僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十六章

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「・・・ッッ!!」
 先ほどの美鈴と同じく、驚愕と驚喜を混ぜ合わせた表情で、僕は目蓋をカッと開けた。
 するとこれまた同じく、翔子姉さんが優しく頭を撫でるものだから、僕はふにゃふにゃの豆柴になってしまった。でもここからは少し異なり、瞳を煌々と輝かせるもフニャフニャになるしかない豆柴に美鈴が笑いだし、釣られて翔子姉さんも笑みを浮かべて、僕の髪を指で梳き始めたのだ。恥ずかしくて仕方ない気持ちももちろんあったけど、翔子姉さんがさも幸せそうに髪を梳くので、大好きな姉にかまってもらい上機嫌な弟を脱することが僕にはどうしてもできなかった。まあ翔子姉さんと美鈴が楽しげにしているなら、僕はそれで充分なんだけどさ。
「眠留の髪はサラサラで気持ちいいから、指を離せなかったわ。眠留、付き合ってくれてありがとう」
「えっ、私の髪はサラサラじゃないの、翔子姉さん!」
「サラサラに決まってるじゃない、まったく甘えん坊なんだから」
 翔子姉さんはそう言って美鈴をハグし、背中をポンポンと叩いた。その姿に、遠い星に住んでいた頃の翔子姉さんの姿が重なり、ある想いがふと脳裏をかすめた。
 ――猫科の大型獣だった翔子姉さんは、本当はハグではなく、毛づくろいを望んでいるんじゃないかな――
 考えれば考えるほどそう思えてきて、僕はこっそり胸を抑えた。長い長い年月を過ごした星から引き離され、文化も文明も、それどころか人類の形状すら異なる惑星に転生してきた翔子姉さんの心中を思うと、心臓を刺されるような痛みを覚えずにはいられなかったのである。だがそれをそのまま表に出すと、優しく賢いこの姉は全てを察知するに違いない。よって翔子姉さんの背中側へ体を動かし、視界から外れた場所でこっそり胸を抑えたのだ。が、
「あのねえ眠留、私は弟の気遣いを感じられない姉ではないの」
 健闘むなしく僕はハグされ、背中ポンポンをされてしまった。まあこの姉を誤魔化すなど、最初から無理なんだけどさ。
 ともあれ、妹と弟のハグを終え床に座り直した翔子姉さんは美鈴を呼び寄せ、左手で美鈴の手を握り、右手で僕の手を握って、テレパシーで語り掛けてきた。
「もう解っていると思うけど、あれは私の前世の記憶。ああして額と額をくっ付けないと、私はまだ、心像を相手に伝えられないのね」
 それから翔子姉さんは僕と美鈴のテレパシーを中継し、三人でおしゃべりする場を作ってくれた。僕は嬉々としてテレパシーで語り掛けた。   
「体を接触させていれば他者に聞かれないテレパシー会話が可能なのは知ってたけど、心像を送ってもらったのは初めてだったから驚いたよ」
「前世の翔子姉さん、すっごく綺麗ですっっごく可愛かった。猫耳と、あのモフモフの尻尾、私も欲しいなあ」
「僕は空飛ぶ畳が欲しい。四千メートル超えの高層ビル群も、ワクワクして堪らなかった」
「自然を微塵も損なわない飛行都市を作ってもらって、あの星も嬉しかっただろね。早く地球も、ああならないかなあ」
「うふふ、二人共ありがとう」
 翔子姉さんはその後、猫人類の歴史と飛行都市について、簡単に説明してくれた。

 猫人類は見てのとおり、猫科の大型獣から進化した人類だった。しかし肉だけではなく木の実や果物も好んで食べていたのは、地球の猫と違っていたそうだ。ただ木の実や果物を食べても大型獣だったため食料危機は常に付きまとい、そのせいか闘争本能は地球の猫より強く、戦争ばかりしていたと言う。そして世界規模の戦国時代を一千年続けた結果、猫人類はとうとう絶滅の危機を迎えた。総人口が百万を切り危機感を覚えた猫人類は休戦協定を結ぶも、そんな状況に陥っても闘争本能を抑えられない自分達に、きっと嫌気が差したのだろう。発情期が来にくくなり、新生児数は従来の5%以下になってしまった。絶滅を避けられないと誰もが思い、都市を離れ自然の中で最後の時を迎えようとする家族が増えて行った。しかし都市を離れた猫人類の中から新人類が誕生し、希望が生まれた。容量が旧人類の八倍ある松果体を持つ新人類は、鍛えぬいた体で渾身の運動をすれば、闘争本能を完璧に発散する事ができたのである。頭脳明晰かつ愛情深くもあった新人類を、猫人類に贈られた最後のチャンスとみなした旧人類は、新人類だけが暮らす区域を造りそれを独立国とし、自分達はなるべく関わらないよう努めたそうだ。「その国に集った十万人の新人類が、現生猫人類の始祖なのね」 この言葉をもって前世の話は、飛行都市の話題へ移って行った。
 翔子姉さんも不思議がっていたが、地球のメートル法とあの星の尺度法には、千分の一の差もないらしい。よって翔子姉さんは僕と美鈴に合わせ、飛行都市の説明にメートル法を用いてくれた。
 直径約32キロの飛行都市には300万人が生活しており、あの惑星には同型艦があと二隻あると言う。外周の高層ビル群は三棟ごとの七区に分けられ、計二十一棟あるそうだ。ビルの大きさはすべて等しく、高さ4200メートル直径700メートルの円柱を成し、最下部の300メートルは商業及び工業プラント、その上の900メートルは農業プラント、そしてその上の3000メートルが居住区で、十四万三千人弱が暮らしている。ビルの七区分は内側の公園と学校にも及び、例外は都市中央に建てられた議事堂ただ一つしかない。区を構成する四十三万人のうち最も心の成長した三人が議員となり、合計二十一人の議員でもって、人口300万の飛行都市を運営しているのだそうだ。
 と、ここまでは僕と美鈴が翔子姉さんの話を遮ることは無かったが、次の話題の冒頭で二人同時に「ん?」と首を傾げて話の邪魔をしてしまった。翔子姉さんは「暗算の得意なあなた達のことだから、首を傾げると思った」とコロコロ笑ってくれたが、それでも僕と美鈴の赤面は避けられず、よって美鈴に懇願の眼差しを向けられた僕が疑問を口にした。
「ええっと、翔子姉さんによると猫人類は病気の全てを克服済みで、平均寿命は150歳と言ってましたよね。なら単純に、300万人を150で割った2万人が同級生の人数になると思うのですが、翔子姉さんは学校に通う同級生の数を、約3万5000人と言いました。単純計算より1万5000人も多いのは、どういう事なのでしょうか」
 満足げにウンウン頷き質問に耳を傾けていた翔子姉さんは突然、
「若者はある年齢に達すると、一年間で人数が半分になるとします。その年齢は?」
 との問題を出した。言うまでもなく美鈴は暗算で済ませたが、僕はハイ子のお絵かき機能を用いて代数式を考え、筆算せねばならなかった。にもかかわらず、またもや懇願の眼差しを向ける美鈴に口を尖らせるも、僕がこの妹の頼みを断れるワケないのである。
「二十一歳で人数が半分になるなら、飛行都市の人口は297万5000人になります」
 そう答えた僕と、僕にそう答えさせた美鈴を交互に見つめ、あなた達はこれに耐えられるかしらと呟いたのち、翔子姉さんは言った。
「二十歳の誕生日を迎えた猫人類は、恐竜の住む大陸へ赴き、そこで一年間の単独生活をするの。つまりその一年間で、同級生は半分になるのね」 
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