僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十五章

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 場が収まるまで数分を要するも、輝夜さんはなんとか先生に戻ってくれた。
「オッホン、それでは授業を再開します。次に学ぶのは、月鏘の誕生ですね」
 空中のファイルがめくられ、魔想戦の技術を磨いている翔人候補生と友漿の様子が映し出された。一見したところ、基本は猫将軍家と同じらしい。ただ青年男性翔人の操る十文字槍が、想像をはるかに超えてカッコ良かった。
 最初期の煤霞を落ち着いて討伐できるようになり、指導教官に合格を告げられると、翔人候補生は晴れて初級翔人になる。その喜びと自信を糧に友漿は心を成長させ、月鏘に生まれ変わるそうだ。月鏘はイメージ伝達能力を得るだけでなく鈴のが明らかに美しくなるので、漿から鏘へ文字を替えるらしい。それに伴い通常は愛称も新しくするが、どんな事にも例外はあるもの。なんと凛ちゃんは、友漿になりたてのころから月鏘の音を奏でていたと言う。よって月鏘になってもそれは変わらず、愛称も引き続き「鈴ちゃん」だったが、武蔵野姫にお会いしたとたん格調高い音色になったため、鈴を凛へ替えたとの事だった。僕は嬉しくて堪らなくなり、
「輝夜さんの銀鈴の声と、武蔵野姫の天の涼音が、凛ちゃんは大好きなんだね。良かったね凛ちゃん」
 と語りかけ目尻を下げまくっていた。すると、
 ★眠留さん、恥ずかしいからあまりニコニコしないで★
 白銀の光に朱色をほんのり差した凛ちゃんに、そうお願いされてしまった。僕と輝夜さんは一矢報いたとばかりに、ハイタッチしたのだった。
 授業はそれから陽鏘へ移り、分身やテレポーテーションを含む様々な神通力を陽鏘が使えることを輝夜さんは教えてくれた。創造主の願いを助ける存在として、陽鏘と精霊猫は等しい関係にあるのだと僕は感じた。
 そして遂に、授業はクライマックスへ突入した。「眠留くんの最初の質問に答えるね」と先生が言ってくれたのである。憧れの輝夜先生の授業が終わってしまうのは残念でも、の偉人という表現が気になっていた僕は、その時代を特定してもらえるのが嬉しくてならなかった。その「終わってしまう」と「太古っていつ?」を輝夜さんは察したのだと思う。古代と上古と太古の区別を知っていますかと問いかけられた僕は、この素敵な時間がちょっぴり延びる喜びを胸にハキハキ答えた。
「古代は当時の建造物と、当時の人によって書かれた文献が今も残っている時代。上古は建造物は残っていても、曖昧な過去の出来事として古文書に記されているため、正確なことが判らない時代。太古は上古を更にさかのぼった、遺跡や化石を基に考察するしかない時代ですね。日本なら古代は平安時代から飛鳥時代まで、上古は奈良時代と古墳時代、太古は弥生時代以前を差すのが一般的でしょう」
「はい、それが『歴史学的』に認められた現在の時代区分ですね。と強調すれば、眠留くんはもっと張り切ってくれるのではないかしら」
 うお~先生大好きです~~、とちゃっかり告白して僕は応えた。
「歴史学的に認められた文献に限定しないなら、奈良時代以前も竹内文書もんじょ秀真伝ほつまつたえ等の、いわゆる『偽書』が残っています。荒唐無稽の烙印を押されていますが、それを言うなら僕ら翔人や月鏘も、荒唐無稽な存在です。タイムマシンが開発されるまで、竹内文書などを偽書と断じるのは控えるべきではないかと、僕は考えています」
「はい、私も同じ考えです。荒唐無稽を基準にするなら、白銀家に伝わる文献は全て偽書ですからね。その中でも偽書筆頭とされること間違いないのが、この『聖鏘』なのです」
 輝夜さんは十指を閃かせ、表紙に『聖鏘』と記された古文書を映し出した。その際の「筆跡で出自が露呈せぬよう、放浪中に書体を苦労して変えたと伝えられています」という輝夜さんの解説はこれが天海の直筆であることを示し、また読みやすさを重視したその書体は、「遥か未来の子孫も視野に入れてこれは書かれた気がする」との感想を僕に呟かせた。
「私もそう思う。それと、中級翔人の私に許可されているのは、表紙を映すまでなの。眠留くん、許してね」 
 口調は砕けていても、教師の心構えを一段上げたことが明白な声で、輝夜さんは聖鏘の講義を始めた。
「翔人としての天海の絶筆と語り継がれているこの文書は、前半と後半の二部構成になっています。前半は、数百年後に生まれる翔人とその関連事項について。そして後半は・・・」
 輝夜さんはここで一旦言葉を切り、ハイ子のお絵かき機能を用いて、五つの漢字を空中に書いた。教師の心構えを更に上げて、輝夜さんが問いかける。
「眠留くんなら、これをどう読む?」
「真ん中のらんという字を、僕は偶然知っている。魔法と機械工学が融合した異世界漫画で、皇帝専用機を鑾駕らんがと呼んでいたんだ。よってこの字をランと読むなら」
 僕は宙に書かれた安登鑾帝主という五文字を指さし、言った。
「これは、アトランティスだよね」
「そう、これはアトランティス。天海はルビを振らなかったので江戸時代の先祖達は確証を持てなかったようだけど、現代人なら判る。天海はこの文書の後半を、アトランティスの説明に割いているの」
 普段の僕なら、ここで手が付けられなくなるほど喜ぶのだろう。しかし狼嵐家にシリウスと読む翔人がいる理由と、鳳家にクロスやアイリスと読む翔人がいる理由に解答を得られた気がした僕は、三十秒近く押し黙っていたらしい。なぜ「らしい」かと言うと、僕の熟考を輝夜さんと凛ちゃんが静かに見守ってくれていたからだ。礼を述べ熟考の訳を話すと、狼嵐家と鳳家について殆ど知らない凛ちゃんが多大な興味を示したので、僕はその二家の簡単な説明をした。それへの謝意と、授業を中断してしまった謝罪を述べる凛ちゃんへ、旧三翔家の講義を今度は僕が開くことを約束したのち、授業は再開した。
「私に関する事柄なので照れますが、この古文書の前半には、予言の翔人が生まれる際の現象が三つ書かれています。一つ目は誕生時に、全陽鏘が自ずと集まる事。二つ目は、予言の赤子はほぼ泣かないがその健やかな寝顔に、健康を案じる声は上がらない事。そして三つ目が、誕生時刻後の太陽の南中時に、天の涼音が聞こえる事です。『この三つを満たす女子が生まれたら輝夜と名付けよ、その子は聖鏘の友朋である』 これは、原文を読むことを許されていない私に、父が現代口語でかつて教えてくれた言葉ですね」
 この古文書は上級翔人が個別に読むのみで授業等も設けられていないが、輝夜さんは予言された当人だった事もあり、特例として当主かつ上級翔人の父親が内容を講義してくれたと言う。その想い出語りをする輝夜さんが柔らかな気配を終始まとっていたことから、父親の光彦さんは娘に優しかったことが窺え、僕は目頭が熱くなってしまった。それが伝播したのだろう、輝夜さんは湿り気を帯びた声で続きを話した。
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