席でこれほど激しく体を動かすのは本来ならマナー違反なのだろうが、心底純粋に香取さんを案じるその様子は、同じく香取さんを案じる那須さんの心に冷静さと好意を芽生えさせたらしい。那須さんは斜向かいに座る智樹に先ず体を向け、
「福井君、私の代わりに正直な想いを明かしてくれて、ありがとう」
 そうお礼を述べる。続いて体を再度左に回転させ、
「福井君の質問はもっともだわ。ねえ結、無理してムードメーカーをしていたの?」
 那須さんは穏やかな口調で香取さんに問いかけた。智樹の慌てぶりに丸くなっていた香取さんの目が、嬉しげに細められてゆく。それだけで安堵の息を吐いた智樹の純粋さが嬉しくてその背中を景気よく叩くと、智樹は盛んに照れながら椅子に腰を下ろした。それがいかにも可愛らしく、僕はこの友をイジリたくて堪らなくなってしまった。
「智樹って、可愛いのな」
「可愛いは言い過ぎだ。純粋って呼べ」
「いよっ、この純情ボーイ」
「いや待て、純情ボーイはニュアンスが違くないか?」
「ん? 僕は自分を、純情ボーイって思ってるけど」
「むっ、確かにそうだな。眠留と同じならまあいいか」
 なんて、互いを小突きワイワイやる僕らに笑みを零したのち、香取さんは仲間三人へ交互に顔を向ける。
「三人ともありがとう。それで三人に、聞きたい事があるんだ。湖校入学後の自分を改めて振り返ったら、小学校とは真逆だって気づけたの。明るく陽気でいることに、私は違和感が全然ないみたいなんだ。みんな、どう思う?」
 すると、
「良かった~~」
 智樹がこれまた心底純粋に無理していなかった事を喜ぶものだから、僕はコイツの恋の助けをとことんしたくなってしまった。「私も同じ」というオーラをキラキラ放つ那須さんに目配せし、僕らは芝居を始める。
「いや智樹、香取さんは違和感を覚えない仕組みを尋ねたんであって・・・あれ? 良かったっていう智樹の感想は、必ずしも間違いじゃないのかな?」
「ああ良かった。結、無理していたのでは無かったのね」
「なるほど。那須さんがそうであるように、友人としての第一声は、良かったで正しいんだ」
「うん、福井君の言うとおり、まずは何より良かっただと私も思う」
「ほら見ろ眠留、どんなもんだ!」
「でも福井君は、友人のままで良いの?」
「えっ、あっ、いやその、うわあっっ!」
「だよね那須さん。おい智樹、腹を括って答えるんだ。お前は香取さんを!」
「ちょ、ちょっと待った! 今は、香取さんの悩みを解決するのが第一だと思うんだが!」
「う~ん、残念だけど福井君に一理あるかな。結も、それでいい?」
「へ、はっはい。どうぞそれで、よろしくお願いします」
 香取さんは体を目一杯すぼめながらも、乙女の恥じらいに染まった頬でペコリと頭を下げた。
 そんな香取さんに、三島から猛アタックを受けていた頃の青木さんを思い出した僕は、今では公認の仲になった二人と同じ道を智樹と香取さんも歩むようになる気が、なぜかしきりとした。ふと脳裏を、咲耶さんの言葉がかすめる。
『異性の学友達と良好な関係を築くことは、学校生活をエネルギッシュにする最大の原動力の一つ』
 了解です頑張ります、と胸の中で咲耶さんに敬礼し、僕は口火を切った。
「仮に香取さんが無理して明るく振る舞っていたら、運動系部員と文科系部員のノリの違いを乗り越えるのは、もっと複雑になっていたと思う。けど香取さんは、両者の垣根を飛び越える天性の陽気さを持っているんだよ。これは香取さんの願いを成就させる追い風になるんじゃないかって、僕は思うんだ」
 畳みかけるように那須さんが続く。
「猫将軍君の意見に私も同意。結の陽気さには、垣根を超える力があると思う。もし結が陸上部員だったら、結の陽気さに私は絶対救われたはず。ほら私、もともと暗い性格だから」
「夏菜は暗い性格じゃないよ!」
 数秒前まで身をすぼめていたのはこの力を蓄えていたのです、と言わんばかりに香取さんはその身を弾けさせ、那須さんの手を取った。
「さっき夏菜が穏やかに問いかけてくれたとき、私はそれだけで落ち着けて、顔をほころばせる事ができたの。これは、暗い性格の人が自然に振る舞ってできる事じゃない。昨日の生い立ち話で感じたように、夏菜は生来の、穏やかなお嬢様なのよ!」
 それから香取さんは、那須さんの性格は決して暗くないという証拠を次々挙げていった。そんな香取さんに那須さんも様々な話をし、その過程で初めて知ったのだけど那須さんはどうも、日本屈指の製薬会社の創業者一族に連なるお嬢様らしい。らしいと言うのは那須さんがはっきりそう告げなかったからで、その意を汲み正確な情報を要求するようなことを僕らはしなかったが、小説家の卵の香取さんにとっては、那須さんの明かした僅かな情報で充分だったみたいだ。「夏菜はあの製品で有名な、製薬会社の創業者一族だったのね」と納得顔で頷く香取さんに、「確固たる専門分野と社会への広範な知識の双方が小説家には必要だって、言われている通りの人なのね結は」と那須さんも納得顔で頷いていたから、きっと香取さんは正解に辿り着いたのだろう。有名な製品も製薬会社の名前も僕には思い付けなかったが、那須さんが名家のお嬢様であることなら知り合った当初から確信していた事もあり、「夏菜は生来の穏やかなお嬢様」という香取さんの主張に、僕はもろ手をあげて賛同したのだった。
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