僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十七章

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「僕にとって九月一日は、たぶん生涯忘れない日でさ。去年の事だから覚えてる人も多いと思うけど、ちょうど一年前の九月一日を、僕はフラフラになりながら必死で過ごしたんだよ」
 支持派と不支持派は派閥に関係なく、ばつの悪さから一歩進んだ後悔顔になった人と、二歩進んだ謝罪顔になった人に分かれた。また後悔顔は支持派に多く、謝罪顔は不支持派に多いことが一見して判るほど、両派には明確な違いが生じていた。それを目にした僕の背中に悪寒が走った。両派にこの違いが生じることを、北斗と真山は二限目の時点で予言していたからである。いやそれどころか、違いが生じる理由にまで二人の説明は及び、僕はそれを読んだとき体が震えてならなかった。あの恐ろしさと比べたら、去年の九月一日について明かすなど、どうという事はない。心身から緊張が消え、僕は心の丈を自然な声で皆に伝えていった。
「僕はもともと、モジモジ性格のあがり症でさ。しかもくよくよ悩むタイプでもあるから、僕は去年の文化祭で、一年生のクラス展示に一つも足を運べなかった。九月一日から三か月経った十二月になってやっと、から元気じゃない学校生活を送れるようになったんだよ」
 十組の喫茶店も裏方の洗い場係になれるよう心の中で祈りまくってさ、と白状すると、不支持派の代表格の遠山さんが「ごめんなさい」と腰を折った。そういうつもりじゃなかったんだゴメンと大慌てになるも、謝罪顔になった人達から腰を折られ、僕はくじける半歩手前になってしまった。そうこれが、恐ろしくてならなかった北斗と真山の予言。去年の九月一日に僕の噂を積極的にした人が多いのは不支持派だと、二人は予言していたのだ。「出る杭は打たれる」という、日本人が最も恥ずべき国民性を恥ずかしいと思わず、小池を「出る杭」と認識した人は、去年九月一日の僕も「出る杭」と認識した可能性が高い。よって「出る杭は打たれる」を掲げて僕の噂を喜んでしたのは不支持派に多いはずと、二人は二限目に説明していたのである。それを目の当たりにし、去年の出来事をまざまざと思い出した僕は、くじける半歩手前になってしまった。幸い小池の「今は猫将軍の話を聴こう」との呼びかけに遠山さん達が応じ、また小池の励ましもあって、半歩をどうにか堅守することが出来た。僕は小池に礼を述べ、先を続けた。
「空元気じゃなくなり、クリスマス会とプレゼン大会を満喫しても、誤魔化した感はぬぐえなかった。だから今年こそは文化祭を楽しんで去年の雪辱を果たすぞって、つい先日まで考えていたんだけど、ある先輩がそれじゃ不十分だって教えてくれてさ。消極的な過去は、積極的な今を過ごすことで初めて清算できるって、その先輩は僕に気づかせてくれたんだよ」
 なぜかその時、千家さんと過ごす日々がもうしばらく続く予感がした。それだけで尻尾をブンブン振ったことに苦笑するも、そんな自分が嫌いじゃなかった僕は、活舌よく話を締めくくった。
「二年生の文化祭に、僕は深く係わりたい。文化祭当日はもちろん、準備にも力を注いでみたい。それを智樹と那須さんと香取さんに打ち明けたら、協力するってみんな言ってくれてさ。たまらなく嬉しくて、あんなふうに真っ先に立候補したんだね」
 だからHR冒頭の栗山さんのフェイントに引っかかって挙手しそうになったよ、とオマケで頭を掻いたら、教室がドッと湧いた。智樹がそれを好機と捉え、アドリブをかましてきた。
「それを言うなら、眠留はフェイントしている最中だろ。だってそれ、まんま演説じゃんか」
「・・・やばっ」
「猫将軍君の打ち明け話は、丁度よかったって私は思うよ。栗山さん、このまま立候補演説に移るっていうのは、どうかな?」
 香取さんの問いかけに、栗山さんは即答できなかった。しかし「猫将軍君のモジモジ性格がうつっちゃったのかな」「那須さん、僕を感染源みたいに言わないでください」「でもモジモジ」「やっぱ眠留が感染源だ!」なんてコントが巻き起こした笑いに、背中を押されたのだろう。栗山さんは立候補演説への移行を提案し、小池と遠山さんが真っ先に賛同したこともあって、それは即時可決された。ならばと那須さんが立ちあがり、畏れず吐露した。
「私も猫将軍君同様、去年の今日を必死で過ごしました。だから文化祭実行委員になって、仕事を精力的にこなして、過去を清算したいです」
 重くなった空気を吹き飛ばすのは私に任せなさい、と香取さんが立ち上がり、陽気な声を放った。
「私は、猫将軍君と一緒にした去年のプレゼン委員が面白すぎたから、ただぶら下がっただけです。とてもじゃないけど、立派な動機とは言えませんね」
「いや、香取さんには去年の実績がある。俺にはそれもなく、眠留と一緒にバカ騒ぎしたいだけだから、俺こそ立派じゃない」
「そう言える福井君は立派だよ」「でもモジモジ」「智樹それもういいから」「眠留が披露したプレゼン大会序盤の短足コントは・・・」「それこそもういいから!」
 僕は本気でそれを阻止しようとしたのだけど、本気が裏目に出て、クラスメイト達は僕の胴長短足ネタでしばし盛り上がっていた。まあでもそれが良い方へ転び、HR開始直後から教室を覆っていた重い空気がすべて消し飛んだから、いいんだけどさ。
 その後、文化祭実行委員に立候補した残り九人もそれぞれ演説を終えた。通常なら候補者同士による討論へ移るが、小池と遠山さんの討論をもってその代わりとする案が出た。「それいろいろ違うだろ!」「そうよ違うわよね!」と二人は反論するも、時間が無いことを理由に栗山さんが押し切り、やんやの喝采が上がった。北斗と真山の共同宣言以降、栗山さんに初めて柔らかな気配が降り、僕はしゃかりきになって手を叩いていた。
 投票を経て、文化祭実行委員の十人が決まった。幸い僕ら四人は、その中に含まれていた。本来なら実行委員長の選出までが二年時における初HRの目安でも、湖校の目安に強制力はなく、昼食まで五分を切っていた事もあり、それにこだわる空気はなかった。波乱はあっても良いHRだったという安堵が、教室を満たしていった。だが僕ら四人は知っていた。
 ――最大の波乱は最後に来る
 北斗と真山がそう予言していたことを、僕らは知っていたのである。そしてそれは、遠山さんの挙手によって成就した。
「はい」
「はっはい、遠山さんどうぞ」
 声が震えぬよう莫大な気力が費やされたと一聴してわかる遠山さんの発言によって、弛緩した空気は一変した。
「非常識ですが、私はクリスマス委員に立候補するつもりです」
 発言者の意図を理解しそれを叶えるべく、クラスメイト全員が各々の頭脳を振り絞るという緊急事態に二十組はなった。そうこれこそが二人の予言、「最大の波乱は最後に来る」だったのである。 

 湖校の教室には、昔ながらのアナログ時計が設置されている。長針と短針と秒針を3Dで映したアナログ形式の時計ではない、電気モーターと歯車で時を刻んでゆく、古式ゆかしい時計が最も見えやすい場所に鎮座しているのだ。月一回の乾拭きと年二回のアルコール除菌が義務付けられているせいでメンドクセー系の反感を買うことが多く、教育AIもその存在意義を明示していないのに、アナログ時計は学校生活の必需品として湖校生に認知されていた。なぜなら時計に目をやるなり残り時間を体全体で感じるには、実物のアナログ時計が一番なのだと、湖校生は比較的短時間で実感するからである。これについては「3Dの虚像は胃袋に勝てない」という、分かるような分からないような格言が、湖校では代々受け継がれていた。
 なんてことを今この瞬間、思い出さなかった級友が果たしていただろうか?
 僕は断言しよう。
 そんな人、絶対いないのだ!
「非常識ですが、私はクリスマス委員に立候補するつもりです」
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