僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十五章

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「天海が聖鏘を記した頃はまだ月鏘しかいませんでしたから、三つの現象以降は陽鏘の説明がしばし成されます。天の涼音にも紙幅が割かれていて、天海はその中で、全国の守り神の仮宮を可能な限り突き止めるよう命じています。私達はそれに従い江戸時代は幕府の力を借り、明治時代以降は政府の力を借りて仮宮を探しました。父によると、翔家の総本家と新二翔家は力を合わせて政府に働きかけ、開発の名のもとに仮宮が破壊されてしまわぬよう努めてきたそうです」
 天海の講義を初めて受けた去年五月の、心が崩壊するあの感覚を極々小規模味わった僕は、深呼吸を経て輝夜さんに腰を折った。
「旧三翔家が魔想討伐のみに明け暮れてこられたのは、白銀家と御剣家の、四百六十年に及ぶ犠牲があったからこそでした。謹んで、お礼申し上げます」
「私ども新二翔家は、総本家の指示に従ったまでと聞き及んでいます。猫将軍家の嫡子殿、どうか顔を上げてください」
 輝夜さんによると、天海が命じた守護者の仮宮の探索及び保護は、新二翔家が翔化能力を失わない手段の一つでもあったらしい。『徳川幕府の倒れし後、日の本は白肌人のまつりごとを真似る。天主教を祭る白肌人は守り神を忘れて久しい故、新二翔家は総本家と力を合わせ、仮宮を守るべし』 聖鏘に記されたこの命令に従ううち、これが翔化能力の保持に役立っていることを、新二翔家の翔人は痛切に感じたと言う。討幕後の西洋化を天海が予言していたことは質問を我慢できても、「アトランティスには青肌人や黄金肌人もいたそうよ」との輝夜さんの呟きは、我慢の限界を超える寸前だった。だが今は、その時ではない。僕は新二翔家への詫びの気持ちを一段引き上げて、質問を呑み込んだ。そんな僕に、輝夜さんも何かの覚悟を引き上げたようだった。
「聖鏘の前半は仮宮保護の命令をもって終了します。後半はアトランティスについてですが、事前にそれを明かしたのには理由があります。今から私が宙に文を書きますので、眠留くんの率直な意見を聞かせてください」
 輝夜さんは瞑目し、深呼吸を一回したのち瞼を開け、宙に字を綴った。
 
  五万年前、
  葡萄牙西方の大洋に、
  安登鑾帝主と呼ばれし   
  七つの島あり
 
 どうかな、と不安げな眼差しで問いかける輝夜さんへ、僕は確認する。
「二行目の葡萄ぶどうの牙は、ポルトガルでいいんだよね」
「はい、そうです」
 最短の返答のみをする輝夜さんの不安を取り除くべく、僕は穏やかに語った。
「北大西洋という場所と、アトランティスという名前は僕の知識と同じだけど、年代と陸地の形状は異なっている。輝夜さん、でも安心して。通説と異なるという理由だけで否定するような事を、僕はしないからさ」
 アトランティス伝説の学術的起源は、紀元前四世紀の古代ギリシャの哲学者、プラトンにさかのぼる。プラトンはアトランティスを、先祖の知人のソロンがエジプトの神官から聞いたとし、8000年前に海に沈んだ非常に大きな島と記述している。シュメール文明を世界最古の文明と考えていた頃は、1万年前に滅んだアトランティスにロマンを感じただろうが、ギョベクリ・テぺの遺跡が1万2000年前に完成したことを知っている現代人にとっては、正直さほどでもない。加えて、プラトンの紹介したアトランティスには青銅器文明程度の技術しかなかったと来れば、尚更なのである。そう説明してから、僕はずっと温めてきた持論を述べた。
「プラトンは、アトランティス本国と植民地を、ごちゃ混ぜにしたんじゃないかって僕は考えているんだ」
 続いてプラトンの記した「非常に大きな島」について考察してゆく。
「地中海しか知らなかったプラトンにとって、最も大きな島はキプロス島だった。そのキプロス島よりアトランティスは大きかったから『非常に大きな島』とプラトンは表現したのに、後世の人々が勝手にそれを大陸に変えた。よって大陸より天海の『七つの島』の方が、プラトンにむしろ近いのかもしれないね」
 さあ次はアトランティス伝説で有名な、首都を同心円状に囲む運河についてだ、と意気込み僕は続ける。
「船と言えばナイルの川船を思い浮かべる二千年前のエジプト人にとって、地中海はナイル川より危険な場所だった。その地中海より大西洋は更に危険という認識をエジプト人は持っていたはずだから、大西洋と内陸を繋ぐ運河だけが、彼らの想像しうる安全な航路だったと思う。よって大西洋上の七つの島を優れた航海技術によって安全に行き来するアトランティス本国の話が、長い年月を経て『運河の張り巡らされた国』に変化したんじゃないかなって僕は感じた。たとえば最も発展した島が中央にあって、残りの六島が中央島を取り囲む位置にあったら、『首都を取り囲む運河』になっても不思議じゃないみたいな感じだね。まあその場合はエジプトの神官自身が、植民地と本国をごちゃ混ぜにしてたって事になるんだけどさ」
 なんて感じに、輝夜さんが宙に綴った文への肯定的見解を三つ紹介したのち、僕はある推測を述べた。
「さっき輝夜さんは、聖鏘は偽書筆頭とされること間違いないって言ったよね。それにアトランティスが絡むと、ある推測が立つ。それは聖鏘のアトランティスが、超科学文明を有しているのではないかという推測だ。プラトンの説いたアトランティスの科学力は、青銅器文明に留まっていた。アトランティスの超科学力が取り上げられるようになったのは、二十世紀以降でしかない。にもかかわらず十七世紀初頭の文献にアトランティスの超科学が書かれていたら、歴史学者はそれを大発見にせず、偽書と断じるはず。けどそれを言うなら僕自身が荒唐無稽な存在だし、というか僕は、最初からこう確信していたんだよ」
 嘘偽りない知的好奇心の爆発した表情で、僕は問うた。
「天海の説くアトランティスは、現代科学を凌ぐ超科学力を、獲得していたんだよね!」
 嘘偽りない晴れやかな表情で、輝夜さんは答える。
「はい、そうです。アトランティス人は空を飛ぶ船に乗って太陽より遠くの太陽に行けたと、天海は記していますね」
「ヒャッハ――ッッ!!」
 僕は文字どおり、飛び上がってしまった。そんなダメ生徒を輝夜さんはほのかな笑みで見守ってくれていたが、その笑みが暫時的許可のサインである事はいかな僕でも判る。一回飛び上がっただけで着地するなり正座へ戻った僕に、輝夜さんはほのかな笑みを、満面の笑みへ替えた。
「ありがとう眠留くん。大変興味深い考察を三つも聴かせて頂いたお礼に、超科学の話を少し紹介するね」
 それから輝夜さんは、聖鏘に書かれた超科学の幾つかを話してくれた。そのどれもに興奮したが最も興奮したのは、これだった。
「昔のアニメが好きな眠留くんは、電話ボックスを知ってるよね」
「もちろん知ってるよ」
「アトランティスにも電話ボックスに似た機械が多数設置されていて、人々は電話を掛ける手軽さで、機械から機械にテレポーテーションしていたそうよ」
「ドッヒャ――ッッ!!」
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