僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十五章

初訪問、1

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 それは夕食後の団欒の、何気ない会話から始まった。
「輝夜さんの家も、森に囲まれているんだにゃ」
「ええそうよ。多摩湖の南斜面の森におじいちゃんとおばあちゃんの畑があって、畑の中心に家があるの」
「畑! おいら畑が大好きにゃ」
「まあ、末吉くんは畑が大好きなのね」
「そうなのにゃ。畑の土は柔らかいから、おもいっきり走って野菜を飛び越えても音がしないにゃ。それに蝶々やトンボもたくさんいて、おいらワクワクするのにゃ」
「う~んでも、末吉くんが近所の畑にいるの、わたし見たことないような」
「畑に入るのは、原則禁止なのにゃ」
「えっ、どうして!?」
「猫は農家さんが大切にしている畑をトイレにするにゃ。だから翔猫は畑になるべく入らず、畑をトイレにしないよう、近所の猫たちに呼びかけているのにゃ」
 これは初めて聞く話だったので、僕は食器を洗いながら二人の会話に耳を澄ませていた。三人娘の十分の一も夕食作りに貢献できない僕は、せめて台所の後片付けをすると娘達に誓っていたのである。とは言えそれが無かったとしても、娘達の高速おしゃべりに参加できるとは思えなかったし、それにこうして背中越しに会話を聞いているだけで無上の喜びが沸き起こって来たから、僕はそれで充分だったんだけどね。
 その後、昴と美鈴も二人の会話に加わり、畑の話題は大層な盛り上がりを見せていた。そして遂に、昴がこの提案をする。
「じゃあ末吉、今度眠留と一緒に、輝夜の家に行ってみなよ」
「なっ、なっ、なんで眠留くん?」
「なんでって、私は輝夜の家に幾度もおじゃまさせてもらってるし、私も早く中級翔人になりたいし」
「昴お姉ちゃん、焦っちゃダメだよ」
「そう言われてもねえ美鈴ちゃん。眠留と輝夜の初級翔人期間は三か月足らずだったのに、私はもう七か月以上経っているの。焦っているのが短距離走なら、ジョギングくらいはさせてもらいたいわ」
 お前のジョギングを世間一般のジョギングと一緒にするな! と胸中叫んだことが功を奏し、水晶に口止めされている秘密を僕は心の奥底に留めることができた。だがそれについて考えたとたん昴の超感覚が発動して僕の頭の中を覗かれてしまうため、僕は今年四月に湖校で発生したとある騒動を、記憶の中から引っ張り出すことにした。
 一年生以外の研究学校生は四月に基礎体力測定をするのが恒例になっていて、その折の女子1000メートル走で昴はある騒動を起こした。それは非公式ながら、中学二年女子における日本新記録を出したという騒動だった。教育AIが秘密裏に作った昴専用のスパイクシューズを履き、単独で競技に臨んだところ、同学年女子における日本最速タイムを昴はあっけなく出してしまったのである。あっけなくというのは誇張でもなんでもなく、1000メートルを走り終えた昴は地面に崩れもせず立ち止まりもせず、晴れやかな表情で普通に歩き、さほど乱れていない呼吸を整えていただけだったそうだ。二年生女子10人を無作為に選び、一人が100メートルを走るリレーと競っても勝ってしまう昴にとってのジョギングが、世間一般のジョギングと同じワケがない。僕はあの時の騒動を思い出すことで、昴が中級翔人の技術を既に習得し終えている事実を、心の奥底に押し留める事ができたのだった。が、
「じ―――」
 などとわざわざ口に出して昴が僕の背中を凝視するものだから、僕は入道雲に睨まれたちっちゃい綿雲と化してしまった。昴お姉ちゃん勘弁してあげて、という美鈴のとりなしにより入道雲の視線を背中に感じなくなっても、箸を洗う僕の手から震えが去ることはなかった。まあそれでも、三人娘の会話はちゃんと聴いていたんだけどね。
「ん~、誰かさんがお師匠様がらみの事を考えていたのは不問にするとして」
 昴はいったん言葉を切り、小気味よく手を打ち鳴らして先を続けた。
「何はともあれ、末吉を畑で遊ばせてあげたいわ。ところで末吉、いきなりだけど、あなたは犬が苦手だったりする?」
「苦手じゃないにゃ。でもテレパシーが通じない乱暴な犬に遭ったら、苦手と思うかもしれないにゃ」
 これは少しばかり興味を引く話だった。小吉が以前ちらりと漏らしたところによると、よほど凶暴な個体でない限り、犬と猫はテレパシーによる意思疎通が可能なのだと言う。地域差や発情期等々の要因が作用するにせよ、犬と猫は本来、仲の悪い間柄ではないのだそうだ。
「あのね末吉くん、私の家には大きなジャーマンシェパードがいるの。元々は青山の実家で番犬を務めていたのだけど、私が祖父母の家に住むようになったら、父があの子を送って来てね。専門の訓練を受けている優しくて賢い子なのに、やっぱり容姿が恐いのか、あの子が来てから近所の猫たちが家にまったく寄り付かなくなっちゃったの。だから末吉くんが来てくれたら状況が変わるかなって、ちょっぴり期待しているんだ」
「状況が変わるかはわからないけど、その犬からは凶暴な匂いがしないにゃ。狭山丘陵近辺の猫たちは翔猫とつながりが深く、犬や鳥と無用な争いを避けるから、触らぬ神に祟りなしになっているだけだと思うにゃ」
 にゃあにゃあ言葉に続き末吉は小首をかしげ、犬の散歩の範囲について尋ねた。輝夜さんは思い当たる節があったのか、そう言えばと前置きして答えた。
「おじいちゃんとおばあちゃんの畑は、森の中の一本道を200メートル行った奥にあるの。森の手前は茶畑になっていて、その茶畑と住宅街を分ける道まで歩いて来たら、犬の散歩は終わり。ウチの犬は、道の先にある住宅街の犬や猫と、知り合いになっていなかったのよ。その猫たちが、交流のないジャーマンシェパードの匂いのする一本道を300メートル歩くのを躊躇うようになっても、当然だったのね」
 輝夜さんの祖父母の畑は、半径100メートルの円の形をしていると言う。また畑と森の境界にはさくがあり、柵は道で門になっていて、その門を閉めている時はシェパードを畑に放しているそうだから、猫が恐がって当然なのかもしれないと僕も思った。
 その後、僕らは末吉の夏休みの申請について話し合った。末吉には、翔猫としての日々の鍛錬がある。よって輝夜さんの家を訪ねるには鍛錬を休まねばならぬのだが、きちんとした理由があれば、夏の思い出となる休日をもらえるかもしれない。そのきちんとした理由を、台所の片づけを終えた僕も加わり、皆で知恵を出し合い考えたのである。そして遂に話がまとまり、口上の練習をし、準備万端整ったところで、
「お師匠様、少し時間を頂けますでしょうか」
 床に正座した昴が空中に問いかけた。
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