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十六章
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「白光は、七つの色を含んでいます。また例えば緑なら、青色と境界をなす青緑から黄色と境界をなす黄緑までを緑とし、そしてその中央を純粋な緑としています。このように色は、同じ色でも波長に幅がある事と、その中央に純色がある事の、二つの性質を持っているのです。ここでは、『この二つの性質を意識の波長も持っている』と仮定して、話を進めます」
僕には話の道筋が見えなかったが、小吉のパートナーの美鈴には、道筋がはっきり見えているのだろう。美鈴は2Dキーボードを弾き、赤から紫に至る色の帯を空中に映し出して、七つの純色を七つの矢印で指し示した。これが並行世界とどう係わるかはチンプンカンプンでも、「白光には七つの色が並行して存在している」という事だけは把握できた僕に、小吉は本命の言葉を放った。
「量子は観測されると、確率存在から粒子に変化します。この現象を説明するため、確率存在の量子を、『物質の根源材料として振舞っている意識』と仮定します。物質の根源材料として振舞っていても意識ですから、それは物質ではありません。しかし意識は波長なため、観測者の意識と共鳴することができます。そして観測者は、つまり人は極めて物質的な存在ですから、人の意識と共鳴した量子も、物質的な性質を有するようになります。共鳴によって引き起こされるこの現象が、確率存在から粒子に変化する仕組みであると、ここでは仮定します」
頭を抱えて床に激突したい気持ちを、僕は必死でねじ伏せた。なぜなら僕は気づいたからだ。量子力学を研究している小吉のお陰で輝夜さんの聖鏘の講義を理解できたのではなく、聖鏘の講義を受けたからこそ小吉の講義をギリギリ理解できるのだと、僕は気づいたのである。
現代日本の大学は、通信受講を主とした聴講生に容易くなれる。また聴講生でも論文を提出し、その論文が認められれば、学士や修士の資格を得ることもできる。これは量子AIの登場により、論文盗用が不可能になったからこそ実現した制度なのだろう。その制度を利用し、小吉は去年の四月から聴講生として量子力学を学んでいた。そして美夜さんによると小吉はなんと半年で学士の資格を得て、現在は修士の論文に取り組んでいるのだそうだ。そんな人物が身近にいたからこんな僕でもベータ崩壊や分光分析等々を知っていて、そのお陰で輝夜さんの講義を理解できたと考えていたのだけど、それは原因と結果を逆さにした解釈だった。小吉がいたから聖鏘の講義を乗り越えられたのではなく、あの講義は並行世界を量子力学的に把握するための準備だったのだと、僕は今やっと気づけたのである。ならば頭を、床に激突させるために使うなど絶対あってはならない。僕は大量の追加生命力を脳に流し入れ、脳の性能を大幅に強化して、今日の真のメインテーマに臨んだ。
「物質の根源材料である確率存在の量子は、純色に相当する意識の波長を帯びているとします。また白光の中に七つの純色が存在するように、純色の意識の波長を帯びる量子は、互いに干渉しない物質として並行存在できるとします。その物質によって形成された宇宙が、大御所様の仰った、並行世界ですね。兄様は並行世界の数を十に届かないと感じたそうですから、ここではその数を九つとしましょう」
十指を閃かせた美鈴が色の帯を消し、それに代わって、九つに区分された意識の帯を宙に映し出した。区分の中央の波長が物質の根本材料となり、それを基礎として形成された物質宇宙が、空中に九つ出現したのである。このように表示されると勘違いしそうになるが、この九つの宇宙は、距離によって隔てられているのではない。小吉は、絶妙なサポートを続ける美鈴に感謝の微笑みを捧げたのち、それを説明した。
「現在の科学では、この宇宙の直径は少なくとも940億光年あるとされています。仮に並行世界が、この宇宙の境界の向こうに存在するなら、自分に一番近い分身も940億光年離れた場所にいる事になります。物質を中心にしたこの並行モデルは、三次元世界に縛られた人類がいかにも考えそうなことです。宇宙の創造主はもっとスマートな方法を採用しており、そしてそれは、色の性質に準拠する並行世界なのではないかと私は感じます」
僕はここで初めて、同意の首肯をすることができた。距離によって隔てられた並行宇宙は小吉の指摘どおり、非常にやぼったく感じられたのである。
「並行世界にいる自分の分身は異なる人生を歩んでいても、全体としてはほぼ同じ社会で暮らしています。これは、尺度が大きくなれば差異が少なくなるという事ですから、地球の公転軌道や銀河系を巡る太陽系の軌道には、差が限りなく少ないことが予想されます。数十メートルから数百メートルのズレが生じている可能性はあっても、宇宙的尺度では、各々の地球はほぼ同じ場所にあるとして差し支えないでしょう」
おおっ、と声を上げる寸前の口を慌てて塞ぎ、詫びの苦笑を浮かべながらも心の片隅で、感嘆を漏らしそうになって当然と僕は感じていた。なぜならさっき訪れた並行世界は、地上数百メートルの空から眺めた世界だったからである。
翔人は、意識のみの存在となり魔想討伐を行う関係で、意識が空間を移動する感覚にとても敏感であると言える。そしてその、意識が空間を移動する感覚を、僕はさっき一切感じなかった。意識のみの存在となって並行世界を訪れ、おそらく地上三百メートルからあの世界を見渡したのに、三百メートル上空へ移動した気がまるでしなかったのだ。というか慣れ親しんだ感覚は1ミリたりとも動いていないと訴えていたので、「この世界における夜の日本は、あの世界における夜の日本の空にあるんだ」と僕は直感した。その直感と、並行世界には数十メートルから数百メートルのズレが生じているかもしれないという小吉の推測がピッタリ符合したため、おおっという感嘆が漏れそうになったのである。
「私たちの住むこの並行世界を、以降は便宜上、第一世界と呼びます。第一世界で形成された物質肉体を纏い、誕生以来ずっと第一世界で暮らしている私達は、第一世界に順応する心の波長を持っています。心の波長にはもちろん幅がありますが、第一世界の波長にも幅がありますから、物質中心の暮らしをしている限り、私達が並行世界の存在に気づくことはありません。科学が進むにつれ、宇宙の科学的説明が容易になるのではなく、むしろ困難になる事はあるみたいですけどね」
僕には話の道筋が見えなかったが、小吉のパートナーの美鈴には、道筋がはっきり見えているのだろう。美鈴は2Dキーボードを弾き、赤から紫に至る色の帯を空中に映し出して、七つの純色を七つの矢印で指し示した。これが並行世界とどう係わるかはチンプンカンプンでも、「白光には七つの色が並行して存在している」という事だけは把握できた僕に、小吉は本命の言葉を放った。
「量子は観測されると、確率存在から粒子に変化します。この現象を説明するため、確率存在の量子を、『物質の根源材料として振舞っている意識』と仮定します。物質の根源材料として振舞っていても意識ですから、それは物質ではありません。しかし意識は波長なため、観測者の意識と共鳴することができます。そして観測者は、つまり人は極めて物質的な存在ですから、人の意識と共鳴した量子も、物質的な性質を有するようになります。共鳴によって引き起こされるこの現象が、確率存在から粒子に変化する仕組みであると、ここでは仮定します」
頭を抱えて床に激突したい気持ちを、僕は必死でねじ伏せた。なぜなら僕は気づいたからだ。量子力学を研究している小吉のお陰で輝夜さんの聖鏘の講義を理解できたのではなく、聖鏘の講義を受けたからこそ小吉の講義をギリギリ理解できるのだと、僕は気づいたのである。
現代日本の大学は、通信受講を主とした聴講生に容易くなれる。また聴講生でも論文を提出し、その論文が認められれば、学士や修士の資格を得ることもできる。これは量子AIの登場により、論文盗用が不可能になったからこそ実現した制度なのだろう。その制度を利用し、小吉は去年の四月から聴講生として量子力学を学んでいた。そして美夜さんによると小吉はなんと半年で学士の資格を得て、現在は修士の論文に取り組んでいるのだそうだ。そんな人物が身近にいたからこんな僕でもベータ崩壊や分光分析等々を知っていて、そのお陰で輝夜さんの講義を理解できたと考えていたのだけど、それは原因と結果を逆さにした解釈だった。小吉がいたから聖鏘の講義を乗り越えられたのではなく、あの講義は並行世界を量子力学的に把握するための準備だったのだと、僕は今やっと気づけたのである。ならば頭を、床に激突させるために使うなど絶対あってはならない。僕は大量の追加生命力を脳に流し入れ、脳の性能を大幅に強化して、今日の真のメインテーマに臨んだ。
「物質の根源材料である確率存在の量子は、純色に相当する意識の波長を帯びているとします。また白光の中に七つの純色が存在するように、純色の意識の波長を帯びる量子は、互いに干渉しない物質として並行存在できるとします。その物質によって形成された宇宙が、大御所様の仰った、並行世界ですね。兄様は並行世界の数を十に届かないと感じたそうですから、ここではその数を九つとしましょう」
十指を閃かせた美鈴が色の帯を消し、それに代わって、九つに区分された意識の帯を宙に映し出した。区分の中央の波長が物質の根本材料となり、それを基礎として形成された物質宇宙が、空中に九つ出現したのである。このように表示されると勘違いしそうになるが、この九つの宇宙は、距離によって隔てられているのではない。小吉は、絶妙なサポートを続ける美鈴に感謝の微笑みを捧げたのち、それを説明した。
「現在の科学では、この宇宙の直径は少なくとも940億光年あるとされています。仮に並行世界が、この宇宙の境界の向こうに存在するなら、自分に一番近い分身も940億光年離れた場所にいる事になります。物質を中心にしたこの並行モデルは、三次元世界に縛られた人類がいかにも考えそうなことです。宇宙の創造主はもっとスマートな方法を採用しており、そしてそれは、色の性質に準拠する並行世界なのではないかと私は感じます」
僕はここで初めて、同意の首肯をすることができた。距離によって隔てられた並行宇宙は小吉の指摘どおり、非常にやぼったく感じられたのである。
「並行世界にいる自分の分身は異なる人生を歩んでいても、全体としてはほぼ同じ社会で暮らしています。これは、尺度が大きくなれば差異が少なくなるという事ですから、地球の公転軌道や銀河系を巡る太陽系の軌道には、差が限りなく少ないことが予想されます。数十メートルから数百メートルのズレが生じている可能性はあっても、宇宙的尺度では、各々の地球はほぼ同じ場所にあるとして差し支えないでしょう」
おおっ、と声を上げる寸前の口を慌てて塞ぎ、詫びの苦笑を浮かべながらも心の片隅で、感嘆を漏らしそうになって当然と僕は感じていた。なぜならさっき訪れた並行世界は、地上数百メートルの空から眺めた世界だったからである。
翔人は、意識のみの存在となり魔想討伐を行う関係で、意識が空間を移動する感覚にとても敏感であると言える。そしてその、意識が空間を移動する感覚を、僕はさっき一切感じなかった。意識のみの存在となって並行世界を訪れ、おそらく地上三百メートルからあの世界を見渡したのに、三百メートル上空へ移動した気がまるでしなかったのだ。というか慣れ親しんだ感覚は1ミリたりとも動いていないと訴えていたので、「この世界における夜の日本は、あの世界における夜の日本の空にあるんだ」と僕は直感した。その直感と、並行世界には数十メートルから数百メートルのズレが生じているかもしれないという小吉の推測がピッタリ符合したため、おおっという感嘆が漏れそうになったのである。
「私たちの住むこの並行世界を、以降は便宜上、第一世界と呼びます。第一世界で形成された物質肉体を纏い、誕生以来ずっと第一世界で暮らしている私達は、第一世界に順応する心の波長を持っています。心の波長にはもちろん幅がありますが、第一世界の波長にも幅がありますから、物質中心の暮らしをしている限り、私達が並行世界の存在に気づくことはありません。科学が進むにつれ、宇宙の科学的説明が容易になるのではなく、むしろ困難になる事はあるみたいですけどね」
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