僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十七章

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 それ以降、HRは紛糾した。理由は二つあって、一つは立候補が十三人もいた事だった。一年時はクラスHPに申請し、申請者が五人以下十一人以上なら抽選で決めるという穏便な方法が採られていたが、それは研究学校に慣れてない一年時のみの方法にすぎない。二年生以降はHRで立候補を募り、定員を超えたら演説と討論の時間を設け、投票によって決めるという普通の選挙が採用されていたのだ。このクラスが定員超えになったのは今回が初めてだったから、十三人が挙手した時点で、委員選出の長時間化を大勢のクラスメイトが想像したと思う。だが、北斗と真山の予想を聞いていた僕ら四人は違った。長引くのは選出ではなく、その前に繰り広げられるだと僕らは知っていた。本来とは異なる主旨の意見が唱えられ、それが引き金となり長時間の論戦が勃発すると、北斗と真山は予想していたのだ。そしてそれは、預言の如く成就した。「立候補者の演説に移ります」と栗山さんが言うや、責任感の強い男として名高い小池が挙手し、異を唱えたのである。
「最初に立候補した四人は、後期委員になるべきだ」
 小池が示したその崇高な責任感に、同種の意思のもとに断行された五カ月前の出来事を、僕はありありと思い出していた。

 五か月前。
 二年生に進級した日の、翌日の放課後。
 前期委員クラス代表が一堂に会した第一回代表会議で、仮議長の推薦を受けた北斗は立ち上がり、朗々と宣言した。
「不純な動機を掲げた前期委員が、俺のせいで多数出た。これを認めたら俺達は四年後、湖校独自の生徒会長選挙における『試験採用』を、初めて勝ち取れなかった学年になるだろう。然るに俺は、仮議長を含む全ての役職を放棄することを、ここに宣言する」
 そう宣言するや北斗は2Dキーボードを操作し、自分の横に録画映像を出した。そこに映っていたのは、真山だった。続いて教育AIが会議室に現れ、去年十月の録画であることを保証したのち、それは再生された。真山は自分のせいで不適切な後期委員が多数出た事実を詫び、そして北斗と話し合いこれを根絶する計画を立てたと明言した。再生が終わり、北斗は会議室の面々へ鷹の眼差しを向けた。
「生徒会長選挙における試験採用を、先輩方が十三年間勝ち取り続けて来た歴史を、俺達は『理解しているつもり』でしかなかった。故に俺と真山は話し合い、現実を白日の下にさらす計画を立てた。俺達二人は、多数の生徒を罠に嵌め、犠牲にしたのだ。犠牲になった人達へ詫びる。申し訳なかった」
 北斗は立ち上がり、腰を直角に折った。真山の映像と教育AIの校章は既に消えていたため、今回の件は北斗一人が画策したような空気が会議室を覆った。それを払拭すべく北斗ファンクラブ会長の東條さんが仮議長に立候補し、信任投票によって程なくそれは可決され、学年長及び役員を次々決めて行った。東條さんのその手腕と、それを助けた去年の前期委員達が、去年の北斗の偉業を代表委員達に思い出させたお陰で、北斗と真山の計画は二年生校舎に好印象をもって広まって行ったのだった。
 これが、五カ月前の出来事の詳細。
 この出来事があったから北斗ファンクラブの子も真山ファンクラブの子も糾弾されず、また二十組がそうだったように、その子たちへのフォローも各組ごとに行われていた。だがその一方、心に傷を負い未だ立ち直れない子が複数いたのも、紛れもない事実だったのだ。そしてそれが、ある想いを二年生の心に芽生えさせた。それは、後期委員こそは相応しい生徒を選んでみせる、という想いだった。一年後期と二年前期の二連続で不適切な生徒を委員にしてしまったのだから、二年後期は正しい選出を絶対してみせると、大勢の生徒が切に願ったのである。ならば、
 ――あの北斗と真山が、それに気づかぬ訳がない。したがってその対策を、二人が講じていない訳がない――
 と、僕は考えた。智樹と那須さんと香取さんもそれに完全同意し、よってそれを前提に僕ら四人は一限目を話し合いに充てた。その成果を二限目に北斗と真山に伝えたところ、前提が正しかったことが判明した。僕ら六人は二限目を使い四限目の対策を立て、対策が確立するやそれを旧十組の全員にメールで知らせた。三限目は旧十組の全員も話し合いに加わり、そして満を持して四限目の、文化祭初HRに臨んだのである。だからそのHRの最中に、小池が崇高な責任感のもとに主張した、

  最初に立候補した四人は、
  後期委員になるべきだ

 との意見に、僕らは落ち着いて対応することが出来た。事前の打ち合わせどおり、智樹が挙手して問いかけた。
「小池の気持ちは理解しているつもりだが、誤解があってはならない。理由を、ぜひ聞かせてくれ」
 人格者として揺るぎない信頼を獲得している智樹にそう請われ、気力が益々漲ったのだろう。小池は「理解しているつもりを繰り返しちゃいけないよな」と前置きし、責任感の権化となった。
「七ツ星北斗が主催する代表委員会に加わりたかった俺は、二年時は前期委員になって、クラス代表に立候補するつもりだった。だが勝ち目は薄いと感じ、俺は代表戦から逃げた。この五カ月間、それを悔やまなかった日はない。だから俺は、非常識でもはっきり言う。このクラスの中心である智樹たち四人には、後期委員になってもらいたい。お前たち四人がクラス代表として最も適切であると、俺は思うからだ」
 その後、クラスは真っ二つに割れた。小池の意見を支持する生徒と支持しない生徒の、二つに分かれたのだ。両者は人数もプレゼン能力も伯仲しており、集団討論形式を採用したこともあって、一瞬の沈黙もない論戦が続いた。
 不支持派が掲げたのは、自由意志の尊重だった。文化祭実行委員に立候補する人の意思が、学年全体の負債のせいで妨げられるなどあってはならないと、不支持派は説いたのである。
 だがその主張は支持派にとって、むしろ好都合だったらしい。勝機とばかりに支持派は問うた。「小池は自由意志によって発言したのではないか?」「自由意志の尊重という大前提を優先し、小池は自分の意志を封じるべきだったのか?」「発言の許された場で発言する自由を奪う行為は、民主主義なのか?」「小池に反対表明の権利はないが、自分達には小池に反対する権利があるとでも言うのか?」 支持派は、そう質問したのである。
 その一つ一つに不支持派は回答するも、その回答の中にも複数の矛盾があると支持派は主張した。その行為をただの揚げ足取りと不支持派は断じ、感情論を振りかざす奴らと無駄な時間を過ごしたと支持派が溜息をついたところで、論戦はただの口喧嘩となった。よって再度、事前の打ち合わせどおり、香取さんが挙手した。
「はいは~い、皆さん大切なことを忘れてますよ。皆さんは、真っ先に立候補した猫将軍君の胸の内を、知っているのかな?」
 クラスのムードメーカーたる香取さんが、陽気な声で皆にそう呼び掛けたのである。支持派と不支持派の区別なく、ばつの悪い顔を全員がしたのは言うまでもない。僕は覚悟を決めて立ち上がり、胸の内を明かした。
「僕にとって九月一日は、たぶん生涯忘れない日でさ。去年の事だから覚えてる人も多いと思うけど、ちょうど一年前の九月一日を、僕はフラフラになりながら必死で過ごしたんだよ」
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