僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十七章

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「智樹に教えてもらって初めて知ったんだけど、智樹と同じ人達が結婚式をどう過ごすかは、AIが詳細に調査しているそうでさ。調査結果は関係者に公表されていて、結婚式に出席する親族がいないことに心理的外傷を負うのは、ほとんどが女性という事だった。ただ例外もあり、研究学校に進学して親族席に大勢の友人が座った場合、男女を問わず心理的外傷がほぼ現れないみたいなんだ。だから智樹は『俺はへっちゃらって事だ』と、ドヤ顔で胸を叩いていたよ」
 そう話し、教育AIに事情を説明すれば関係者として調査結果を閲覧できるはずと伝えたところ、
「ふ~~~」
 那須さんが大きな大きな息を吐いた。無言の時間が瞬き一回分過ぎたのち、電話の向こうから慌てふためく音が聞こえてくる。その直後、
「「あはははは~~」」
 二人で声を揃えて笑った。僕らは明るい声のまま就寝の挨拶をして、電話を終えたのだった。

 
 明けて朝のHR。
 色彩テストにクラス全員が参加してくれたことへお礼を述べた那須さんは、こちらこそ楽しい時間をありがとうと、クラス全員による感謝の集中砲火を浴びることとなった。那須さんは歯を食いしばって皆へ腰を折ったのち、席に座りハンカチを目に押しつける。香取さんを始めとする女の子たちが那須さんへ駆け寄る光景に、僕はつくづく思った。
 文化祭を全力でこなす決意をして、本当に良かった、と。

 そして迎えた、お昼のパワーランチ。
「前回話し合った対抗案2は、ひとまず置きます。那須さん、昨夜の色彩テストの結果を報告してください」
 議長としてそう発言し、那須さんと香取さんに顔を向ける。二人はくっきり首肯し、次いで互いへ目をやり頷き合ってから、那須さんが口を開いた。
「分かりやすくするため、まずはグラフのみを映します。結、お願い」
 任せて、との返事と同時に2メートル四方の2Dグラフが空中に出現した。グラフの横軸は、左端を赤とする虹の七色で右端が白、そして縦軸は得点だった。
「次に、立候補者の得点を黒い丸で表示します。二十八人の立候補者は特定の色に集中せず、八色それぞれにバランスよく散らばりましたが、得点はそうはいきませんでした。ご覧ください」
 色ごとに、三つから四つの黒丸が浮かび上がってゆく。それに伴い、複数の驚きの声が上がった。白は全員が高得点で差がほぼ無いのに、藍色は八色の中で最も点数が低く、かつ各自の点数の開きも大きかったのである。僕も驚いたクチだが那須さんによると、藍色の得点が一番低いのは理に適っているらしい。
「人の目は、青から緑へのグラデーションと、青から紫へのグラデーションを、区別しにくいことが科学的に判明しています。そして今回のテストには、青緑を見分ける問題が含まれていませんでした。髪飾りの緑は若葉色の黄緑ですから、青緑の識別能力は除外されたんですね」
 香取さんが十指を走らせ、黄緑から紫へ至る色の帯を空中に投影する。そして若葉の写真を黄緑の下に、竜胆りんどうの写真を青紫の下に添えると、みんな口々に「勉強になるなあ」系の発言をした。
「結が示してくれたように、紫に近い青と定義される藍色のテストには、青紫が多数含まれていました。よって点数が低くなるのは妥当であり、またそれも、案じるほどの低得点ではありませんでした。テストに参加した非立候補者の得点を、白い丸で表示してみますね」
 白い丸が、グラフに小気味よく追加されてゆく。八色のうち、黒丸より上位に置かれた白丸は赤の一つしかなく、藍色に追加された白丸は、黒丸の首位より点数がかなり低いようだった。というか藍色の黒丸首位は同色の丸より、頭一つ飛び出た高得点を獲得していたのである。
「グラフのとおり、藍色立候補者の最高得点者は、むしろ抜きん出た能力を有していると言えるでしょう。それに加え二十組には、プロ用テストに満点を出した人がいて、制作総責任者を引き受けてくれていますから、不安要素などハナから無いんでしょうね」
 那須さんがそう言うや、
「「「じ~~」」」
 待ってましたとばかりに皆がわざわざ声を出してこちらを凝視した。僕はテーブルに激突して許しを請う。笑い声がこだましたのち、那須さんが重要事項を告げた。
「合計四十の黒丸と白丸が、クラスメイトの誰を指すかを、私と結は知りません。教育AIに頼み、四十名の名前を伏せた上で、結と私はこれを作ったのです。よって、このグラフ及び各自の点数を公表するか否かの決定は、議長にゆだねたいと思います。議長、よろしいでしょうか」
 そんなの聞いてないんですけど、という言葉を飲み込み、僕は鷹揚に頷いた。
「このテストには非立候補者も参加してますから、那須さんの判断は正しいと思います。たった一つとはいえ、非立候補者が首位になった色もありますからね」
 全員が、グラフの赤の個所へ視線を向ける。僅差でも赤の首位は白丸、つまり非立候補者だったのだ。これは伏せて正解だった、名前を知らなくて良かったという安堵の空気が会議室を覆った。それを確認し、僕は先を続ける。
「ただ幸い、トップの差は僅かでした。那須さん、これは問題にならない差だと僕は感じますが、いかがですか?」
 問題ないと那須さんは太鼓判を押した。会議を速やかに進行させるべく、僕は議長権限を行使する。
「議長権限により、皆さんに是非を問います。公表するのは、立候補者首位の名前のみ。点数については、口外しないことを教育AIに約束した人だけが、自分の得点を知ることが出来る。この二つに反対の人は、いますか?」
 反対表明は上がらなかった。僕は謝意を述べ、顔を斜め上へ向ける。
「アイ、お手数ですが、自分の得点を知りたい人へは、口外しない約束をしたうえで教えてあげてください」
「正しい判断だと私も思います。喜んで引き受けましょう」
「ありがとう。では、立候補者トップの名前を表示してください」
 空中に投影されていた2メートル四方のグラフが下へ1メートル降り、そしてグラフの上に、八人の名前が浮かび上がった。会議室が大きくどよめく。実行委員のなんと三名が、制作者を勝ち取っていたのだ。緑の智樹、オレンジの秋吉さん、そして青の水谷さんは拍手を浴び、即席記者になった香取さんのインタビューに答えていた。もちろん香取さんの事だから、時間配分は完璧の一言に尽きる。休憩を兼ねた弛緩した時間がしばし流れたのち、僕は姿勢を改め、気を乗せた声を放った。
「それでは前回から引き継いだ、対抗案2へ移りましょう」と。

 僕らが最初に話し合ったのは、3D映像では代用できない備品についてだった。この備品の費用が予算の28%を超えた時点で、クラス展示の二カ所開催は不可能になる。必要不可欠な備品を皆で思いつくまま挙げてゆき、そして意外とあっさり、それを特定する事ができた。

一、髪飾りを乗せる台。
二、従業員の制服。
三、従業員の装飾品。

 どうしても外せない備品は、なんとこの三つだけだったのである。しかも髪飾りを乗せる台は智樹と香取さんのやり取りにより、一分かからず解決した。
「重しを入れた八つの段ボールを長テーブルに乗せて、段ボールごと豪華なテーブルクロスで覆えば、髪飾りを乗せる台になるんじゃね?」
「シャンパンゴールドのテーブルクロスなら豪華だし、色合い的にも髪飾りとケンカしないと思う。長テーブルからはみ出たテーブルクロスは、3Dで代用可能なんじゃないかな」
 香取さんは口と指を同時に動かし、自分が描写した台の3D見本を会議室に出現させた。見栄えも安定感も申し分ないそれを、髪飾りを乗せる台の案としてHPに掲載する決定が即座になされた。
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