僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十五章

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「妖魔を切り伏せてゆく過程で、眠留は体を前後左右に幾度も傾けたが、頭部は異なる動きをしていた。胴体と一緒に傾く場合と、胴体は傾いているのに頭部は垂直を維持している場合の、二種類があったんだ」
 あの余興の台本を書いた北斗は、冒頭で僕が戦う妖魔の強さと、それ以外の妖魔の強さを、実は変えていた。新忍道に譬えるなら冒頭の妖魔の強さはAランク、京馬達はDランク、それ以降はEランクになっていたのである。それについて北斗は、観客の心を掴むため冒頭に強敵を配置したと説明し、かつそれを秘密の演出にするよう男子達に呼び掛けた。だが智樹は九分九厘それに気づいたはずで、そう思ったとたん恥ずかしさが増したから、旧十組の男子以外を騙しているという罪悪感も牛若丸を恥ずかしいと思う理由なのかもしれない。しかしそれを表情に出すと、話を再び中断してしまう。よって打ち明けるのは後にして、僕は検証報告に集中した。
「頭部の動きを分けていたのは、体軸と重心だった。頭部の垂直維持にこだわったせいで体軸と重心が破綻するような事を、眠留は決してしなかった。そしてそれは、サッカーをする真山も同様だったんだよ。俺の閃きは、正しかったんだな」
 頭部を垂直にする長所と短所を、今話すべきなのか後にすべきなのかを、僕が決めかねているのを察したのだろう。補足があったら遠慮せず言ってくれと前置きし、智樹は長所を発表していった。
「寝ている時間以外のほぼ全てを、人は頭部を垂直にして過ごしている。然るにスポーツでも同じ状態の方が、脳は視覚情報を素早く処理できる。実験でも垂直時と傾斜時では、脳内に構築した鳥瞰図ちょうかんずの精度に差が出るそうだな」
 鳥瞰図とは簡単に言うと、高い場所から地面を見下ろした図だ。智樹は十指を走らせ、その実験のCG映像を出した。
「実験協力者を二つのグループに分け、初めて訪れる公園の入り口に目隠しして連れてゆき、二秒間だけ目隠しを外して公園内部を見せる。そして公園の鳥瞰図を、記憶だけを頼りに作ってもらう。すると、頭を真っすぐにして公園内部を見たグループは、頭を傾けて公園内部を見たグループより、精度の高い鳥瞰図を作成したそうだ」
 その論文は僕も読んだことがあり、また僕の実体験とも合致した。人の脳は頭部を垂直にした方が、公園のどの場所にどんな遊具があるかを素早く処理し、記憶する事ができるのである。
「サッカーは、鳥瞰図作成力が特に有用なスポーツだ。この能力に秀でた選手は、上空から二十二人の選手を見下ろしつつサッカーをする事ができる。よって敵の隙を突く作戦を素早く立てられるし、自陣に攻め込む敵の意図を察知して防御態勢を敷くことも、素早くできるんだな」
 サッカーではボールを持った味方が敵陣地を駆け上がると、その味方を助けるべく、数人の味方も敵陣地へ突っ込んでゆく。その突っ込む場所が重要で、敵の守りが薄い場所を見極められればパスを受け取りやすくなり、得点率も上昇する。そのさい求められるのが、鳥瞰図を作る能力だ。高精度の鳥瞰図を一瞬で作成できれば、ピッチを一瞥しただけで敵と味方の位置関係を正確に把握し、味方と連携して敵の守りを崩し、ゴールにシュートを叩き込みやすくなるのである。
「そして鳥瞰図は、頭部を垂直にした方が作りやすい。だから真山も、そして妖魔と戦う眠留も、頭部を揺らさず広い視野を確保しているのだが、それに比べ俺は・・・」
 智樹は肩を落とし、試合中の自分の映像を出した。
「グラグラ揺れる頭で、視野の狭いせせこましいサッカーをしている。これでは、攻撃と防御の質が下がって当然だな。だが目次を見て、それだけじゃないって気づけたよ。目次に書かれた三章のタイトルは、パスの届け方だ。つまり」
 智樹は言葉を切り、パス失敗時の自分を力強く指さして言った。
「精度の低い鳥瞰図では味方までの距離を測りにくいから、飛距離の正確なパスも、蹴りにくくなるんだな!」
「うん、そうだよ。シュートは固定されたゴールに蹴るけど、パスは高速移動する味方に蹴るから、飛距離の処理がただでさえ難しい。それなのに頭が揺れていたら、処理はもっと難しくなるから、遠くまで飛びすぎるパスになったり、手前で止まるパスになったりしてしまうんだね」
「ウオオ――!」
 拳を握り雄叫びを上げる智樹に、僕は新たな映像を見せた。それは試合前の、作戦会議の様子だった。
「作戦会議はこうして、ピッチに見立てた縦長の長方形を空中に映し、味方を表す十一個の白丸と、敵を表す十一個の黒丸を配置して行うよね。このように全体を見ながらすると、この場面で自分はこう動けばいいんだって、作戦内容を理解しやすくなる。そして真山は、試合中はもちろん部活中も、この『上空から見た全体図』を頭の中に描いて、サッカーをしているんだって」
 拳を握った智樹は、雄叫びを上げる口の形を保ったまま、無言で硬直していた。五秒近くが過ぎたころゆっくりこちらに顔を向け、幾度も噛みつつ問うた。
「眠留も去年の夏、真山と同じことをしていたのか?」
「う~ん、新忍道では似たことをしていたけど、サッカーでできたのは夏休み最終日の、三時間耐久試合が初めてだったよ」
 似たことと言葉を濁した罪悪感が表情に出ぬよう、僕はポリポリ頭を掻いた。ピッチを走るサッカー選手は、言うなれば二次元世界を行き来しているから、俯瞰という三次元視野が強力な武器になる。それは新忍道も同じだけど僕は俯瞰に、戦友達の生命力と意思も加えてモンスターと戦っている。僕の頭の中には、現在の彼らと数秒後の彼らの、両方が映っているのだ。これと同等なことが、三時間耐久試合で始めてできた。とはいえ、それを活かしてパスを通せたのは真山だけだったから、一から十まで真山が凄いのだと僕は考えていた。だが改めて研究してみるとそれは正しくなく、そしてそれを素直に認める事が、サッカー部員達への恩返しになると僕は気づいた。サッカー素人の僕を受け入れ、人生最高の夏を過ごさせてくれたアイツラに、初めてお礼ができると悟ったのである。だから本当は隠し事などしたくなかったのだけど、翔人の能力をペラペラ話せない僕は、似たことと言葉を濁すしかなかったのだ。
 そんな僕の罪悪感を、補足するか否かを決めかねているのだと、智樹は好意的に解釈してくれたらしい。
「そういえば、妖魔と戦う眠留は、頭部の垂直維持にこだわっていなかったよな。体軸と重心以外の理由でサッカーにも当てはまる場面があったら、ぜひ教えてくれ」
 決められないなら俺が決めてやるとばかりに、智樹は毅然と教えを請うた。その潔さに、罪悪感を抱いている暇があったら友の手助けをしろ、と僕は自分を叱りつけて答えた。
「サッカーでは、敵選手と激しくぶつかって地面に投げ出される場面が、どうしてもあるよね。その時は、垂直維持にこだわらなくていい。そんな事より体を柔らかく使って、衝撃を体全体で吸収する。その方が、怪我も回避しやすくなるしね」 
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