僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十七章

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 ペチン
 ペチン
 美夜さんと咲耶さんが突如現れて僕の頭を叩いた。残念要素満載の僕は叱られることが多く、よってお叱りに慣れているつもりだったのに、二人の年上女性がためらいつつしたそれは僕を無限に後悔させた。現代は体罰と暴力を明確に区別しており、AIであろうと怒りに任せて3Dの体を振るうと暴力とみなされるが、今のペチンに暴力性が無いことを僕は魂のレベルで理解していた。
 たとえば、元気一杯の豆柴が元気さ余って植木鉢を壊したとする。それが短期間に連続した場合、飼い主は少なくとも怒る演技をして「これはいけない事」と豆柴に教えなければ、豆柴をかえって不幸にしてしまう。しかしだからといって、全ての飼い主に痛みを伴う体罰ができるという事も、決してない。痛みを伴うものをボカッとするなら、どんなに頑張ってもペチンが精一杯な人も、世の中にはいるのだ。
 この豆柴と同種のことを、僕は今回してしまった。僕がどうしようもなく愚かな行為をしたため二人は体罰の必要性を覚えるも、その愚かさが未熟さに由来しているのを二人は知っていた。よって迷いを払拭できず、ペチンと叩くのが二人の精一杯だったのだ。僕が未熟で哀れな豆柴だったせいで、汲めども尽きぬ愛情を注いでくれる美夜さんと咲耶さんにペチンを強いてしまった事を、僕は無限に後悔したのである。
 そしてこの二人の女性が、そんな僕の胸の内を理解せぬはずもない。項垂れる僕の頭を二人は撫で、それでも項垂れ続けるしかない僕の耳に、那須さんの声が届いた。
「テストの意図をわかってくれてありがとう。猫将軍君は就寝時間が早いから、電話を切るね。おやすみなさい」
「うん、おやすみなさい」
 電話を切ると同時に、美夜さんと咲耶さんの3Dも消える。
 一人残された僕は、美夜さんと咲耶さんが時間稼ぎを試みていたような気が、なぜかしたのだった。

 
 翌朝の、HR。
 連絡事項の時間を利用し、髪飾りの製作者を決めるテストについて那須さんが報告した。
「色彩テストは本日十八時から二十二時までの、好きな時間に受けられます。ただし二十分を要しますから、最終受付時刻は二十一時三十九分になっています。ご注意ください」
 私事わたくしごとですがと前置きし、このテストは内分泌腺を若干活性化させることが説明された。一年時のプレゼン大会で学年三位につけた那須さんの研究と実力は、広く知れ渡っている。製作希望者以外もテストを受けられますから楽しんでください、とにっこり笑って連絡を終えた那須さんを、クラスメイトは万雷の拍手をもって称えた。
 その日のパワーランチは、懸念されている男子の装飾について話し合った。書記の香取さんにお願いし、懸念理由を箇条書きにして空中に映し出してもらう。

1、ティアラと対を成す男子の装飾品に、有名な物が存在しない。
2、仮にあったとしても予算の都合上、男子の装飾品は低品質に抑えねばならない。
3、ティアラとウエディングドレスを身に着けた女子と、新郎姿の男子が写真を撮った場合、女子の必要経費は男子の九倍になる。これほどの差があるのに、男女セットの料金を請求して良いのか疑わしい。
4、請求したとして、女子の衣装代が料金の九割を占めることを、公表すべきなのか判断つかない。
5、男女のペア以外のコスプレ商品も作りたいが、ペア客と同性客の待機場所を分けるか否かも判断つかない。

 これら五つの箇条書きを改めて読み返した僕の正直な感想は、「クラス展示を変更したい」だった。変更するなら早い方がいいし、もしそれしか方法がないなら、言い出しっぺの僕がその最初の提案者になるのがすじなのだろう。
 だが、それは本当に僕の役目だろうか? 
 議長として僕が尽力すべきは、皆の能力を十全に発揮させる事ではないか? 
 考えるまでもなく後者に正当性を見いだした僕は、その覚悟を胸に眼を閉じ深呼吸してみる。すると、新忍道で対黒猿作戦を考えた時の光景が、脳裏を駆け抜けて行った。僕は朗らかにそれを口に乗せた。
「無関係っぽい話だけど、みんな聞いて欲しい。湖校新忍道部は先月のインターハイの第一戦で、最強魔族の一角を占める黒猿と戦った。その作戦を考えたのは、実は北斗と京馬と僕でさ。あのとき僕らは・・・」
 僕は話した。実現可能と不可能を度外視し、バカ話のノリで楽しみながら、三人一緒に案を出し合った事。その甲斐あって「木を切り倒そうぜ」という案が飛び出し、それを推し進めた結果、湖校新忍道部は木を切り倒すという世界初の作戦を成功させた事。文化祭まで幸い五週間以上あるし、今クラスメイトは色彩テストに夢中だから、僕ら実行委員がバカ話をする余裕は充分ある事。それらを、北斗と京馬の三人で作戦を考えたあの幸せな時間を思い出しながら、僕は話したのだ。すると、
「なあみんな、眠留を議長に推薦して正解だったろ」
 智樹はそう言い、どんなもんでぃと胸をそびやかした。賛同と称賛の声が智樹に集中する。気を良くした智樹はアレもしてみたいコレも捨てがたいと荒唐無稽な話を始め、対抗心を燃やした香取さんも夢物語を多数披露し、そんな空気に背中を押され、会議室は皆が突飛な案を面白おかしく語る場となった。僕はそれに合いの手を入れつつ教育AIの助けを借り、目ぼしいものを書き留めていった。そしてバカ話の熱気が一段落着いた機を逃さず、書き留めた一つについて皆に意見を求めた。
「二十組は廊下の端にあるから、前側入り口をペア客、後ろ側入り口を同性客のように分けても、分けた意味があまり無くなってしまう。よって案の一つにあった、実技棟での開催が可能か否かを、教育AIに尋ねてみようと思う。実際どうなるかは別として、可能性の一つとして訊いておきたいんだけど、どうかな?」
 可能か否かを尋ねてみるのを否定するような生徒は、湖校にいない。全員の承諾を即座に得て訊いてみたところ、もちろん可能との返答をもらった。然るに実技棟開催案と、午前と午後に分ける案と、一日目と二日目に分ける案と、分ける必要ない案の四つを、時期を見計らいHPにアップすることが可決された。
 続いて、ギリシャ神話の男神おがみと女神を、結婚式の新郎新婦の対抗案にすることが決まった。男神の頭部をオリーブで飾り、剣や槍や杖を手に握らせれば、装飾の豪華さと衣装代の両方で男女差を少なくできるのではないかと香取さんが閃いたのだ。女神の着るキトンはウエディングドレスの三割未満の制作費にもかかわらず、優美さと神々しさで女子生徒を大いに魅了したのも、対抗案に選出された理由だった。
 対抗案はもう一つあった。それは最盛期を迎えたバカ話が、皆の心から「そんなのできっこ無いよ」を完璧に吹き飛ばした瞬間、この世に出現した案だった。そのきっかけとなったのは、那須さんのこの一言だった。

「ウエディングドレスも魅力的だけど、舞踏会のドレスも着てみたいなあ」
「わあ私も! 舞踏会なら、ピンクや水色のドレスも着られるよね」
「ドレスと髪飾りの色をコーディネイトするのも楽しそう!」
「ウエディングドレス派も、デビュタントの白いドレスなら納得してくれそうだしね」 
「香取さん、デビュタントって何?」
「社交界に正式デビューすることよ。白のドレスで統一した18歳から20歳くらいまでの女性達が、パートナーと手を携え、一列になって会場に入場するの」
「キャー素敵!」
「でもそれだと、男はやっぱ黒い服になるんだよね」
「おや? 男の子もカラフルな服を着たいのかな?」
「そりゃ、着てみたいというか」
「まあ、確かにな・・・」
 再びここで那須さんが閃いた。
「なら舞踏会にこだわらず、王子様とお姫様のツーショットってことで」
「「「いいねそれ!」」」
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