僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十二章

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 全国六十の研究学校には、毎年約五万人の生徒が入学する。同学年生徒の5%に当たるその五万人は、その他の95%の生徒達とは異なり、研究学校で徹底的に学ぶことが二つあると言われている。一つは研究に他ならず、これは研究学校に入学するのだから、95%の生徒にも想像しやすいだろう。だがもう一つは、研究学校生以外には想像しにくいと思う。それは、機密保持。研究学校に入学した五万人は、十二歳や十三歳といった年齢から、秘密を漏らさない技術と胆力を徹底的に鍛えてゆく。なぜなら機密漏洩癖のある人にプロジェクト参加の依頼がどしどし寄せられ、世界で通用する専門家として大成するなど、絶対ないからだ。
 機密保持の勉強は基本的に、教育AIとの約束という形で行われる。僕と智樹が先日、教育AIから明かされた秘密がそれだ。あのとき教育AIは、救命救急受講を許可されるための二つの条件を、一般開示水準を超えて僕らに教えてくれた。それは僕らが、秘密を明かすに値すると認められた結果なのだから、僕らはそれに応えねばならない。教えられた秘密が公表され、秘密でなくなるその日まで、僕らはそれを他者へ漏らしてはならないのだ。またそれは、僕と智樹だけに課せられた湖校初の義務でもない。なぜなら湖校十九年の歴史の中で、あの秘密を知ったのが僕らだけとは、到底考えられないからだ。数多の先輩方が守ってきた機密情報を、僕らの油断のせいで漏洩させるなど、決してあってはならない。このようにして研究学校生は、機密保持の重要性を学び、そして身に着けてゆくのである。
 とはいえ、それが学校生活全般に当てはまるなんて事ももちろんない。いやむしろ、学校生活で耳に入って来る機密情報の方が扱いは断然難しく、然るにそれこそを、機密保持訓練の真打ちと考えるべきなのだろう。友人知人との交流で知った情報の中には、機密性の薄いものはおろかマイナスのものすら、つまり積極的に広めるべき情報すら多々含まれているからだ。したがって研究学校生には、それを見極める能力も求められる。命がけで守るべき情報なのか、そこまでは行かない情報なのか、気軽に話して良い情報なのかを、誰にも相談せず自分で判断しなければならないのだ。そんな六年間を過ごす事により、高度な機密に触れる資格を持つ世界的な専門家へ、研究学校生は育ってゆくのである。
 という、研究学校生以外にはちょっとやそっとじゃ想像できない諸々の事情があったため、輝夜さんの「床に横たわる生徒に私が声を掛けられたのは、すべて昴のお蔭なのです」という発言は、皆を緊張させた。救命救急の授業内容を昴がこっそり輝夜さんに漏らしていた可能性を、それは孕んでいたからだ。が、
 ――僕は違うからね。
 心の中で、僕は輝夜さんにそう呼びかけた。
 昴が輝夜さんへそれを話しているか否かを、僕は知らない。
 輝夜さんが今から何を話そうとしているのかも、僕は知らない。
 けど、輝夜さんと昴がどういう人なのかなら、僕は知っている。
 輝夜さんがこの場面で昴の話をすると決めたのだから、そこには相応の理由がある。
 僕には理解不可能でも、輝夜さんと昴なら理解可能な理由がある。
 よって僕は、二人にとことん付き合う。
 これから聴く話が、輝夜さんと昴にどんな結果をもたらそうと、僕は二人と同じ道をゆく。
 僕はそれを、空間を介し直接、輝夜さんへ伝えたのだ。
 ――ありがとう。
 空間を介しそう応えたのち、輝夜さんは話した。
「怪我をした部員のもとへ、昴はいつもまっしぐらに駆けてゆく。そして適切な応急処置を施し、回復日数を予想し、そしてその期間の練習メニューを伝えるから、私たち同級生部員は怪我をしてもあまり慌てないの。防具を付けているとは言え、長い棒で叩き合いをする薙刀に怪我はつきものだし、筋肉や関節に痛みを覚えるのもしばしばだから慣れている面があるのは否めないけど、迅速丁寧に応急処置を施され、現代の医療技術なら問題なく治るよって微笑まれると、怪我をした方も見守っている方も、不安がふわりと抜け出てゆく。薙刀の腕に加え、そういう器の大きさも持っているから、昴は私たち二年生薙刀部員の、不動の女王様なのね」
 いやいやそれは薙刀部員に限ったことじゃないって、に類する発言が矢継ぎ早に飛び交った。それをにこにこ顔で聴いていた輝夜さんはいかにも内緒話をする仕草で、
「ホント言うと昴は自分の女王様気質をちょっぴり悩んでいるの。昴の前では普通の友達でいてあげてね」
 と言ったものだから、皆は光の速さで団結し、普通に振る舞うことを誓ったものだった。そんなみんなへ姫君の笑みを振りまき、輝夜さんは先を続ける。
「自分にないものを持っている人に憧れを抱く傾向が、人にはある。私は、先陣を切るタイプではない。だから、負傷者が出たという緊急事態に先陣切って戦いを挑み、そして毎回それに勝利する昴を、尊敬してやまなかった。初めは、その想いだけが心の中にあった。でも月日が経つにつれ、別の想いが芽生えて行った。昴を筆頭とする騎士見習いの部員達が、医療面と精神面の両方で応急措置技術を向上させていった横で、私は何をしていたのだろう。私は、先陣切るタイプではないという理由に隠れ、何もしなかっただけなのではないか。そんな想いが、心の中に芽生えていったのね」
 輝夜さんは一旦言葉を切り、目を閉じる。多分としか言えないけど、輪になって座る皆も心の目を伏せ、こんな問いかけをしているように感じられた。
 ――自分はどうなのだろう。
 瞼を開け、輝夜さんは話を再開した。
「何もしなかっただけなのではないかという疑問が、何もしなかっただけだったという結論に変わったころ、部員の一人が足首を捻挫した。優れた反射神経に足さばき技術がまだ追い付いていないその子は、転倒による打撲や擦り傷には慣れていたけど、初めて経験する靭帯の痛みをとても怖がっていた。なのに私はまごつくばかりで、言葉を掛けることすらしなかった。私は自分を責めた。昴の見立て通り捻挫は軽く、医療AIも全治二週間の診断を出していたけど、痛みと不安に顔を青くしていたその子に言葉すらかけられなかった自分が、情けなくて仕方なかった。でも結局私は、一番重要なことを全く理解していなかったの。二週間後、部活に復帰したその子は、足さばきを教えてって私に言った。償いの気持ちもあったから、私は一生懸命になった。その子の骨格や筋肉の特徴を調べて、どのような練習メニューにすれば良いかを、その子と一緒に考えて行った。そしたらある時、その子が言ってくれたの。私の身になって考えてくれて、ありがとうって。その言葉のお蔭で、私は一番の間違いに気付けたんだ」
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