僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十七章

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「なら舞踏会にこだわらず、王子様とお姫様のツーショットってことで」
「「「いいねそれ!」」」
 僕らは全員で声を揃えた。その後、友人とコスプレを楽しむのは教室、カップルが王子様とお姫様になるのは実技棟という、なんとも贅沢な方向へ話は進んで行った。途中から皆その贅沢さに気づいたのか二ヵ所開催案は立ち消えとなったが、「木を切り倒そうぜ」を彷彿とさせる勝機を覚えた僕は、その案を花丸付きで書き留めていた。そしてバカ話の終了後、議長として提案したのである。
 教室と実技棟の両方でクラス展示ができるか教育AIに訊いてみよう、と。
「じゃあ一応、教育AIに訊いてみるね。アイ、いいかな?」
「はい、なんでしょう」
 皆を代表し、二ヵ所開催の最初のとっかかりに指をかけた。
「教室と実技棟の両方でクラス展示を行うのは、可能ですか?」
 その結果、
「実技棟のレンタル料金を払えば、複数個所の開催は可能です」
 との回答を僕らは得た。宝物を見つけたかのような熱気が会議室に満ちる。もちろん僕もその一人で気持ちの急くままレンタル料の詳細を尋ねると、部屋の大きさに比例して料金が高くなることが判明した。会計も兼ねる香取さんが、キーボードに十指を走らせた。
「教室棟から最も足を運びやすい渡り廊下沿いの部屋は、教室の二倍の広さがあり、レンタル料は予算の10%です。その部屋を借り、八色の髪飾りを作ったら、予算の66%を消費する事になります」
 髪飾り一つに予算の7%を使うから、八つで56%になる。それに部屋のレンタル料金10%を加えただけで予算の三分の二を消費してしまう現実に、宝物を見つけた熱気が急速に冷めていった。それと共に、さっき覚えた勝機も手からすり抜けてゆくのを明瞭に感じた僕は、髪飾り制作費を学校が半分出してくれるという幸運を皆へ今一度伝えた。
「みんな、思い出して欲しい。僕らの作る髪飾りは、『文化祭における高需要小道具』に認定され、学校が製作費を半分出してくれる事になったよね。それが無かったら、あの髪飾りを八色揃えるのは初めから不可能だったんだよ。その幸運を、たった一度の挫折で手放してはならないって僕は思う。文化祭まで五週間以上あるんだし、もう少し粘ってみようよ」
 文化祭で今後も頻繁に使われると予想される小道具は、製作費を学校が半分出してくれる。千家さんによると廉価版の髪飾りは、通常版の半額で八割の美しさを再現できると言う。つまり僕らはたった25%の値段で、80%の美しさを誇る髪飾りをクラス展示に用いる事ができるのだ。その幸運をこの程度で逃してはならないと強く感じた僕は、ある閃きを教育AIに尋ねてみた。
「アイ、お客様に着てもらうドレスや燕尾服を、3D映像で再現するのは可能かな?」
「ドレスでダンスを踊らなければ可能です」
「燕尾服ならダンスできるの?」
「燕尾の部分だけなら、激しく動いても再現できます」
「ドレスを着た女子と燕尾服を着た男子が手を繋いで歩き、写真を撮るくらいなら問題ないんだね」
「はい、問題ありません」
「3Dを投影する費用は、クラス予算から出さねばならないのかな」
「文化祭当日も、その準備期間中も、3D映像料を請求することはありません」
 この返答を得るや、「抜け道があった!」系の声で会議室がどよめいた。僕は皆へ頷いたのち、最後に一つだけ、と教育AIに問いかける。
「台座と同じ銀色の塗装を施した小枝の先に、髪飾りの葉が一枚付いている試作品を作ったら、幾らになるかな」
「小枝を、長さ3センチ太さ3ミリとするなら、クラス予算の0.7%ですね」
「葉と台座の試作は決して避けられない。試作を一度に留めたとしても、約72%が消えるのか・・・」
 呼吸一回分を思索の時間に充て、皆に意見を求めた。72%なら勝算ありとする派と、危険過ぎるとする派が、激戦をしばし繰り広げた。それを経て智樹が閃く。
「実物でないと無理な備品もあるよな。例えば、髪飾りを置く台とか」
 七割ではなく三割の使い道に着目した智樹の発言によって、議論は一変した。スタッフの衣装等、3D映像では補えない備品を僕らは思いつくまま挙げていく。
 その最中、パワーランチ終了の予鈴が鳴った。
 ウエディングドレスの対抗案の二つ目は、明日に持ち越しとなったのだった。

 その日の、夜八時半。
 香取さんに関する話をすべく、那須さんに電話してみた。とはいえ先ずは、テストの進捗を尋ねてみる。
「那須さん、色彩テストはどんな感じ?」
「髪飾り制作者に立候補している二十八人のうち、テスト済みは二十人、テスト中は八人だから、全員受けてくれたよ」
「凄い、大好評だね!」
 普段より抑揚のある声で話す那須さんによると、立候補していない人も加えると、テストに臨んだ人は四十人になると言う。それは僕と那須さんを除くクラス全員だった事もあり、テストの出来栄えを僕は褒めちぎった。
瑠璃唐草るりからくさの青の美しさに溜息をつかせてから空の写真を九枚見せて同じ青を選ばせたり、朱鷺ときの羽の朱鷺色を見せてから夕焼けのどの部分が同じ色かを枠で囲わせたり、あの色彩テストは本当に素晴らしかったよ」
「特に気に入った写真はある?」
「タンポポと菜の花とヒマワリの三種類の黄色を、黄色のグラデーションの中から選ぶテストがあったよね。田んぼのあぜ道で楽しげに咲くタンポポ。青空のもと大地を黄色一色に染める菜の花。夏の日差しに元気一杯のヒマワリ。あの三枚の写真は、いつまでも眺めていたかったよ」
 その後も僕らは、藤の花のトンネルや白い砂浜から続くコバルトブルーの海等々について大興奮で語り合っていた。けど唐突に、那須さんが直球を投げて来る。
「ウエディングドレス派の代表として目されている、結が気になる?」
 唐突なのは、那須さんが優しい証拠。八時五十分になり、就寝時間まで残り十分となったことを気遣ってくれる女性に、僕は胸の内を明かした。
「前回の夕食会で、ウエディングドレスと髪飾りを合わせてみたいって言った香取さんに、僕はクラス展示の原案を思いついた。それは三人以外に話してないけど、クラスHPに載せる文章を頼んだせいで香取さんがウエディングドレス派の代表と誤解されているなら、僕がきちんと訂正しなきゃって思うんだ」
「代表として扱われる結にほんの少し影が差すのを、猫将軍君は気づいているのね」
「うん、気づいてる」
「なら真実を話せる。結の影は、ウエディングドレス派の代表の影ではない。結婚式の、新郎親族席を思い浮かべた時に落とす影なの。結は福井君に恋愛感情を抱いてないけど、友人としてとても大切にしている。そしてその友人には、結婚式に出席する親族がいない。ウエディングドレスの話が出るたび、福井君は胸に痛みを覚えているんじゃないかって、結は心配しているのね」
 僕は大きな大きな、安堵の息をついた。僕と智樹はその件を既に本音で語り合っていて、かつそれを独断で那須さんと香取さんに話していい許可を、僕は智樹にもらっていたのだ。が、
「うわわわ。今大きく息を吐いたのは、溜息とかじゃ全然なくてですね!」
 音声のみ電話が災いし、那須さんに勘違いさせてしまったのではないかと僕は慌てた。のだけど、
「これでも一年以上の付き合いがあるから大丈夫。猫将軍君は今、安心したんだよね」
 そんなことを、那須さんはさらりと言ってのけたのである。僕は目頭熱く、智樹と語り合った内容を明かした。
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