僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十七章

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 3Dでは代用できない二番目として挙げられた「従業員の制服及び装飾品」は、女の子たちの独壇場となった。男子に唯一できたのは、女子の話し合いを邪魔せず静かにしている事だけだったのである。
「宝飾店の女性従業員の制服って、どんなイメージ?」
 副委員長の秋吉さんの問いかけにマシンガントークがたちまち巻き起こり、白のブラウス、黒いスカート、黒のパンプスということに一応落ち着いた。男子組を昼行燈にし、マシンガントークは更に加速してゆく。
「ラップスカートにすれば、数を抑えられるんじゃない?」「巻きスカートは、大人っぽいデザインにしやすいしね」「フラットパンプスなら、実家に新品が十足あるよ」「那須さんどういうこと?」「化粧品店の女性従業員の制服が四月に変わって、未使用のパンプスを祖母が家に持って帰ってきたの」「えっと、夏菜の家は製薬会社の創業者一族で、化粧品も作ってて、ショップもあるって事ね」「えっ、そうだったの!」「それってひょっとしてあのお店?」「はいは~い、それはプライベートな話だから席を改めてするとして、夏菜、パンプスの画像は出る?」「多分・・・うん、これ」「キャー可愛い!」「リボンカワイイ!」「ヒールがなくて履きやすそう!」「という訳で、残りは装飾品ね」「う~ん・・・」「難しい」「リボンは靴にあるから、それ以外かなあ」「ベタだけど、スカーフ?」「いいねスカーフ」「ねえねえ、3D試着してみない?」「これでどう?」「水谷さん仕事早い!」「いよっ、仕事のできる女!」「恥ずかしいから許して!」「「「アハハッ」」」「巻き方とかどうする?」「自由か、統一するかってこと?」「とりあえず、オーソドックスな巻き方を試してみようよ」「フロント結び」「ネクタイ結び」「バンダナ結び」「バンダナ、カッコよくない?」「うん、宝飾店のやり手販売員って感じ」「じゃあ巻きスカートは、長めと短めを合わせてみるね」「これは・・・」「どちらも捨てがたい・・・」「悩むね・・・」「結、小説家の卵として、両方の長所を簡潔にまとめて」「何その無茶振り」「香取さんお願い!」「いよっ、未来の大作家!」「ええっ、もうわかったよ、ちょっと待ってね」「「「ありがとう~!」」」
 香取さんは最初こそ不承不承だったが、キーボードを弾いているうち真剣そのものの表情になって行った。野郎共もこれでやっと昼行燈を脱却できると、顔を引き締め背筋を伸ばしてゆく。十指を走らせることを終えた香取さんが、大きな動作でエンターキーを押した。

〈巻きスカート長め〉 大人っぽい、セクシー、スタイリッシュ、夜の気配がする、舞踏会のような夜の社交界の商品を扱ったお店、 
〈巻きスカート短め〉 清潔感がある、仕事のできる女っぽい、お昼の気配がする、王子様とお姫様が訪れる健全な雰囲気のお店、

「さあみんな、長所をどんどん追加して!」
 香取さんがそう呼びかけるや、皆口々に意見を述べて行った。しかしそれは表現方法が異なるだけで、新たなイメージが追加されることは無かった。個人的には秋吉さんのこれが、その最右翼だろうか。
「親しげな接客口調に自然となれるのは、長いスカートの方」
 夜には、心と心を近づける不思議な力がある。僕が寮に月一つきいちで泊まらせてもらうのも、夜ならではの独特の距離感を友人達と分かち合いたいからだ。それと同種の感覚を「長いスカートの方が親しげな口調で接客できそう」に覚えた僕は、相槌を幾度も打った。膝丈のスカートに清々しい日差しのイメージを、長いスカートに夜のとばりのイメージを抱いていた僕は、親しげな口調という表現に共感したのである。しかしそれが仇となり、相槌を繰り返し打つうちに九人全員の視線を集めてしまっていた。パニックのあまり、エッチ認定されかねないことを僕は口走った。
「あのっ、湖校の女子の制服はとても人気がありますよね。僕も同意見なのは間違いないんですが、僕にはファッションセンスがないので、湖校のブラウスに長いラップスカートが似合うのか短いラップスカートが似合うのか全く判断つきません。ただ、目新しいのは長いスカートの方かなって感じるのですが、どうでしょうか」
 湖校の女子の制服は、腰のくびれが幾分強調されたデザインになっている。冬服より夏服に、つまりブラウスにそれは顕著なため、スタイルの良い子の夏服姿は健康的かつセクシーで高い人気を博していた。とはいえ男子があからさまにそれを指摘するとほぼ間違いなくセクハラ認定され大変な苦労をするのだけど、女の子たち自身が湖校のブラウスをとても気に入っている事もあり、よほど悪意のない限り受け流すか「エッチ」だけで許してもらえるのが常となっていた。僕としては悪意はなくともどう解釈するかは女の子の自由だし、パニックのせいで危うい発言をしたのも事実なので、判決を潔く受ける覚悟を僕はした。
 幸い、
「ファッションセンスを掲げられたら、私もぜんぜん自信ないなあ」「上下セットで考えず、スカートばかりに気を取られていたのかもね」「ブラウスは見慣れているから仕方ないよ。あと目新しいのは長い方だっていう猫将軍君の意見に私は賛成」「私も賛成。それにこれ、大勢の女子に共通することなんじゃない?」「ファッションセンスを抜きにしても、制服に似ているのは短い方のスカートだもんね」「文化祭は非日常を打ち出した方が、楽しめるんじゃないかな」「うん、楽しめると思う。それに、私達が接客するのは女子生徒だから・・・」「ビジネスライク過ぎる口調は、よそよそしいって思われちゃうかもね」
 助けてもらえたのか否かは定かでないが、女の子たちはファッションや目新しさという語彙に興味を覚えたらしく、僕は安堵の息を吐いた。
 が、それは事実誤認だった。僕は単に、執行猶予を頂戴していただけだったのである。四人の女の子は揃って僕に顔を向け、妙に冷静な口調で言った。
「「「猫将軍君、他の意見も聞かせて」」」
 松果体の振動数が急増し、生命力圧縮をしていないのに時間がゆっくり流れ始めた。これは湖校入学を機に習得した不随意技術であり、この状態になるのが最も多いのは新忍道のボス戦だから、今はボス戦並みの緊急事態と考えるべきなのだろう。ならば、何があっても勝たねばならない。と言っても未来創造の必要性は感じず、記憶の総ざらいで充分な気がして、松果体からほとばしる青色光を脳に行きわたらせた。予感は的中し、突破口となり得る記憶を僕は掬い上げる。その記憶を基に文章を構築し、アイに問いかけた。
「アイ、去年の一年十組がクリスマス会で学校に提供した、最高級樹脂があるよね。あれを使って、シルクの質感を再現できるかな」
「あの樹脂なら、高品質のシルクを再現できます。大人びたデザインのラップスカートを、長めと短めで試着させてみますね」
 十人の実行委員が食い入るように見つめるなか、3Dモデルが黒のラップスカートを試着する。と同時に、女子の黄色い歓声と男子の野太い歓声が会議室を揺るがした。僕は両手を掲げて目立つように振り、皆の注目を集めてからアイに尋ねた。
「仮にスカーフ二十一枚と、長めのラップスカート六着と、シャンパンゴールドのテーブルクロスをあの樹脂で作ったら、提供した分の5%未満で足りる?」
 尋ねる形を取ったが、返答を待つまでもなく足りると僕は確信していた。去年僕らが提供した樹脂は、膨大な量だったからだ。派手な装飾品をワンサカ付けた男子の戦闘服と、重厚の極みともいえる女子の十二単をそれぞれ二十一着ずつ作っただけでもかなりの量だったのに、その半分に相当する未使用の予備樹脂も差し出したのだから、それごとき作れぬ訳ないのである。
「もちろん足りますし、樹脂の代金もいりません。全体の5%までなら、一クラス分の使用量に収まりますからね」
「「「ウオオ――ッッ!!」」」
 男女混合の雄叫びが会議室を再度揺るがしたのち、
「猫将軍君、スカーフを二十一枚ってことは!」
 水谷さんが身を乗り出して訊いてきた。3D試着のアプリを真っ先に立ち上げたことから、水谷さんは服飾に多大な興味があるのだろうと当たりを付け、答える。
「世界にたった一つの、自分で作ったスカーフを身に付けた方が、女の子は楽しいんじゃないかって思ったんだ。来店されたお客様だけでなく従業員にも、文化祭を楽しんでもらいたいからさ」
「それ最高!」「偉い!」「ヒューヒュー」等が飛び交い照れが許容量を超えそうだったので、話題を変えるべく発言した。
「えっとあの、長めのスカートをアイに尋ねたのは、長いと量が増えるからであり、短い方を選んでも全然良いのであって・・・」
「大丈夫わかってるって」「うん、心配しないで」「それにコレを見ちゃうと、長い方かなって思うし」「だよね、シルクなら断然ロングだよね!」「はっきり言ってこれ、ドレスに負けてないと思う」「絶対負けてない。いやむしろ、3Dじゃない実物だからドレスに勝ってるかも!」「「「うん、勝ってるかも!」」」
 会議室に鳴り響く女の子たちの声がふと半減し、僕だけに見える指向性2Dが手元に映し出された。そこには、女子の姦しさが男子を不快にさせるレベルになったので相殺音壁を男子の耳元に展開したことと、それに免じて不快な表情をしないであげて欲しいとの要望が書かれていた。否などあろうはずなく小さく頷き顔を上げると、男子の実行委員が全員同じタイミングで顔を上げた。僕ら六人は高速目配せをして、何事もなかったかのようにお弁当を片付け始めたのだった。
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